第一章 終わりと始まり
【1】形見
〜 1938年 3月 フランチェ国 メヴィル 〜
(自分は何故、生まれてきたのだろう?)
17歳の少年スクルドは、答えの出ない自問自答に頭を巡らせていた。
疑問にこそ感じるが、そこから先は仮説の立てようもないほど、わからないことだらけだ。
しかし、今目の前に広がっている夕食とそれを囲っている”家族”の笑顔を見ると、少なくとも生まれてきてよかったと思える。
ミラー「それでは、今日も私たちが生きられることに感謝し、気持ちを込めて言いましょう。
いただきます!」
教会の子供達「いただきます!!!」
今日はいつもより豪勢だ。
なんといったって、肉がある。
極々少量ではあるが、肉の味が滲み出たスープを食べるのはいつぶりになるだろうか。
子供1「おかわりっ!」
子供2「私もっ!」
ガツガツと食事を進めていく子供達を見ながら、思わず笑みが溢(こぼ)れてくる。
そうしてまた、自分の世界に浸ろうとした時、1人の視線に気づいた。
今日、40回目の誕生日を迎えるシスターのミラーだ。
ロッキングチェア、クッション、蝋燭、花束・・・。
みんな、この日のためにミラーへの誕生日プレゼントを用意していた。
しかし、ミラーは渡されたプレゼントに見越してか、いつもは食卓に並ばない肉を買ってきていたのだ。
こうしたところが彼女の底抜けの優しさであり、自分たちの育ての親たる一面だ。
ミラー「スクルド、スクルド!」
スクルド「・・・え?なんだい?」
ミラー「さっきからずーっと上の空だったわね。また何か難しいことを考えていたのかしら?」
彼女は、自分が赤ん坊のからずっと育て続けてくれている大恩人だ。
表情を見ただけで心情を察することができるのは、当たり前のことなのかもしれない。
スクルド「ごめんごめん、でも結論は出なかったよ。もっと本を読まないとね」
ミラー「ふふふ。それならまた本を増やそうかしら」
彼女の功労によって、ここにいるすべての子供たちは日々を暮らしていけている。
淀みない輝きをした十字架のネックレスは、彼女のシスターとしての誇りを表しているようだ。
赤ん坊から20歳近くまで、14人が暮らしているこの教会の名は、マウロ教会。
シスターのミラーと、13名の孤児が助け合って暮らす大家族というわけだ。
カナン「おかわりはあるから、みんなゆっくり食べてね」
カナンも他の子供達同様、孤児としてこの教会で育ってきた。
落ち着いた性格と長く黒い髪は、大人びた印象を与える。
教会の中では子供たちより、ミラーと同じ親の立場に近い。
20歳のカナンは、ミラー以外では唯一の成人で、スクルドが物心ついた頃からここに暮らしていた。
17歳のスクルドとは3歳差であるため、小さい頃はよく一緒に遊んでいたものだ。
しかし、自分たちが成長するにつれ、ミラーがどんどん新しい家族を連れてくるものだから、必然的に兄、姉として振る舞うようになる。
立場が近い二人は、お互いのことを特に理解し合っている関係だった。
そんなカナンがおかわりを注いでいる間、スクルドは目の前の食事進めながら、また自問自答の世界に浸り始めていた。
(僕の両親は、今どこにいるのだろう・・・)
これは、ここにいる全員が一度は考えたことがあるだろう。
育ての親のミラーには、最大の感謝をしている。
ただ、生みの親が今どうしているのか?という疑問は、払拭できずにいた。
しかし、頭の片隅で思うのだ。
”両親が元気に暮らしていて自分をずっと探している”なんてことは絶望的、と。
自分が生まれた時代から現代に至るまでの歴史を学ぶと、どうしてもこの結論だけが弾き出される。
スクルドがいる”フランツェ国”は、隣国の”ドイル国”と戦争状態にある。
そして、両国の間にはフランチェが作り上げたメジノ要塞が敷かれている。
この要塞は、今から17年前に勃発していた第一次大戦時のフランチェVSドイル戦争の経験から作られた。
先の戦争では、フランチェの同盟国の協力もあって、ドイルに勝利。
この時に結ばれたヴェロサイユ条約の内容は、ドイルが二度と戦争を仕掛けないようにするために、厳しい制限での軍縮、莫大な賠償金を請求するものだった。
しかし、ここ10年間、ドイルは密かに次の戦争のための準備を進めていた。
そして3ヶ月前、ヴェロサイユ条約をはじめとした不可侵条約を全て無視して、ドイルは、自国の東に位置する国、パーランドへと侵攻。
遂には、西側であるここフランチェにまでも侵攻作戦を企てている。
メジノ要塞のおかげか、軍人や戦車が攻め入ってくることは今のところないが、フランチェ国の中では「メジノ要塞があるからと言って安全だなんて保証はない」という声がちらほら上がっている。
事実、要塞は空までは守れない。
ドイルは偵察や、基地爆撃のために軍用機を飛ばしていると聞く。
そのため、ドイルに近い町や村が戦火に包まれることは、珍しくないのだ。
このような変遷を経て、1938年現在、未だ戦火に包まれていないフランチェが在るというわけだ。
17年前に終戦した第一次大戦。
スクルド自身もその戦争の影響を受けていることは、なんとなくではあるが察しがついている。
自分が生まれた故郷は、マウロ教会があるこの街、”メヴィル”よりもさらに東側であるとミラーから聞いているからだ。
といっても、実際どこで生まれているのかまでは正確にわかっていない。
ミラーとの初めての出会いは、自分が赤ん坊の頃、ミラーが施設から引き取ったという情報しか教えられていないからだ。
もちろん、その施設のことも質問してみたが、ミラーはこう答えるだけだった。
ミラー「赤ん坊が施設の前に置かれていただけ。それを引き取った施設にたまたま尋ねた私があなたを育てようと思ったの。だから本当のご家族のことや、あなたの故郷はわからないわ。ごめんね」
しかし、その施設がメジノ要塞にほど近い街であり、赤ん坊を運ぶという過程を考慮するとおそらくその街付近で生まれているだろうということは誰でも想像できる。
スクルドが生まれたのは17年前・・・
誕生当時、戦火に見舞われていたであろう地域・・・
戦争、両親、赤ん坊の自分・・・
ここまでの情報をまとめ、自分が孤児である理由を見出そうとするのならば・・・・・・
この先はあまり考えたくはない。
この推論を認めたくなどない。
悲観的に憶測してしまう過去は、考えたくない。
ただ、成長してきたこれまでの17年間は、それなりに幸せな生活だと言い切れる。
ミラー「ふふふっ、ゆっくりでいいのよ」
カナン「あらあら、またこぼしているわよ〜」
二人がまだ幼い子供たちの面倒を見ている。
ミラーはとても優しく、新しい知識や勉強への好奇心が尽きないスクルドにも、丁寧に事を教えてくれている。
一緒に暮らす子供達も、皆それぞれ自分の役割を全うしながら、助け合って生きている。
大雨が降ると雨漏りするし、今日のような肉がある食事は滅多にないけれど、こうやって大きな不安を抱えずに暮らしていけていることは、とても幸せなことだろう。
そんな平和な日常だからこそ、こんな物思いふけることだってできるのだ。
カナン「はーい!もうおかわりはできないからね。食べ終わったらちゃんとご馳走様して洗い場に持っていくのよー!」
スクルド(・・・僕も手伝うか)
…カナンの声で現実に戻ったスクルドは、まだ1杯目のスープを飲み干した。
〜
窓を開くと、差し込んでくる朝日で目が痛い。
昨日の誕生パーティから一夜、また新しい1日が始まる。
顔を洗い、子供たちに勉強を教え、洗濯や掃除をする。
いつもと違うのは、夕方からカナンと、2つ下の女の子ジュリーと3人で町へ買い物に行く事だった。
みんなで作っている机や椅子、薪を売って手に入れたお金を持って、食べ物を買いに行くのだ。
カナン「今は何が少なかったかしら?」
ジュリー「たくさん買ってたジャガイモがあと少しでなくなっちゃいそう!あとはー・・・」
カナンとジュリーが町へ行くのは食材を選ぶため。
子供たちが増えた今、教会のご飯は主にこの二人が担当している。
スクルドが同行するのはその荷物持ちとしてであるが、今日はそれだけではないようだ。
ミラー「スクルドー!」
スクルド「ん、何?」
ミラー「昨日、新しい本買おうねって話したでしょ?
ふふふっ、これ。
少ないけど、スクルドが気になっている本を買っておいで!」
渡されたのは、古本を一冊買えるくらいのお金だった。
スクルド「え!でも、僕が買う本を選んでしまってもいいの!?」
ミラー「この教会で、いちばん勉強を頑張るあなたが選ぶ本よ。きっとあなたが読んだ後も誰かが手にとるわ」
スクルド「・・・ありがとう!ミラー。みんなのためになるような本買ってくるね!」
ミラー「ええ。いってらっしゃい!」
振り向きざま、ミラーがいつもつけている黄金に輝く十字架のネックレスが光る。
17年間聞いてきた「いってらっしゃい!」と見送る声が、スクルドの強く背中を押した。
夕暮れ時の町は今日も賑わっている。
方々ではガス灯がチラホラ点灯してきている。
市場まで来ると、川で取れる魚や、農家の人が育てた野菜。香辛料のいい香りも漂ってきた。
ジュリー「このじゃがいもを4袋と・・・後、人参も3袋頂戴!」
八百屋「毎度!」
カナンがお金を支払い、スクルドが買った野菜を持つ。
毎回ではないが、買い物の荷物持ちはよくやるので慣れたものだ。
カナン「今日もありがとうね。重かったら私たちも持つから言ってね」
野菜を持って、遠い目をするスクルド。
今スクルドの頭の中にあるのは、この後に立ち寄る本屋でどんな本を買おうかということだけだった。
カナン「・・・スクルド?」
スクルド「え!あ、あぁ!うん、ありがと」
ジュリー「私は嫌ー!男なんだからこれくらい1人で持てるでしょ!」
スクルド「”これくらい”とか言うんだったら、ジュリーにだけ持たせても大丈夫かな?」
ジュリー「はぁ!?荷物持ちはあんたよ!
まぁ、カナンには持たせないけどね!」
スクルド「うん、そうだね」
ジュリー「な、何よ」
スクルド「ジュリーはカナン大好きだもんなーって」
歯を見せ、ニコッと笑いかける。
ジュリー「っ!カナンだけじゃないわよ・・・」
そっぽを向いて小さな声で呟く。
スクルド「カナン、買い物は大体終わった?」
カナン「んーと、あとはお塩とお砂糖だけかしら」
スクルド「あとはこの先のお店だけか・・・。じゃあさ、途中にある古本屋さんに寄ってもいい?」
カナン「あらっ、新しい本が入荷されるのね!」
ジュリー「全く、あんまり遅くならないでよー!みんなお腹空かせてるんだからっ!」
スクルドは教会の勉強担当だ。
ミラーが手を離せない時は、大体スクルドが教えている。
頭がいいのはもちろんだが、スクルドが人に勉強を教えられるのは、止まるところを知らない知的探究心があるからだ。
小さい時は、ミラーに縋り付いて、常にわからないことを質問していた。
優しいミラーは、睡眠時間を削り、貴重な蝋燭を燃やしてでも、スクルドに物事を教えていたものだった。
そんな少年はやがて自分で学び、自分で解決する力を身につけ、今となっては暇ができれば本を読んでいる青年へと成長していた。
教会の歩く知識は、年上のカナンにも頼られることがある。
それほどまでに、スクルドは勉強熱心で物知りな青年だった。
そのため、好きな本を一冊買っていいと言われたことは、内心飛び上がるほど嬉しいことだったのだ。
スクルド「あっ!あそこだよ!!」
カナンとジュリーより重い荷物を持っているのに、真っ先に走り出したスクルドが目指すのは、遠目に見える本屋だった。
ちょっとめんどくさそうにするジュリーと、微笑みながらついてくるカナンを見やりながら、「ちょっと見てくる!」と言おうとしたその時だった
「うっ…」
これまでに経験したことのない鋭い頭痛が、スクルドを襲った。
カナン「どうしたの、スクルド!?」
一瞬の痛みに頭を抱えたスクルドを心配して、カナンが駆け寄った。
スクルド「ありがとう、大丈」
そう言いかけた時だった。
ヴーーーーーー
聞きなれない、劈くような高い音が町中に響き渡る。
周囲の人々の思いを代表するかのようにジュリーが叫んだ。
ジュリー「えっ!?何!!!」
・・・スクルドはこの音が何を意味するのか、理解していた。
周囲の人々も立ち止まり、落ち着かない様子だ。
スクルドは、急いで2人の元へ走りよる。
スクルド「二人とも!僕から絶対に離れないで!ついてきて!」
そう言って両手でジュリーとカナンの手首を掴むと、走り出す。
目指すのは、本屋ではない。
スクルド「・・・・っ!ここならきっと!」
状況が分からなくて怯えているジュリーと、不安な表情と汗を隠せないカナン。
スクルドはそのまま手をひいて、目の前の石造の倉に入る。
スクルドは倉へ入っても安心する余裕はなく、入り口付近で周囲の空を見ていた。
スクルド(誤報だ・・・。軍事施設も工場もないメヴィルが狙われるわけない・・・)
—————その時だった。
スクルドは見た。
夕闇空の中、星と同化して銀色の輝きを放つ”それ”は、普通この町の上空を通過するはずのないものだった。
スクルド「っっっ!こっちだああああ!みんなあああああああ!!!」
怒号や悲鳴が飛び交う町に向かって、スクルドも大声を張り上げる。
数人の町の人が倉に入ってきて、早く扉を閉めようと手を伸ばしたその時だった。
ヒュルルルゥゥゥーーー………ドォオオン
始まった。
町の遠くで爆発が起こった。
機体は小さな黒点を産み落としていく…。
数秒の放心の後、急いで扉を閉め、倉の奥へと逃げ込んだ。
育った町が火の海と化すのには、そう時間はかからなかった・・・。
————————————————
【ここからは作者の後書きです】
十の切望、第一話をご覧いただき、ありがとうございます!
作者のvowtistaという者です。
カクヨム様では、純粋な文章を楽しむために挿絵の挿入が基本的にはできないようですね。
こちら第一話は、表紙絵がありまして、私のTwitterにてご覧いただけます。
よろしければ、ぜひ一度ご覧ください。
主人公スクルドと、マウロ教会、タイトルロゴが入った一枚です。
私のTwitterアカウントは
@vowtista
です。
後書きまで読んでくださり、ありがとうございます。
それでは、以降の内容もお楽しみください!
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