ラノベ作家は辛いよ―地獄へようこそ編
七野りく
東京都内、某有名ホテル新年会会場にて
「わーわーわー。先生、先生! 人がいっぱいだよ! これ、みんな、ライトノベル作家さんやイラストレーター、関係者さんなの!? はっ! あ、あれってビンゴの景品?? 料理も豪華~。あ、ローストビーフ……お寿司も、ケーキもある! ――これは、慎重に攻略しないと!」
「ええぃ、はしゃぐでないっ、さくら君! 第一……君、結構なお嬢様だろうが? ローストビーフも寿司も、散々食べ慣れているだろうに」
都内某有名ホテル大宴会場。
先生に連れられ、一年に一度の新年会へやって来た私は、振り返り唇を尖らせた。
普段のラフな格好と異なり、滅多に見ないスーツ姿だ。……不覚にもカッコいい、と思ってしまう。
なお、私も普段はまず着ないシックで大人っぽいドレス姿だ。
この日の為だけに仕立てたとは、絶対に先生へ言うつもりはない。
……というか、髪型も美容院に行って整えてもらったのにさっさと気付け、この鈍感作家!
誤魔化しがてら、肩を竦める。
「はぁ……分かってないなぁ~先生は。ビュッフェ形式は楽しむことで、美味しさが倍増するんですぅ~。あ、だから、現代物が書けないのかも?」
「うぐっ! まったく……まぁ、いい。行くとしよう」
先生は大袈裟な仕草で胸を押さえ、歩き始めた。
私もその後を追う。何しろ人が多い。数百名は間違いなくいる。
はぐれたら、出会うのも一苦労だ。
会場の各所にはテーブルが幾つか配置され、各レーベル毎に分かれているようだ。
私は先生に話しかける。
「先生はどのレーベルに行くんですか?」
「私はweb出だからな。そこだ」
「? 色々なレーベルで書いていて、実績もそれなりに残しているのに??」
先生は何だかんだ十年近くラノベを書き続けている。
未だアニメ化はないものの、本が売れないこの時代において、ほぼ全てのシリーズを最後まで書き切った実績持ち。
中堅以上エース未満、というところだろうか?
堂々とレーベルのテーブルへ行けばいい――……そこで、はた、と気づいた。
生暖かい視線を隣の先生へ向ける。
「嗚呼……そういうことですね……」
「な、なんだ。何が言いたい」
「――いえ、別に。先生、人見知りさんですもんね。SNSも一切やらないから、他の作家さんとのお付き合いも殆どなさそうだし」
「……それもある」
「それ以外は?」
「…………」
先生は少しだけ顔を顰め、沈黙した。
珍しく返答が返ってこない。……あ、あれ?
思わぬ反応に、私は若干怯んでしまう。
すると、先生が携帯を取り出し立ち止まった。
「はい、もしもし。え? 先生が? ――分かりました」
きちんとした受け答え。おそらく、編集さんだろう。
先生は、私が知る中で一番大人なのだ。
暫し待機していると、通話を止めた先生が私へ向き直った。
とてもとても嬉しそうで……少しだけ緊張している。
「予定変更だ、さくら君。今日の会の目的を果たしに行く」
「……へっ?」
※※※
『では、続きまして――』
司会役の女性声優さんが、新年会を進行。
次々と、代表取締役や偉い人達が壇上に上がり、新年の挨拶をしていく。
内容は……手慣れてはいるものの面白みがないものだ。
確保したローストビーフを食べながら、酷く満足気な先生へ話しかける。
「先生、良かったですね、イラストレーターさんに挨拶出来て」
「うむ! 普段、お会いする機会がないからな。新年会に参加しているのは、挨拶をする為……いいかね、さくら君? あの方々は神様なのだよ。私みたい木っ端作家は、あの方々に生かされていることを、たとえ死んでも来世まで忘れることは許されないのだっ!」
「……それ、さっきのイラストレーターさんも否定してたんじゃん。『イラストだけで、コンテンツは絶対に売れません』って」
先生の小説のイラストを担当している、イラストレーターさんは売れっ子さんが多い。その為、業界の酸いも甘いも知っているように見えた。
……私も、一読書兼助言役としてそう思う。
よく『ラノベは表紙で買われる』というけれど、データとしてそれは正しくない。
文章・イラスト・宣伝、そして――時流。
それらが合わさって、初めてラノベは売れるのだ。
女性声優さんが、良く通る声を発した。
『では次に――第21回ファンタジー大賞を受賞された方々の表彰を行います』
壇上に数名の男女が上がっていく。
性別、年齢は様々。共通しているのは――強い緊張。
あの人たちが、
先生がビールを飲み干し、悪い笑みを浮かべた。
「……くっくっくっ。あれが、21回目の受賞者達か。望んで、地獄へやって来るとは酔狂な連中だ……」
「先生もでしょ?」
「……そーともいう。ほれ」
「ありがと」
先生が私のグラスへ、白ワインを注いでくれた。
……私も注ごうかな?
逡巡していると、先生は惚れ惚れする動作でビールを注いだ。……むぅ。
「まぁ……公募組が売れてくれないと、後々大変なのだがな」
「そうなんですか?」
「うむ。web出が増えているとはいえ、物事はバランスが大切だ、と私は思う。何にせよ、売れてほしい。心からそう願う。……まぁ、少々気後れもあるが」
「あ、気にしてるのはそこなんだ。でも、とりあえず――レーベル、ひいてはラノベ市場全体が盛り上がれば良い?」
「――……さくら君、毎回思うのだが、君は察しが良すぎるぞ。ああ、そうだ」
「?」
先生は顔を歪め、次いで何でもないような声を出した。
きょとんとし、見つめる。
――少しだけ近づき、小さく囁かれた。
「今日のドレスも髪型、とても似合っている……と、思う」
「!?!!!! う~~~~~~!!!!!」
「ぬぉっ!? な、何故だっ!? 何故、踏もうとするっ!!! 間違ってはいない筈だっ! あと、ヒールは凶器になり得るのだぞっ!?!!」
先生は今日もズルかった。
――なお、第21回目の受賞者さん達と先生はこの後、少しばかり関わりをもつことになったのだけれど、それはまた別の話。
ラノベ作家は辛いよ―地獄へようこそ編 七野りく @yukinagi
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