心も体もラブラブになりたいカップルが21回目のデートでラブホテルに迷い込んだようです

タカテン

21回目のデート

 前回までのお話

 

 恋人なし、経験なしのままお互い25年の時を過ごしてしまった康太と春乃。

 そんなふたりが偶然出会い、惹かれあって付き合ったはいいものの、なかなか先に進めない。

 前回20回目のデートでは大胆にも一泊二日の温泉旅行を敢行して状況打破を狙ったが、結局枕投げをして眠ってしまった。

 果たしてふたりが結ばれる日は来るのだろうか!? 第21回目のデートはいかに!?

 

 


「あは……ははは、まさかこんなところだったとは。ねぇ、春乃さん?」

「で、で、ですよねー。私もびっくりしちゃいましたよ、康太さん!」


 ふたりの乾いた声が部屋に響き渡る。

 壁からごつごつとした岩が突き出している部屋は、まるで数時間前に見た海岸の洞窟を思い出す。

 が、下は砂地ではなくそれっぽい色をした清潔な絨毯で、部屋の一角にはテレビや冷蔵庫があり、そしてなにより大きなクイーンサイズの丸いベッドが、ご丁寧にも貝殻を模した天蓋付きで置かれてある。

 

 そう、ついにふたりはラブホテルにやってきてしまったのだった!


 そもそも21回目のデートはドライブだった。

 いまだ肉体関係はないが気の合うふたりだ。車中での会話は盛り上がり、道中のドライブインではお互いのカレーとおうどんを仲良くシェアし、砂浜では肩を寄せ合いながら押し寄せては引く波を満ち足りた気分で眺めた。

 

 実にムードがいい。

 なのでキスしたい。そのまま身体を重ね合わせたい。

 ふたりとも心の内ではそう思っている。


 が、ヘタレなふたりはお互い行動に移すことも出来ず、明日は仕事だからと早めに帰ることになった。

 

「康太さん、あの建物、なんでしょう?」


 その帰途、不意に春乃が遠くに見えた建物に思わず声を上げた。

 

「んー、なんだろう、西洋風のお城っぽいですね」

「ですよね。でも、ここ日本ですよ。どうしてそんなものがあるのでしょうか?」

「さぁ。なにかのテーマパークかな?」

「まだ時間もありますし、行ってみましょうか?」

「そうですね。行ってみよう」


 言っておくが、ふたりとも素である。

 春乃は誘っているわけでもなく、康太もまた誘われている自覚もない。

 なので車で近づいても何のテーマ―パークかも分からず、駐車場の入口が何故か垂れ幕で隠されているのを不思議に思いつつ入った。

 受付でも春乃が「はぁ。ここって泊まることも出来るんですねぇ」なんてのんきなことを言いながら、ふたりして部屋を選んだ。

 勿論、明日は仕事があるのでご休憩だ。

 

 ただ、そんなふたりでもいざ部屋に入って、これといったアトラクションもないことが分かると「あ、これってもしかして噂に聞く……」とお互いに察してしまったのだった。

 

「どどどどどどうしましょう、康太さん!?」

「おおおお落ち着いて、春乃さん。ままままずは深呼吸しましょう」


 すーはーすーはー。

 すーはーすーはー。

 

 なんだかえっちな匂いがするのは気のせいだろうか。

 

「落ち着きました?」

「は、はい。なんとか。でもまだ心臓がドキドキいってます」

「それはいけない! なんとかリラックスを……あ、そうだ、シャワーを浴びてきたらどうですか?」

「あ、そうですね! そうします!」


 そそくさと浴室へ入っていく春乃をにこやかに見送り、康太はとりあえずこれで少し時間が稼げるぞとベッドへ腰かけ――

 

「って女の子を先にシャワーに行かせるなんて、まるでやる気満々みたいじゃないかっ!」


 思わず頭を抱えた。

 何かのテーマ―パークだと思っていたのに、まさかそれが噂のセックスをしなければ出れない部屋だっただなんて(注:しなくても出れます)!

 なんという孔明の罠。こんなの騙されるに決まってるじゃないか。

 

 ああ、このまま僕たちはセックスしてしまうのだろうかと考えながら、康太はベッドのサイドチェストに置かれていたリモコンを押した。

 テレビでも見て少し気を落ち着かせようとしたのだ。が。

 

「うわああああああ!」


 次の瞬間、浴室の壁がガラスみたく透明になり、生まれたままの姿でシャワーを浴びる春乃の姿が丸見えになった! 


「うわああ、ごめん! そんなつもりはなかったんだ!」


 慌てて顔を隠し、謝罪する康太。しかし、いつまで経っても春乃からのリアクションがない。

 おかしいなと両手で顔を隠しつつ、かすかに指の間を開いて見てみると、春乃はまるでこちらに気付く様子もなく気持ちよさそうにシャワーを浴びていた。

 

「……向こうからは、見えないのか?」

 

 康太は心から安心したとばかりに両手を太ももに下ろし、うな垂れながら嘆息した。

 よかった。こんなのがバレたら、それこそ破局だ。本当によかった。

 あとは浴室の壁がこんなことになっていると春乃にバレないよう、リモコンをどこかに隠しておけば完璧だ。


 でもその前に……。

 康太はごくりと唾を飲み込むと、心の中で春乃に土下座した。

 

 

 20分後。

 春乃が浴室から出てくると、代わりに康太がシャワーを浴びに行った。

 その時に康太がなんだか自分と顔を合わせにくそうにしていたのが春乃には気になった。

 

「あ……私、服着ちゃったから」


 温かいシャワーを浴びてのほほんとしちゃったのか、春乃はすっかりここがセックスしないと出れない部屋だってことを忘れてしまっていた(注:繰り返しますがそんなことありません)。

 

「あう、もしかして康太さん、がっかりしちゃったのかも」

 

 これからすることを考えたらバスタオル姿で出てくるべきだった。

 もし康太から求められたら、すごく恥ずかしいけれどその気持ちに応えようと春乃は常々思っている。それがここに来てまさかの大チョンボ。せっかくの念願のラブラブになれるチャンスが台無しだ。

 

 春乃は思わず頭を抱えてベッドに座り込んだ。

 と、ふと不自然にサイドチェストの下に、隠されるようにして落ちていたリモコンが目に入った。

 そうだ、まだチャンスはある。ここは落ち着くためにテレビでも見よう。

 春乃はリモコンを拾い上げ、ボタンを押した。 

 

「きゃあああああああ!!」


 たちまち浴室の壁が透明になり、素っ裸の康太が映し出された。

 

「わ、わたし、見てません! 見てませんから、康太さん!」


 慌てて弁解するも、当然ながら康太の反応はない。しばらくして春乃もこのカラクリに気が付いた。

 

「……き、きっと部屋を掃除する方が間違ってリモコンを落とされたんですね」


 だからあんなところに落ちていたわけで、きっと康太は気が付かなかったのだろう。

 もし気が付いてたらと思うと、春乃は顔がかぁと赤くなった。

 

 と、とにかく康太が浴室から出てくる前に元のところへ隠しておかなければ。

 でもその前に……。

 

 春乃は心の中で何度も康太に謝りながら、浴室の壁を注視し続けた。

 

 

 またまた20分後。


「いいお湯でしたね」

「ええ、ほんとに」


 シャワーから戻り、これまた春乃同様に元の服を着た康太がベッドの上で正座していた。

 その対面には春乃もまたちょこんと正座している。

 どちらも緊張でがちがちだった。

 

「それでその、これからなんですが……」

「は、はい……ど、どうしましょうかね?」

「あの、ちなみに春乃さんはこの部屋がどういうものか知ってます?」

「えっと、その……はい、一応」


 康太の額に汗が吹き出し、春乃の頬が淡く色づく

 ふたりの頭の中に「セックスしないと出れない部屋」が再確認された。

 そう、ここまで来たらもう言葉はいらない。

 ふたりはゆっくりと近づき、唇を重ね合わそうとして――。


「うわあっ!」


 突然康太は大声をあげた。

 

「ど、どうしたんです、康太さん!?」


 ついに迎えたクライマックスに似つかわしくない大声に春乃が怪訝そうな表情を浮かべて、康太の視線の先を追う。

 

「はわわっ!」


 春乃も動揺を隠せなかった。

 何故ならそこに例のリモコンが何故かサイドチェストからひょっこり顔を出していたのだ!

 

「春乃さん、こんな時にあれですけどなんか喉が渇きませんか? ちょっと飲み物を取ってきますね」

「いえ、康太さん、それは私が」


 ふたりして慌ててベッドを飛び降りると、リモコンをさり気無くサイドチェストの下に忍び込ませようと足を伸ばす。

 あ、とふたりが声を出した時には遅かった。

 焦った結果、康太の足が豪快にリモコンを蹴り飛ばしてしまったのだ。

 

 絨毯の上を転がっていくリモコン。

 康太が顔面蒼白になって固まる中、慌てて追いかけた春乃が今さらながら足で隠そうとして。 


 ぽちっとな。

 

 最悪にも例のボタンを押してしまった!

 突如として浴場の壁が透明になり、丸見えになってしまう。

 が、


「春乃さん、そのリモコンですが……」


 康太が顔を直角に曲げ、浴場の壁を見ないようにして話しかけた。

 

「な、なんのリモコンでしょうね、これ?」


 同様に春乃もまた浴場の壁に背を向けて応える。

 そう、ふたりとも浴場の壁が透明になっている事に気が付いてない!

 

「ボタンを踏まれましたよね、今?」

「踏みました……なんのボタンでしょう……あ、もしかしたら扉が開いたのかも」

「それだ!」


 康太が力強く断言した。ですよね、と春乃も大きく頷き、部屋の出入口へと向かう。

 分かっている。勿論、これが扉のロック解除でないことぐらい当然のように分かっている。

 でも、神様、どうかご慈悲を……。

 

「あ、開いてる」

「ウソっ!?」

「ホントです! 康太さん、扉が開いてます!」

「凄い! 奇跡だ! 奇跡が起きたんだ!」


 かくしてふたりはセックスをしなくては出れない部屋からお互いに童貞と処女のまま生還を果たした。

 果たしてふたりが結ばれる日が来るのか?

 次回をお楽しみに!

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