もう俺のメンタルごりっごりに削られてます

新巻へもん

21回も

 ミキの兄は確かにミキによく似ていた。涼やかな目元はそっくりだと思う。ただし、いつも穏やかな笑みを浮かべているミキと異なり、硬い表情をしていた。可愛い妹にちょっかいを出すふざけた男に対しては、兄という存在はこんな表情をするものかもしれない。まあ、妹のいない俺には正確なところは分からないが。


 ミキの家のダイニングのテーブルに俺はぎこちなく座っていた。

「それじゃ、せっかくの料理なんだから遠慮せずに食べてね」

 ミキの母親が料理を勧める。軽く頭を下げるが料理にはしを伸ばしていいものかどうか。向かいに座るミキの父親と兄の存在が重い。


「なに緊張してるかなあ? そういうキャラでもないでしょ?」

 ミキが横から手を伸ばしてきて、大皿に盛りつけられた料理をいくつか取って俺の取り皿に乗せた。その動きを見る父親と兄の目がぐっと細くなる。これはどちらかというと挑発行為なのではないだろうか?


 俺の気持ちなど知らぬかのようにミキはリラックスしている。

「そうそう。ヒロはこれが好きだったよね」

 ミキが手にして戻ってきたのはいわゆるプレミアムビール。俺のグラスに注ぐとシュワシュワと白い泡が弾ける。黄金色に輝く液体はしかしちっとも美味しそうには見えない。


 また父と兄の目が細くなった。眉間にしわが寄りどうみても機嫌がいいとは思えない。

「あ。お父さんもどうぞ。トモ兄も今日は飲んで大丈夫なんだよね?」

 多少は表情が穏やかになる2人。


 しかし、ミキが自分のグラスにビールを注いで、乾杯といいながら、ぐいと飲むとまた目が細くなる。ぷはあ、と妙齢の女性らしくない声に、また更に目が細くなった。


「あまり言いたくないが、酔っぱらったら危ないこともあるんじゃないか」

 ミキの兄上が低い声で指摘する。

「今日は家じゃん。大丈夫、大丈夫」

「ついつい外でもそんな感じになるかもしれないだろう?」


 缶が空いたので、次のビールを取ってきたミキがカシュっとタブを引き上げる。旨そうにもう一口飲んだミキの頬は少し朱色に染まっていた。正面の二人は渋い顔。

「ヒロと一緒の時以外は飲まないようにしてるから」

 その発言に二人は面白くなさそうな顔をした。


 この男が酔わせたうえでいかがわしい行為をするかもしれないだろう。細められた目が雄弁に主張している。実際、その点は否定できない。既遂だ。

「やーねえ。お父さんもトモ兄も。お酒は楽しくだよ」

「ほどほどにだ」

 

 俺はすっかり泡が減ったグラスを見る。目の前の料理もうまそうだ。きゅるきゅると腹が鳴る。

「完全に借りてきた猫だね。遠慮せずに食べなよ。残したら母が怒るぞ。我が家の実力者を敵に回しても知らないからね」


 チラリとミキの母親の方に視線を走らせる。目が合うとニコリと笑った。それに気づいたのか正面の2人はまた顔が険しくなる。

「ヒロ。なんなら食べさせてあげようか?」

 ミキが唐揚げを箸でつまんで俺の方に向ける。


 正面からの圧が一段階上がった。ピキーンという効果音が聞こえる気がする。俺は慌てて自分で取り皿にある料理を取って口に運んだ。味が全く分からない。ミキは何事も無かったかのように唐揚げを頬張っていた。気まずい。滅茶苦茶気まずい。咽喉の渇きを覚えて、ビールのグラスを取り上げて口につける。


「あのさ。そういう態度だとヒロの居心地が悪いでしょ。もう子供じゃないんだし、私が選んだ相手相手なんだけど」

 ミキの声に微妙ないら立ちが混じる。2人もビールに口を付けて、料理を食べ始めた。


「なんだかんだでミキとヒロ君のお付き合いも長いわよね。幼稚園から一緒だっけ?」

 ミキの母親が話題を提供する。

「はい。中学は別でしたけど」


「ミキが熱中症で倒れて家まで運んでくれたのって、3年生の時だったかしら?」

「4年の夏ですね」

「なんだ。そんなことがあったのか? 俺は知らないぞ」

 父親が驚いた顔をする。


「だって、あなた、あの時は仕事が忙しくて毎日午前様でしたから。話したら大騒ぎするでしょうし」

「俺も聞いてない」

「大学に通うので一人暮らししているトモに知らせてもどうしようもないでしょ」


 自分たちが知らない事実に憮然とする2人。

「結果的に大したことなかったんだけど、まあ、手当てが遅かったらどうなっていたか分からないわね」

 微妙に表情が和らぐが、俺はジェットコースターに乗ってる気分だった。


「高校生になってからちょくちょくウチに来るようになったわよね。なんかとかっていうカードゲームをよくしてたわねえ」

「センゴク☆サモナーだね」

 ミキ兄の表情が変わる。


「そういえば、久しぶりに帰省した時に何かゲームショップでねだられたな」

「そんなこともあったねえ。あれ、ヒロにあげたんだ」

 ミキ兄の目がキラリと光った。なあ頼む。これ以上、逆鱗をなでなでするのはやめてくれないかな、ミキ。


「そうだ。ヒロって、そのカードゲームで全国大会出たことあるんだよ。凄くない?」

 ミキの活舌がちょっと怪しくなっている。目もちょっととろんとしてきた。褒めて貰えるのは嬉しいのだが……。


 結局、ミキの家を辞去するまでに2人に顔をしかめられた回数は総計21回だったらしい。もちろん、俺にそんなことを観察する余裕はない。ミキの母親によるレフリーストップがかかるまでに当人が数えた回数とのことだった。そのことを自分の母親から聞かされるという地獄。マジで疲れた。

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