【2】背負う
爆発、地鳴り、家屋の倒壊、外からも内からも聞こえる悲鳴・・・。
倉の中は一向に静かにならなかった。
ジュリー「なに!なんなのよこれ!うううっうわあああああん!!!」
カナン「これは夢これは夢これは夢これは夢これは夢・・・・・そう夢よ。だから教会のみんなも・・・あぁ、ああああああ・・・・・・・・」
スクルド「・・・・・・」
カナンとジュリーだけではない。
スクルドの声に従ってこの倉に逃げ込んだ人々も、平常ではいられなかった。
中年の男性「どうなってやがるんだよ・・・フランチェ軍は何してんだ・・・」
子供を抱き抱える女性「ううぅ・・・」
少年「うえーーーん!!!怖いよぉー!!!」
スクルド(・・・耐えろ、ここで僕が取り乱したら、この後の冷静な判断ができなくなる・・・・・・)
〜
突然の爆撃から1時間近く経過した。
避難した石造りの倉は、なんとか持ち堪えてくれたようだ。
スクルドは恐る恐る入り口の扉を開けた。
・・・それはもう、自分の知るメヴィルの町ではなかった。
町は完全には鎮火できていなかったが、とりあえず火の手を心配せずに移動はできそうだ。
本来なら、食卓を囲んで夜ご飯を食べている頃。
家々から盛れる灯の中心では、家族団欒の時間を過ごしている。
しかし、今目の前の光景は全く違う意味で、明るかった。
家だったものは原型を留めず崩れ去り、まだ消え切っていない炎がメラメラと燃えている。
動くものはその炎くらいなもので、誰一人として歩いていなかった。
スクルド「・・・・きょ、教会に・・・行かなきゃ・・・」
近くに刺さっている木片を三本拾い、落ちている布を巻く。
スクルドに続いて中から出てきたジュリーとカナンに木片を渡し、火を付けた。
二人は小さく口を開け、視線もあらぬ方向を向いていた。
スクルド「早く、い、行こう・・・ミラー達と合流するんだ・・・」
カナン・ジュリー「っ!」
教会のこと言うと、口をキュッと結び、走り出す覚悟の決まった顔を作った。
3人とも考えていることは同じだ。
とにかくミラー達と合流して、みんなの無事を確認することが今、最優先である。
〜
「パパァ!ママァ!」
真っ黒く変わり果てた腕に、しがみつく子供。
「あなた!起きて!早く!!!」
返ってこない返事を気にせず、名前を大声で叫び、揺すり続ける人。
「頑張れよ、もう少しだからな・・・」
全身が真っ黒く焦げ、頭がなくなった子供を背負い、励ましている人。
ジュリー「う・・・うぅ・・・っ」
カナン「・・・・・・」
ジュリーは、走りながらも振り返り、止まらない涙を流し続けていた。
カナンは、焦点の合わない目で、ただ前だけを見て走り続けている。
ミラー(目の前で苦しんでいる人がいれば、あなたにできる範囲でいいから、その人の力になりなさい。)
スクルド「っ・・・ごめん!!!ミラー・・・」
立ち止まりそうになるが、今は教会のみんなの安否を最優先したい。
他人に情をかける余裕は、どこにもないのだ。
木組みの家々が多いメヴィルの町は、瞬く間に火が燃え移っていたようだ。
焼け落ちたのか、爆発の影響か、倒壊している建物が目立つ。
瓦礫の中を縫うように、地獄と化した街を走り続ける。
川にかかる橋を通ろうものなら、酷い臭いが立ち込める。
水面には飛び込んだであろう人々の亡骸が浮かんでいた。
一体どれだけの人が今回の空襲で犠牲になったのか。
スクルドは、日頃唱えている祈りの言葉をただ音にしながら、教会に着くことだけを考えて、走っていた。
爆撃機がやってきた方角と同じ、マウロ教会の方へと。
もうすぐだ。
この角を曲がれば、いつも見るマウロ教会が・・・
見えてきた。
(・・・ッ!!!)
決して綺麗ではないが誰が見ても教会だとわかる、その建物はそこにはなかった。
瓦礫の所々から、未だ漏れ出ている黒煙。
既に距離が空いていたジュリーとカナンのことを考えず、全力でマウロ教会だったところへ急ぐ。
スクルド「ラル!コーマ!ニーシャ!ボルド!エリー!ネイラ!オファル!ミシェル!ロイダン!ウォーカー!
ミラあああああああ!!!」
返事が返ってくれば、ちゃんと生きてる。
返ってこなければ、きっと避難している!
・・・
スクルド(よし、返事はない。きっと避難しているんだ・・・)
そう思っているのに、教会を離れることができない。
カナンとジュリーも、追いついた。
そのまま走り寄り、瓦礫の山のすぐそばでひたすらに子供達とミラーの名前を叫びだすカナン。
ジュリーはスクルドの隣で立ち止まり、枯れそうな涙をツーと流している。
スクルド「大丈夫、僕が叫んでも誰も返事をしなかった。
ミラーはあの警報が何を指すのかわかっていただろうし、みんなを安全なところへと避難させてくれているんだよ・・・」
ジュリー「そう・・・なら良かったわ・・・」
カナン「誰かああああ!聞こえていたら返事をしてぇ!」
カナンは、誰か1人でも被害を受けていたらと思うと正気になれなかったのだろう。
声が枯れることなんて気にせずに、瓦礫に向かって名前を叫んでいる。
その時だった。
まだ少し燃えていた柱がついに耐えきれなくなったのか、バキッと折れて瓦礫と共に小さな崩壊を起こした。
と同時に、3人は見てしまった。
同じ”それ”を見たからこそ、3人とも跳ね上がるような勢いで走り出したのだろう。
スクルド「血だ・・・」
瓦礫に付着していた黒色を混ぜた血は、今、この世で2番目に見たくないものだった。
手が擦り切れることも厭わず、スクルドとカナンは辺りを掘り返す。
スクルド「みんなあああ!!!返事をしてくれ!!!」
スクルドは自分の手から血が出ることを厭わず、足元に散らばる瓦礫を力づくでどかし始めた。
痛みの感覚など、感じる余裕はなかった。
そして、真っ黒な炭になった木をどかした時だった。
最初、それがなんだったのか。全く理解できなかった。
真っ黒く炭になった頭。
燃え移らなかったのか、まだ赤みがある腕。
そして、黒く煤けていてもなお分かる、十字架のネックレス。
スクルド「・・・あ、ああぁ、あああああああ!!!」
それは、この世で1番見たくないものだった。
落ち込んだときに撫でてもらっていた暖かい手。
名前を呼ぶと、振り向きざまに見せてくれる笑顔。
それらが今目の前にある。変わり果てた姿で・・・。
もう二度と、声を聞くことも撫でてもらうことも叶わない。
大声で咽び泣いているはずなのに、何も聞こえない。
————世界から音が消えた。
無心になって瓦礫をどかしていくと・・・現れてきた。
みんな一塊りになって、一番頑丈そうな倉庫に避難したのだろう。
外に逃げるより、教会内にいた方が安全と判断して、みんなでここに逃げ込んだんだ・・・。
きっと自分も教会にいたなら、同じことを考えただろう。
でも、場所が悪かった・・・。
卒倒し、瓦礫の上に崩れ落ちるカナン。
手で顔を覆うジュリー。
遠のいていく意識の中で最後に見たのは、煤けて汚れてもなお輝く十字架だった。
〜
スクルド「はっ!!!ゆ、め・・・」
ジュリー「・・・起きたの?」
焚き火を背に、今にも消え入りそうな声で、ジュリーが問いかける。
スクルド「・・・・・・うん」
表情は影になっていてわかりづらかったが、顔だけをこちらに向けつつ、まるまって座っている。
いつものように自分を揶揄(からか)ってくるトーンではない彼女の声が、今までのことが夢なんかではないことを教えてくれる。
夢であったら、どんなに良かったことか。
カナン「はい、ゆっくりでいいから飲んで」
先に起きていたカナンとジュリーが瓦礫に残っていた道具で沸かしたのだろう、お湯を差し出す。
綺麗に輝く無数の星空も、今だけは皮肉のように感じた。
小さな火を囲んで、無言でお湯を飲む。
カナン「起きてすぐで悪いけど・・・」
そう言ってカナンは、拾っていたシャベルを見せてきた。
〜
スクルドはシャベルを受け取り、付近に穴を掘り始めた。
ザクッ・・・・ドシャ
ザクッ・・・・ドシャ
ザクッ・・・・ドシャ
ザクッ・・・・ドシャ
小さな穴だったが、11つの頭蓋骨を埋めるには十分だった。
そして、震える足にムチをうちながら、みんなが眠る場所へと歩く。
改めて、現実を目にするのは辛かった。
しかし、もう涙はとっくに枯れ果てていた。
頭を手に取り、穴に埋めていく。
10つの頭を運び、最後に1つ、穴が残った。
カナン「・・・・・・」
カナンが光のない目で、ミラーと目を合わせ手に取り、抱きしめた。
ジュリーは、俯くことしかできなかった。
カナンが焼けた頭を抱きしめて持っていく間、スクルドは、墓穴に埋めるためにミラーのつけていた十字架のネックレスを手に取ろうとした。
チェーンは切れていたが、十字架は黒く煤けただけで、元の形を保っていたようだ。
伸ばした手は、一気に流れくるミラーとの思い出によって、止められた。
今日の朝、本のお金を渡してから見送ってくれた時まで、ミラーは生きていたんだ。
でも、それはもう過去のことだ。
今は、ミラーに安らかに眠ってもらわなければならない。
自分の中で無理やり踏ん切りをつけ、再び手を伸ばし十字架に触れた瞬間だった。
スクルド「グッ!!!」
一瞬、体に電気が走った。
ジュリー「大丈夫っ!?」
その場でうずくまるスクルド。
痛みはあったが、すぐに引いてきたようだ。
スクルド「ははは・・・ちょっと指を切ってしまった。大丈夫だよ」
ジュリー「きっ、気を付けなさいよね!スクルドまでいなくなっちゃったら・・・」
スクルド「うん・・・」
そう言って、代わりにジュリーが十字架を拾った。
ジュリー「キャッ!」
ジュリーも同じように声を上げながら後ずさった。
驚いたと同時に、枯れ切ったはずの涙をまた流し始めるジュリー。
ジュリー「え?何・・・これ」
カナンはまだ骨を運んでいる。
ジュリーと2人で目を合わせながら、スクルドがもう一度、恐る恐る十字架を触ると・・・
今度は特になにも起きなかった。
ジュリー「あれ?・・・気のせい、じゃないよね。さっき持った時はすっごく痛かったのに」
スクルド「熱・・・でもないよね。今触れているんだし・・・」
ジュリー「ねぇ、スクルド」
ジュリーは横目でスクルドを見つめる。
何が言いたいかはすぐにわかった。
スクルド「・・・あぁ」
スクルドは、十字架のネックレスをポケットにしまった。
”お墓”と呼ぶには、あまりにも簡素すぎるだろう。
埋めた上に木の棒で作った十字架を指しているだけだ。
しかし、今できる精一杯のことをしたはずだ。
スクルド(さようなら・・・みんな。
さようなら・・・ミラー。
僕は、絶対に家族であるみんなを忘れない)
最期のお祈りと別れを心の中で告げた・・・。
改めて、今朝まで言葉を交わしていた大切な家族がいなくなったことを突きつけられた瞬間だった。
もう否定できない。
だって見てしまった。
人数も一致してた。
ずっとつけてたネックレスも。
一人一人、頭を持ち上げた。
焼けて乾いた肉の臭い。
持ち上げた頭を、掘った穴にそっと入れた。
それから埋めて・・・十字架を立てて・・・今、目の前に。
心の奥底から湧き上がる、生まれて初めての感情を制御し続けるのには、限界があった。
一瞬何も考えられなくなり、ドクンッと鳴る自分の鼓動がやかましく聞こえた。
ジュリー「・・・・・・大切なもの、全部無くなっちゃったね」
スクルド・カナン「・・・」
ジュリー「ねぇ・・・私たち、これからどうやって生きていけばいいのかな」
ジュリーは、2人の回答を期待せずに、呟いたつもりだった。
スクルド「ふふっ・・・ははは」
カナン「ふふふふふふっ・・・」
スクルド・カナン「ふふふっ、はははははは!!!あーっははははははは!!!!!はっはっははははは!!!!!」
周囲いっぱいに響き渡るほどの大きさでスクルドとカナンは笑い続けた。
ジュリー「え・・・?」
ジュリーは目の前で何が起こっているのか理解できないまま、ただただその様子を目に焼き付けていた。
瞳孔が開いた目と目を合わせ、2人で大笑いする2人。
そして、次第に笑い声がおさまり、カナンがそのまま話し出した。
カナン「私たちは、なんとしてでも生き延びなければならない。殺されたみんなの仇を・・・」
スクルド「その通りだ!!!」
スクルドは今まで出したこともないような大声を重ねた。
スクルド「カナンの言う通りだ!俺ら3人は生き延びた!それは仇を打つためなんだよ!!!
ミラー達を殺したあの爆撃機のパイロットを・・・いや!この戦争なんてくだらないことを始めやがった張本人を絶対にぶっ殺さなきゃならねぇ。絶対に許してはいけねぇ。
ミラー達の仇は・・・生者である俺たちがとるんだよ!!!」
ジュリー「ス、スクルドどうしちゃったの・・・今、”俺”って」
スクルド「わからねぇか!ジュリー!俺らは今まで何一つとして悪いことをしてこなかった。両親がいない辛さなんかも感じねぇほどに、平和に暮らしていただけだろうが!!!
なのに・・・なのに!!!なんでこんな目に合わなきゃならねぇんだ!!!
俺らだけじゃねぇ、なんの罪もねぇ人が大勢死んだ。目の前でな!!!
・・・この戦争を計画した奴らも、実行した奴らも、全員、俺らに殺されたって、何にも文句言えねぇよ!」
ジュリー「ど、どうしちゃった・・・の?」
カナン「犯した罪は償うものよね。私たちは生き延びなければならないわ。そして・・・・ふふふふふ」
ジュリー「・・・」
スクルド「今はまだ目先を生き抜く基盤を整えなきゃいけねぇ。
でも、必ずやってやる・・・!どんな奴が敵だろうと、俺は絶対仇をとるからなああああああ!!!」
知的で穏やかなスクルドと、優しいみんなのお姉さんであるカナン。
ジュリーは幼いながらに、自分が今日、13人と別れたことを悟る。
そして2人の背中を前に、一歩、鉛のように重い足を踏み出したのだった・・・。
〜 フランツェ国軍部 〜
ラーヘル「本当に良かったのでしょうか。確かに、彼らの力は戦況を大きく変える要素であるかもしれませんが・・・」
ガラン「何をビビってやがるぅ?これまでの報告通りなら、メヴィルから得体の知れねぇガキが出てくるんだろうぅ???
たかが1万人程度の町だ。得られる成果と天秤かけたらそう騒ぐことじゃねぇだろぉ。
俺らはフランツェのために決断を下し、指揮した英雄なんだよぉ」
ラーヘル「ハッ!ガラン少将のおっしゃる通りであります。
しかし・・・」
ドォンッ
ガラン「ラァァァヘル大佐ァ!!!」
ラーヘル「ッ!」
ガランは拳を思いっきり机に叩きつけながら叫ぶ。
ガラン「腕利きなのはご立派だが、あんまり馬鹿正直だとお前ぇ、近い将来、”事故死”するぞぉ…?」
ラーヘル「す、過ぎた発言でありました!!!大変、申し訳ございませんでした!」
ガラン「まぁ、メヴィルは国境に近いんだし、このまま戦争が長期化すれば遅かれ早かれ消し炭になってたんだよぉ。
ドイルが狙っていたことだって、こっちは先にリークしてんだぁ。
それに、食い扶持も減るぅ。
いいことだらけだろう?なぁ?」
ガランは、タバコを加え、慣れた手つきで火をつけた。
吐き出された紫煙は、空へと上がりたくても上がれず、地下室の天井を彷徨い続けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます