第三章 パツィフィスト

【6】パツィフィスト


ガラン「・・・何をやっているぅ。

ラあああああヘルううううう!!!!」


ラーヘル「うおおおおお!!!」


 ガランとラーヘルが互いに銃口を向けあい、引き金を弾いた。



ダダダダダダン



カランカラン


 空の薬莢がスクルドの目の前に転がってくる。


ドタンッ


 心臓と頭に風穴が空いた肉塊は、重力に従うようにその場に倒れた。


ラーヘル「グッ・・・・はぁ・・・はぁ・・・」


ガチャン


 少し遅れて、ラーヘルが持っていた拳銃を床に落とす。


スクルド「!?おい!てめぇ!!!」


ラーヘル「てめぇではない・・・・名は名乗っただろう?私はぁ・・・ラー・・・」


ドタッ


スクルド(こいつがどんな意図で同士討ちしたかなんて知ったこっちゃねぇが、今がチャンスだ!)


 スクルドはラーヘルが落とした拳銃を拾いあげた。

そして、両手を胸にうずくまっているキールに向けて銃口を向けた。


スクルド「応援が来ようが来まいが、お前の命は俺の左手が握っている。だが、今から俺の言うことに従えば、とりあえず生かしておいてやる」


キール「ひぃぃ!!!わかった!答えるから撃たないでくれ!!!」


スクルド「ちゃんと話せるじゃねぇかよ顔面ドジョウ野郎。

まず、お前の能力でそこに転がってるでかい男を再び起こせ」


キール「それはできねぇ・・・」


スクルド「あ?」


カチャ


 眉間に皺を寄せ、拳銃を握り直す。


キール「ほっ、本当だ!俺の能力は眠らせるだけでいつ起きるかはわからねぇ!!!起きるとしても大体半日から1日は」


ニヤァ


 話しながら、ぐちゃぐちゃになった手の甲を合わせようとするキール。

手の甲が触れ合い、始解を終えたその瞬間、



ダンッダンッ



 スクルドの左手が先だった。

キールの額に鉛玉が食い込み、血を垂らしながらその場に倒れた。


スクルド「その面の方が魔道士っぽいぞドジョウ野郎」


 初めて人を殺したとは思えないほど、なんの罪悪感も感じなかった。

家族を、街を、全てを奪った敵は、人間としてカウントしていなかったからだろう・・・。


スクルド(さて、どうする・・・。ロウは今後戦力になるから必要だし、いろいろ吐いてくれそうなこのラーヘルとかいう男も持ち帰りたい。

 少将クラスがわざわざ出向くような軍事施設だ。外にはまだ兵士が大量にいるだろうし、ここにくるのも時間の問題だ。

それに殺傷能力はなくとも、あの能力者感知の女の存在は非常に厄介だ)



ダッダッダッダッダッ



カルア「こっちよ!!!能力者がまだいるわ!!!」


スクルド(チッ、もうきやがったか・・・)


 撃ち抜かれたスクルドの右肩は上がらない。

能力を使ったとて、捕縛されるのは時間の問題だろう。


 同時に・・・。


スクルド(くそっ、血が出過ぎた・・・・視界がはっきりしねぇ、水中かよここは)


 敵兵の追い討ち、急激な出血。

精神的にも肉体的にも余裕がなくなったスクルドには、もう意識を保てる力はなかった。


スクルド「・・・どうやら約束は守れねぇ、悪いな、ジュリー。勝手に消えて勝手死んですまねぇ、カナン」


 真っ暗になっていく視界で、最期に伝えたかったことを口に出す。

スクルドの意識は暗い闇に飲まれていった。



 と同時に、地下室のドアが勢いよく開いた。


カルア「ここです!」


謎の少女「わぁ!人が倒れて・・・あ、あの人まだ僅かですが、意識があります!

だ、大丈夫・・・じゃないですよね!肩にお怪我を!!!急いで治療しないと!」


謎の男性「あの少女が言ってた通りだな、体格のいい少年と目つきの悪い少年。

待機班と合流後、すぐに戻るぞ」




〜半日後〜




スクルド「・・・ん・・っ?」


謎の少女「あ!起きたみたいです。良かった!」


謎の少年「おっは〜!ちょうどいいタイミングにおっきしたね〜!もうすぐ着くよ〜!」


謎の男性「おはよう。何がなんだかわからないだろう。

 まぁとりあえず今伝えたいのは、私達は君の味方だということだ。

傷も痛くだろうし、横になっていて構わないからね」


謎の少女「傷口は塞ぎましたが、出血がまあまあありました。

疲れも溜まってらっしゃると思いますが、もし余裕がありましたら、水とサンドイッチがありますのでどうぞ」


 どうやら今自分は車に乗っているらしい。

周囲の景色は見えないように、自分たちが座っているところは頑丈そうな骨組みと細やかな目をした金網に布が被せてある。

どうやら軍用車両のようだ。



 そして、同乗しているのは自分の他に3人。

全員、黒を基調とした軍服に近い服を着ている。


 運転席には40前後の男が1人。

口元まですっぽり隠れるほどの大きな襟をしているが、振り向いたときの横顔からするに整っている印象だ。

 年齢のせいか、醸し出す雰囲気は非常に落ち着いている。少なくとも初対面の人間と話すことになんの抵抗もないようだ。態度はもちろん、話し方一つをとっても知性を感じさせる。


 正面に座る少女は、東洋人だろうか?少なくとも欧州の人間ではないことがわかる顔立ちと髪の色をしている。

ここまで他の色が混ざっていない綺麗な漆黒の髪はなかなか見ない。

肩に届かないくらいの長さで、毛先は揃えて切ってある。

 年齢は17の自分と同じくらいか。

元気を感じさせる笑顔からは敵意を感じない。


 そして特に目を引くのはニッタリと気味の悪い笑みを浮かべる男。

この男の風貌だけは一生忘れないだろう。

空に向かって生える髪。耳より下の部分だけはカールしながら、垂れている。

上に向かっている虹色の毛束の先には、軽そうな丸い玉がついている。

男自身から見て左目に、縦に下向き矢印のペイントがされている。

その笑い方と髪型、ペイントを見るに、この男を一言で表すなら、ピエロだ。

 ただ、この男も悪意は感じ取れない。おそらく誰に対しても、常にこんな接し方をするのだろう。

こちらは自分よりちょっと年上だろうか。



ピエロの少年「手を縛りあげといて味方とか言われても信用ならねぇよな〜?まぁ、味方なのは本当なんだけど。

 俺は、ウィール・バグラス。運転している方はシャルガさん、んでそこのちんちくりんがアマネ。

君の名前は?」


アマネ「そうそう、ちんちくりんのコノエアマネと申しま・・・フンッ」


ウィール「グフッ」


 ウィールと名乗る陽気な男の腹に少女のパンチが綺麗に決まる。


スクルド「・・・私の名を名乗る前に、あなた方は?」


シャルガ「私たちは”ユバヴェンダー”、常人が持てない特殊能力を持つ者達だ。

つまり、君と同族だよ。

少なくともここにいる3人は全員そうだ。

そして、私たちは能力を持った人間が集めて世界平和を実現することを目的とする組織、

”パツィフィスト”の一員だ」



 シャルガという男の話によると、この3人は”パツィフィスト”という組織に所属する能力者、”ユバヴェンダー”と呼ばれる者らしい。

また、能力のことを”ユヴェン”、能力者のことを”ユバヴェンダー”、略して”ヴェンダー”と呼んでいるようだ。


 そして、今回のスクルド達のようなユバヴェンダーを世界中から集める活動もその一環なのだという。


 今は、パツィフィストの本部へ軍用車で向かっているようだ。


ウィール「お手手縛ってるのは、初めましてってことでウェルカムサービスだね〜、すまねぇ。ちなみにお連れさんも元気にしてるよ」


スクルド「!・・・無事なのか!?」


シャルガ「ジュリーと名乗る少女と体格のいい男は無傷、他にも連れてきている人間はいるが、君の知り合いではなさそうだね。

今は、念のため別の車両に乗ってもらっている。

本部に着いたらちゃんと元気な姿で会えるから、安心してほしい」


スクルド「そうですか。ありがとうございます」


シャルガ「ちょっとだけでも、信用してもらえたかな?」


スクルド「・・・はい」


シャルガ「まぁ、あんなところに監禁されて、さらに殺されそうになっていたんだ。無理もないよ。

 ただ、私たちは君と君の仲間を痛ぶったり利用したりするわけではない。

味方かどうかは君が判断するといいが、そちらから何か攻撃してこない限りは少なくとも敵ではないということを伝えたいんだ」


 ハキハキとした声で、こちらを見つめながらそう話される。


スクルド「スクルドです」


ウィール「OK、スクルド!本部ついて一段落したらチェスしよーぜチェス!!!絶対得意だろ!?そんな顔してるも〜ん!モグモグ・・・んま!このレタス育てた農家に弟子入りしたいわ!2時間くらい!」


 先ほどアマネが渡してきたサンドイッチをムシャムシャ食べながらこちらに視線を向けてきた。


スクルド「いいですよ。一段落ついた結果、そんな余裕があるのなら」


ウィール「ヒャッホー!!!!!!楽しみにしてるよん!」


 ウィールから差し出されたサンドイッチを一口かじる。

初対面なのに馴れ馴れしいところはロウと同じだが、自然な流れで毒物が入っていないことを証明するあたり、どうもこの男は馬鹿ではないらしい。

縛られている手で食べづらいが、地下室にいたときのようにガチガチにされているわけではない。

手の甲が触れ合わないように手首を圧迫されているだけのようだ。


アマネ「すみませんね、ウィールはこんな人なの。

ところで、スクルドさんのそのお名前はファーストネームなんですか?」


スクルド「孤児なもので、ファミリーネームはありません。今までは必要なかったので」


アマネ「す、すみませんでした・・・。不躾に、本当に失礼しました」


シャルガ「まぁ私たちのようなヴェンダーの中では、ファミリーネームがないのはそこまで珍しくないよ。実際、私もないからね。

っと、談笑している間に、もう着いてしまったね」



 車が減速していくのが肌で分かる。

停止してちょっと体が揺れたと同時に、運転席の扉が開き、そして閉まる音がした。

それが合図なのだろう。

 

シャルガが車に被せられている布をめくった。



シャルガ「少しだけだが、話していて君のことがわかった。

心から歓迎するよ、知的で礼儀を知っているスクルド君」


 数歩横にずれ、奥の景色を見せる。



シャルガ「ようこそ、ここがユバヴェンダーたちの帰る家、パツィフィスト本部だ!」



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