二十一歳の誕生日

狼二世

針は十二時を示す

 時計の針が十二時を指した。

 日付が変わった。今日が誕生日。今、この瞬間から二十歳だ。


 まあ、私を祝ってくれる人はいないけど。


 机の上の缶ビールを開ける。映画だと景気のいい音がしてたけど、なんか力が抜けたような音しかしなかった。


「まっず……」


 人生で初めて飲んだお酒は温いビールで、苦いだけで美味しくなんてなかった。


「こんなものかな」


 まだ重みのある缶をシンクに運ぶ。中身を捨てるとアルコールの匂いが溢れてくる。

 黄色い液体は泡と一緒に吸い込まれていった。


「さあ、いつ死のう」


 物騒な台詞は壁に吸い込まれていく。誰にも聞かれない言葉は沈黙と同じだ。


 二十歳までは生きようと思ってた。幼いころにみた両親がお酒を飲んでいるのが楽しそうだったから、美味しかったら少しは人生も楽しくなるかと思ったから。

 でも、別にいいや。一回飲んだらもういい。やってみたいことは残ってない。


 二十年生きて来た。三年前に両親は死んだ。天涯孤独になった。幸いにして蓄えはあったから大学に入れた。

 今はいい、だけど、十年後も自分は満足に生きていられるだろうか。

 いや、十年後はまだいい。二十、三十と生きて何があるんだろう。


『明日はきっといいことがあるよ』


 そんな気休めを信じても、私に待っているのは変わり映えのない日々。

 このまま無為に大人になって、老人になって満足に生きられない前に死んだ方がいい。


「あ、でも確か来週は……」


 友達と遊びに行く約束をしていた。

 なら、それが終わるまでは生きてもいいかな。


 まだアルコールの匂いが残るシンクに水を流す。深夜、水の音だけが私を見守っている。


◆◆◆


 一週間たった。延長戦は終わった。

とりあえず、友達と街に出るのは楽しかった。

私は、友に恵まれたと思う。


 でも、いつまでも友達と一緒に居られる保証はない。

 なら、楽しいうちに死んだ方がいいかもしれない。


 そんなことを考えていたら、携帯電話が鳴動した。

 メッセージを確認する。バイトのチーフからだ。近所の祭りの日に、ヘルプに入れないか、か。

 うん、それくらいならいいかもしれない。

 死ぬのは、その約束を果たしてからにしよう。


◆◆◆


 延長戦は続いている。

 一週間たたないうちに、また別の予定が入った。

 映画にいこう、勉強をしよう、単位のための課外活動をしよう……

 予定は積み重なっていく。時間も積み重なっていく。


「いつ死のう――」


 最初は口癖みたいに言っていた言葉は、いつか口に出すのも億劫になって来た。


「――さんって親切だよね」


 何度目かの延長戦。友達が私をそう評した。

 別に、親切なんかじゃない。だって、自分が死ぬときに最後にケンカをしていたら目覚めが悪いもの。

 だって知ってる。私は、お父さんと最後にケンカしてお別れなんてしたくなかったから。


◆◆◆


 二十一回目の延長戦の夜。

 だいたい、十二カ月が過ぎた頃。


 時計の針が十二時を指した。

 気が付けば一年がたっていた。

 私は、二十一回目の誕生日を迎えていた。


「どうしたの?」


 居酒屋の一室。集まっているのは私の友達たち。

 みんな、誕生日だと言ったら勝手に集まってきてくれた。


「さあ、今日はめでたいんだ! ビールで乾杯しようぜ!」


 もうすでに顔を真っ赤にしている先輩がジョッキを掲げる。

 普段は断っているけれど、今日くらいはお酒を飲もう。

 友達から注がれたビールで乾杯する。

 祝福の声を聞きながら飲んだビールは、二十回目の誕生日に飲んだ時よりも美味しかった。


 こんな味なら、もう一度飲んでみてもいいかもしれない。


《了》

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二十一歳の誕生日 狼二世 @ookaminisei

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