ある異世界へ往く者達の贈り物

ヘリヨン

どこかの物語へ続くプロローグ

 染み一つ無い真っ白な空間。そこに目も眩む程の強い光が生まれ、中から何人もの人の姿が見え始めた。


「な、なんだ!? ここは、どこなんだっ!?」


 光が収まり辺りを見て制服を着た一人の男性がそう叫ぶ。周りには同じ制服を着た男女の生徒らがざっと40人程が同様に困惑や不安の様子を見せていた。


「お、俺達、さっきまで教室にいたよな...?」


「俺に聞くなよっ、俺にも分かんねぇ...」


「携帯も圏外だ...どこだよここ......」


 それぞれに空間の中を見て周ったり、持っていた携帯機器でどこかに連絡を試みようとする学生はちらほらと見られた。しかし空間の中には何も無く、また電波が届いていないせいか通話は繋がらない。


「くそっ! 傷一つ付きやしねぇ」


 一部の制服を着崩した粗野な生徒達が壁や床を叩いたりするも固い感触がするだけで傷一つ付かなかった。その様子に当初は怯えや小さな悲鳴を上げた生徒も居たが、どこにも出口が無い事に次第に恐怖が混じり始める。


「せ、先生っ! ここどこなんですかっ!?」


「私達っ、帰れますよね!? 帰りたいよぉ...」


 彼らの担任だろうか、生徒に先生と呼ばれたまだ若い女性教師は涙混じりにそう尋ねてくる女子生徒達を必死に落ち着かせようと宥める。


「だ、大丈夫ですっ、私がっ、なんとかしてみますっ! ですから落ち着いてぇ!」


 しかし彼らと同じかそれ以上に自身もこの事態に動揺し、今すぐにも泣き出してしまいそうだった。だがこの場でそのような姿を見せては生徒達に顔向け出来ないと教師の立場でなんとか表面上は落ち着いているように見せていた。


 彼らは皆、つい先程まで彼らの通う学校の教室でHRをしていたのだ。


 それが突然教室全体が光に包まれ、気付けばここにいた。一瞬の出来事だ。テロリストや犯罪者が現れて集団誘拐された訳でもなく、いきなり。


「大丈夫っ、大丈夫です! 必ず帰れますからっ!」


 女性教師の説得で生徒達は何とか落ち着きを取り戻すことが出来た。それぞれに親しい友人や仲良くしている知り合い達と集まっていったが、その顔にはまだ不安が残っている。


 その他にも少数で集まったり一人でいる者もいた。彼らも先程の生徒達と同様にこの謎の空間について調べたりしていたが目新しい情報は得られずにいた。


「ここは一体どこなんだ? ドアも窓も無いし、隙間すら見当たらないぞ」


「じゃあどうやってここに来たんだ? こんな密閉空間に...」


 その中の一集団。三人の男子生徒が集まった所では皆顔を顰めて教室で起きた出来事を思い出していた。すると眼鏡を掛けた生徒が手を叩き、何かを思い出したようだ。


「そういえばあの時、教室の床に魔法陣っぽいものが浮かんでた。それが光ったらいつのまにここへ...」


「じゃあ俺達はそれが原因でここに来たってのか? まるでアニメか漫画だぜ...」


 三人が好む漫画の一つにあった展開と今のこの状況を重ねて前髪で目元を隠している男子生徒がそう呟く。創作物にしかあり得ない展開の筈がまさか現実で起こるとは考えてもおらず、未だ別の可能性を信じていた。


 他にも何か手がかりとなるものは無いかと彼らなりに調べようとした時だ。突如、彼らのいる空間中にある声が聞こえ始めた。拡声器で大きくした子供の声とも若い女性や青年にも聞こえる声が山彦のよう反射し、二重にも三重にも響く。


『これから召喚される運命にある少年少女らよ。ようこそ!』


「な、なんだぁ!?」


 突然の声に驚き、彼らは空間の中をそれぞれ見回すも誰かが言った様子は無い。そんな彼らを知ってか知らないのか先程の声は話しを続ける。


『君達にはこれからとある世界に転移することとなった。所謂、異世界転移というものだ』


「ふ、ふざけんなっ! どういうことだよっ!」


「落ち着けっ、まだ話の途中かもしれねぇっ! 最後まで聞いてみるぞ」


 その内容に彼らは驚愕した。そして憤慨し何処にいるかも分からない声の主に声を荒げる者やそれを宥める者、理解が追いつけず呆けた様子だったり今にも涙が零れそうになる者が多くいた。


「マジかよ...」


「本当にそうだったのかよ...はは」


「俺達はそういうのは無関係だったと思ってたのによ...最悪だっ」


 中には展開を予想していた者もいたが実際にそう言われてとてもじゃないが喜べる雰囲気ではない空気を発していた者もいた。


『着いた先でも教えられるだろうが、君達には魔王を倒してもらう』


「はあ!?」


 続く声にそう言われ、驚愕とも理解が追いつかないがために出た声が出る。それもそうだろう。彼らは少なくともここに来るまでは平和な世界で暮らしていた生徒だったのだ。そんな彼らにいきなり魔王を倒せと言っても困惑する者の方が多いに決まっている。


 それに喧嘩が強い者もいるがここにいる全員がそうである訳ではない。運動すら苦手な者もいるのにそれを為すのは不可能に近かった。


「俺達がどうやって倒すんだよっ!」


 一人の生徒がそう叫ぶ。それに呼応するかのように他の生徒達もそれぞれに自分の主張や願いを叫び、中にはここから帰りたいと涙混じりに訴える生徒もいた。


『確かにそうだ。今の君達では異世界に行ったとしても到底魔王に勝つことは難しいだろう。だから、私が君達にその手段を贈ろうではないか』


「なんだと...?」


 そんな彼らの声を一蹴し、声の主はそう言った。大金を街で見かけた浮浪者にポンとあげるような軽さで言われた内容に生徒達は誰一人として理解できた者は居なかった。


『これから君達にはある物を贈ろう。一人につき一つだけだが君達の望む力が得られるだろう。それをどう生かすのかは君達次第だ』


 だが続く説明にようやく理解したのか困惑した様子は変わらないが、それぞれに小さく手を握り締めたり口端を上げてたりして意外とその事に喜んでいるようだった。


「じゃ、じゃあ! 俺が勇者になれたりするのかっ!?」


『望む力がなんなのかは自分で決めることだ。戦う力、容姿、金権力...それらを得ることも容易かろう』


「ほんとかっ!」


「な、ならアレとかもできるかなっ!?」


「早く頂戴よっ!」


 甘い言葉に誘われて口々に自分達の欲しい願いを言っていく生徒達。中には冷静に聞いていた者もいたが殆どの生徒らが現実の状況を見ずにいた。


「お、おいっ、もっと慎重に...」


『では受け取ると良い』


「来た来た来たきたきたあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


「よっしゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


「いぇぇぇぇぇええええええい!!」


 冷静でいた生徒の制止の声が届く前にその声が響き、続く生徒達の歓声によってそれは届くことは無かった。


 そして間もなく天井からそれぞれの頭上に掌程の光る玉が落ちてきた。


『それを手に取り自身の望む力を頭の中で思い浮かべるといい。それで願いは叶う』


 声の説明を聞き、それぞれにその玉を手に取りまるで神頼みするかのような様子で頭の中に欲しい能力を思い浮かべ始めた。その真剣な様子にそこだけを見れば敬虔な信徒にも見える。


 しかし、その玉を受け取らず静観する者も中にはいた。


「みんな躊躇が無さ過ぎる...さっきの説明が嘘の可能性だってあるんだぞ」


「もう少しだけ、考えさせてくれ...決まらねぇ」


 欲しい力がまだ決まっていない者や他の生徒の異常な姿を見て躊躇をした者など理由は様々だが、落ちてきたその玉を受け取らずに自分のすぐ目の前の床に落とした。


「み、みんなっ、それは危ないものじゃあ...」


 受け取らなかった内の一人である女性教師は声が小さいながらも受け取った学生達にそれを手放すよう言っているが、そんな教師の声は届かず生徒の一人が高らかに声を上げた。


「おおおおぉぉぉ!? こいつはすげぇぇぇぇぇ!!」


 その生徒の方を見ると、頭上に高く掲げられた手に煌びやかな装飾が施された一本の長剣が握られている。人のいない所へ剣を軽く振るうと風切り音を鳴らしながら衝撃波に似た何かを飛ばして見せた。


「なんだこれっ!? すげぇぇぇ!! こいつがあれば魔王なんざ楽勝だぜっ!」


「き、輝山くん? あ、あなたは何を願ったのですか...?」


 自分の望んだ力を手に入れ、気分が昂ぶっている様子の輝山と呼ばれた男子生徒は恐る恐るといった様子で聞いてくる教師に顔を向けた。


「ああ、先生。俺はな、『誰よりも強い力をくれ』って願ったんだよ。そしたらいつのまにかこの剣があったんだよっ!」


 自慢げに自身が手に入れた力の象徴である剣を振るう輝山。剣など今まで触ったことなど無い筈なのにまるで熟練の剣士を思わせる立ち振る舞いに教師や他の生徒達は驚愕した。


 この場にはいないが剣道やそれに関するプロが見れば、彼は剣の才能を持っているのだと疑わない程だった。素人目に見てもそれ程に技が洗練されていて、声の主が言っていたように見た事はないが魔王すら倒せるかもしれないと思わせたくらいだ。


「すごい、すごいわっ、まるで別人みたい!」


 ある女子生徒は自身の身体的なコンプレックスを克服し、誰もが目を引く美貌を手に入れ、


「ははっ! 身体が軽いぜっ!」


 ある男子生徒は風のように空間の中を縦横無尽に駆け回る足の速さを手に入れ、


「ひゃああぁぁぁぁぁ!? ひ、火が出たぁぁぁぁぁ!!」


 別の男子生徒は驚きながらも掌から自身の頭部にも匹敵する大きさの炎を生み出して見せた。


 彼に続いて光の玉を受け取った生徒達が次々と願った力を発現させていく。その数はこの場にいる生徒の半数を超え、残っているのは受け取っていない教師を含めた数人の生徒くらいだった。


 他にも瞬間的に移動する力や自身の身長にも匹敵する大きな盾を手に入れた者、一瞬にして動物に変身してみせる者などが現れ、彼らが受け取った力は本物だということが証明された。


「ま、まじかよ...」


 先程、光る玉の力を嘘だと思っていた生徒は驚きながらもその力が本当だと知り、自身はどんな力にしようかと考え始めた。


「羨ましいなぁ...俺もさっさと決めようっ」


 まだ決まっていない生徒は他の生徒の力を見て他とは違う自分だけの力を手に入れようと思考を巡らせる。


「ああ...ど、どうすれば......」


 生徒が好き勝手に行動する様子に教師は慌てふためき、その場をオロオロとしていた。教師になってから日が浅い彼女にはこのような時にどのような指示を出せばいいのか分からず、また頼れる他の大人も居ないので相談も出来なかった。


 最も熟年教師であろうとこのような状況に遭遇すれば、彼女と同じ状態となっただろう。


 生徒は手に入れた力を自由に使い、輝山と同じように力を試したり他の生徒にそれを自慢や相手の力を羨ましがったりと交流を初めた。


 中には力を手に入れた影響か、他の生徒達よりも自身は強いなどと言っては喧嘩を売るなど攻撃的な状態となる者も少なくなかった。


「なんだそれっ!? そんな剣で俺に喧嘩売るつもりかぁ?」


「うっせぇっ! てめぇこそ見た目だけな剣を貰って満足かよ!?」


「見た目だけだと思うなら今からやろうか? どうせ、お前が負けるだろうけどな!」


 輝山ともう一人同じような剣を貰った生徒、月永という男子もそうだった。輝山の挑発に乗ってしまったのが原因だが、自分と似た願いをして得た力の輝山にどこか苛立ちに近い感情を感じていた。


 その他にも色々と理由はあったが2人の間の空気が熱くなっていき、今にも爆発して戦い出しそうな雰囲気が漂い始めていた。それを察して2人の周囲にいた生徒達はいそいそと離れていく。


「都合よくここも空いたしよ...さっさとやっちまおうぜぇぇぇ!!」


「てめぇよりも俺の方がつぇんだよっ!」


「だったら証明してみせなっ! 自分の方が上だってなぁっ!」


 ぽっかりと空いた白い空間の中央、2人が向かい合う。互いに罵倒しながら先に動いたのは月永の方だった。


「おらぁっ!」


 力任せに剣を振り下ろし、輝山の体を切り裂かんとするが余裕のある顔でそれを防がれる。剣の重量だけでなく腕全体を使った一撃を防がれたことに驚くが相手の攻撃に備える為にすぐさま剣を引く。


「どうしたどうしたっ! その程度かぁ? お前の力ってのはよぉ!」


 先手を取られた輝山だったが相手の攻撃を防ぎ、今度は自分の番だといわんばかりに剣を横薙ぎに振るう。しかし、あと一歩の所でそれを避けられたがそんなのは気にしないと片手で連撃を繰り出していく。


「くぅう!?」


 隙の無い連撃に反撃はおろか防御に徹しなければ負けかねない状況に月永の気分は最悪だった。自分の方が強いのだと、自分こそが最強であると信じて疑わない月永は必死に打開策を探すも簡単には浮かばない。


「なっ!?」


「隙ありぃぃぃ!!」


「ぐはぁっ!?」


 そのせいだろうか。握る力を一瞬緩めてしまい、輝山の下段からの一撃で剣を弾き飛ばされてしまう。そしてがら空きとなった腹部に蹴りがまともに入り、体が後ろに蹴り飛ばされてしまった。


 白い床に二度、三度バウンドし顔面から叩きつけられた。力を貰った影響でただの蹴りですら人を簡単に殺しえる程の威力となっていたが幸い、怪我などをしている様子は無かった。


「く、くそっ! 卑怯だぞっ!」


 ただ痛み自体は結構あり、腹部を押さえながら激痛に顔を歪めていた。その目は憎憎しげにそれを行った輝山に向いている。


「それがどうしたぁ? 無様に這い蹲って言うセリフがそれか? 笑わせるぜ」


 2人が得た力はどちらも同じに等しい。それが何故、こんな一方的な戦いになったのか。普通に考えるならばもう少し互角に戦っていてもおかしくないと思われるだろうが2人には明確な差があった。


「第一、そんな背ででけぇ剣を扱おうなんざ無理なこった。もっと別の小さな包丁とかにすりゃマシだったかもなっ! ははっ!」


 輝山の言う通り2人は体格的に結構な差があった。同年代、同じクラスにいた2人だったが輝山はその中でもトップを争うほど高身長であり、大して月永はその年齢の男子の平均かそれ以下の身長だった。


 それに輝山は運動は抜群で普段から体を動かしているスポーツ少年であった。だが月永は運動はそこまでやっておらずどちらかというと図書館などに通う文学少年という見た目をしていた。


 始まる前から2人の勝負は決まったようなものだった。


 いくら力を得ようが元々の体格差に自身の身に合わない武器を見につけ、普段体を動かしていないのにいきなり武器を持っての戦闘など。どう考えても勝つことの方が難しい悪条件ばかり重なっていた。


「勇気は認めてやるよ。だがな? 夢を見るならもっと現実的なものにするんだなっ」


 それに相手も悪かった。普段から体を動かしており、剣程度の重量なら片手で扱うことができ、その上で自分に合った力を得ているのだから悪条件が無かったとしても勝つのは難しいだろう。


「ぐうぅぅぅ!! くそっ! なんでだ、なんでだっ!」


 しかし、それを理解してるが故に月永は認められなかった。


 我侭を言う子供のように握りこぶしを床に叩きつけ、答えを教えられた問いの答えを自問する。戦いに負けたという事実を受け入れられず、何度も何度もそれを繰り返す。


「(どうすればあいつに勝てる?どうすればどうすればどうすれば...)」


 思考を必死に巡らし、勝つ道筋を組み立てる月永。四つん這いとなり頭を抱える様子に輝山は「負け犬だなっ」と罵ったがそんな言葉すら聞こえないぐらいに頭の中を思考させていた。


 そうして思考する中、ふと横に向けた視界の端にある物が映った。


「っ! これだっ!」


「あ? まだやんのか...っ!?」


 それを確認した後は一瞬だった。すぐ傍で刺さっている自分の剣も拾わず、向かう先にいる生徒を乱暴に押しのけてそれを奪い取った。


「きゃあぁあ! なっ、月永くん!?」


 悲鳴を上げたのは彼らの担任である女性教師だった。彼女が持っていた光る玉を奪い取ると月永はすぐさま願い始めた。同時に自身の剣を手に触れていない状態で遠隔でそれを回収してみせる。


「俺にもっと力をおおおおお!!」


 その叫びの通り、月永は頭の中でそう願った。すると回収したばかりの右手の剣とは別に輝山が持っている剣と対象的な禍々しい見た目をした長剣が左手に現れた。


「(ニィ)」


「マジかよっ! 二つ目とかありなのかよっ!」


 口端を上げて笑顔をしてみせる月永。傍から見れば不気味とも感じる顔に言い表しえない威圧感を輝山は感じ取り、剣を構えた。さっきの戦闘ではかかなかった汗が額に落ち、生唾を飲む。


 そして予期せぬ再戦が唐突に始まった。


「死ねぇぇぇえぇぇぇぇぇぇぇ!!」


「うおぉぉっ!? なんだっ、この力っ!?」


 数歩程空いていた距離をたったの二歩で詰めより、力を得た影響で強くなった腕力を使って左の剣を豪快に振り下ろす。金属同士が当たる音を響かせ、同時に輝山の腕に尋常じゃない衝撃を伝わらせた。


「はっはぁっ!! おらあぁぁっ!」


 防がれた左の剣を押し付けつつ、残る右の剣も一緒に叩きつける月永。流石に片手では防ぎきれないと判断した輝山は受ける剣の背に左手を当てて何とか受けきることに成功した。


「はな、れろっ!!」


 さっきまでとはまるで違う月永にこのまま受け続けてはいけないと直感し、受けている剣を押し返す。それでも結構な重さだったがなんとか押し返し、距離を離す。


「そノ程度かよっ! はぁっ!」


 だが、すぐさま態勢を取り戻して再度攻撃を仕掛ける月永に上手く反撃に移れない。剣で防ぎ避けれるものは避け、隙を窺うが一撃が重く思うように体が動けない。


 その打ち合いが十数合続き、その隙は訪れた。


「っ!?」


「ここだあぁっ!」


 二本の剣の攻撃を同時に弾き飛ばし、一瞬できた隙を生かさんと容赦の無い一撃を振るった。軌道は月永の体に必中する。秒間も無く再び勝利を掴む、そう思われた。


 しかし次の瞬間、輝山の体に衝撃が襲う。


「ざぁんねんっ!」


「ぐおぉぉっ!?」


 弾き飛ばされた剣は不規則な軌道を描き、今にも切りかからんとする輝山の両腕に杭を打ち込むように貫いた。突然の出来事に攻撃が中断され、激痛が襲いかかる輝山。それを引くつく口端を上げた笑顔で見る月永。


「ははっ騙されやがって! やっぱり俺の方が強ぇじゃねえか!」


「く、くそっ! 痛ぇ...」


 刺した二本の剣をグリグリと揺らしてから勢いよく抜く月永。抜いた途端、傷口から多量に出血が始まり、輝山は剣を持つどころか今すぐにも手当てをしなければ失血死しかねない状態となっていた。


「何をやってるんですかっ、月永くんっ! 大丈夫ですかっ!? 輝山くんっ」


 光る玉を奪われた教師がようやくその状態の輝山を見て二人の所まで駆けつける。出血が続く腕に汚れることなど構わずに自身のハンカチや手を使って抑えようとするも収まる気配はない。


「だ、誰かっ! 包帯とかタオルは持ってませんかっ!? 誰かっ!!」


 その様子に他の生徒の助けを貰おうと声を上げるも返事は無い。自分達の鞄があればそういった物を出せていたのかもしれなかったが生憎、その鞄を持っている者は誰もいない。


「誰かっ!? ど、どうしたんですかっ! 月永くんっ!?」


 周りを見渡して持っていそうな生徒を探していた教師だったが、すぐ近くで今度は外傷など負っていない筈の月永が突然、胸の辺りを抑えて苦しみ出した。


「く、苦じいィぃ...息がっ」


 呼吸を乱し、立っていられなくなったのかその場に崩れ落ち、四つん這いに近い状態で必死に空気を求める月永。急な事に頭の処理が追いつかなくなる感覚に襲われながら教師は思わず閃いた方法で輝山の止血を急ぐ。


「ぐっ!? す、済まねぇ清水先生...」


「...輝山くんと月永くんは後でお話があります。ですから大人しくしていてくださいね」


 制服の下に来ていたシャツの腕部分を破り、腕の出血部分を強く締め付けるように巻き止血する教師。薄らぐ意識の中、応急処置をしてくれた自身の担任に小さな声だが感謝の言葉を伝える輝山だったがすぐに意識を失った。


 自身の上着を枕代わりにさせて後ろに振り返った教師はその異常な場面に目にする。


「ぐうぅぅあああアアアアァァァァァァァ!?!!??」


「だ、大丈夫です...ひゃあああ!?」


 苦しみの余り悲鳴を上げる月永。教師が止血している間ずっと痛みを紛らわす為に体を動かし続け、うつ伏せから仰向けになる。痛みの発生場所である胸を何度も叩いたり抑えるもその痛みは一向に治まる気配は無く寧ろ増していくばかりだった。


 そして教師が振り向いた瞬間、月永の体が膨らみ始めていた。体の中から何かが飛び出そうとするかのように月永の胸の辺りを頂点に不自然な突起がいくつもあった。


「な、なんなんですかこれ!?」


 教師がそう言うようにこの場に誰もがそれを知らなかった。明らかに異常だと思う状態の月永に迂闊に手を出すわけには行かず、教師達は事が進むまで何も動くことが出来なかった。


 そして、月永の体に生じたそれが限界まで押し広げられた時、月永の最期とも言える絶叫と共に現れた。


「ぎゃああああああアアアアアアアアアアアアあ!!??!?!?」


 この場にいる全員が耳を塞ぐ程の絶叫を出し、水風船が割れる音と共に月永の体からそれが飛び出る。大量の血と肉の雨を降らし、中から現れたのは皮膚の無い人に似た太い腕だった。


「な、な、な...!?」


「きゃあああああ!!」


「なんだあれはっ!?」


 教師や生徒はそれぞれに動揺や悲鳴を上げ、中には大量の血を見て失神しかける者もいた。それでもどうにかしなければと教師は体の中から腕を飛び出させている月永のすぐ近くまで向かう。


「大丈ぶっ!? むぐっ!!?」


 だがその判断は誤りだった。


 飛び出した腕は近づいてきた教師の頭を鷲掴みにすると、その体を尋常な力で持って持ち上げていく。それに合わせて月永の体からまだ出ていない体を次々に出していく。


「んんんっ!! んんううう!!」


 血の濃い臭いに吐きたくなるのを抑え、必死に掴んでいる腕を叩くが光る玉の力も得ておらず、元々の身体能力も大人の女性のそれでしか持っていない教師には離させることなど出来なかった。


 掴まれている頭からミシミシと嫌な音が耳の奥に響く。教師は必死に腕を叩くがその音は止まらない。


”ブシャアアアア!”


「......え?」


 周りの生徒から見ればそれは唐突だった。


「せ、んせい...?」


「まさか、し、し...」


「う、嘘よね...? ドラマか何かの撮影だよね、これっ!?」


 月永の体から全身を出し終えた肉の人型はつい先程、握りつぶしたそれを離して床に捨てた。元々赤い体を返り血などで赤くし、目などのパーツが無い顔を周囲にいる生徒達に向ける。


 それを失った教師の体は指一つ動かすことなく、そこから血を流し続けた。


「う、うわああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!??」


「いやぁっ!! いやあああああああああっ!!!」


 状況を理解した生徒が上げた悲鳴を起点にこの場にいる全員がその人型から離れんとその場から逃げ出した。他の生徒を押しのけ我先にと逃げる生徒達だったが、壁際に来たところで気付く。


「で、出口はっ!? どこだよっ!!」


「出してっ! 私達をここから出してよぉぉ!!」


「ひいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!?」


 生徒達が必死な形相で出口を探すも扉の隙間も影も見当たらない。爪を引っ掛けるような隙間一つも無い白い空間に今更ながら自分達がここに連れてこられた理由を思い出した。


「そ、そうだ! あいつはっ、あいつはどこだよっ!!?」


「きっと今の状況を見てるに違いねぇっ! おいっ見てるなら出てきやがれっ!!」


「私はまだ死にたくないっ! だから出てきてよぉっ!!」


 気付いた生徒の声に思い出し、電波するようにその声が上がっていく。彼らに光る玉を贈り、ここへ来た理由を説明した存在。姿は見ていないが確実にこの状況を見ているだろうあの声の主に。


 そして、その声は幸運にもすぐ聞こえ始めた。


『あらあら、欲深い者が居たのか。既に二つ...いや、もう三つも喰らったか』


「三つ目...? まさかっ!?」


 男女ともつかないあの声がどこからともなく聞こえ、それを聞いた生徒が不意に先程まで自分達が居た場所に顔を動かした。


「き、輝山、くん...?」


「あいつっ、人を、く喰ってやがるっ!?」


 そこには、あの肉色の人型が怪我をして失神した輝山を頭から貪り喰らっている光景があった。


 目や口が無かった顔に大きく窪んだ穴が開き、そこから歯も無しに人の固い頭蓋を咀嚼している。その度に血や何かが撒き散らされ、残る体も喰わんとばかりにその体を奥へ奥へと押し込んでいく。


『そうならないよう一人一つずつ贈った筈なんだが...人という生き物はなんとも業が深い』


 声越しにだが呆れた様子が伝わってくる。そんな相手の様子を知ってか知らないのか生徒の一人が声を荒げながら尋ねる。


「おいっ!! あれはなんだよ!? なんであんな化け物が人から出てくんだよっ!!」


 その声に気を取り戻した生徒達が次々に声の主に疑問を投げていく。


「ねえっ、早くここから出してよっ!! 元の世界に返してよっ!!」


「早くあの化け物をどうにかしてくれっ! 死にたくないっ!」


「どうにかしてよっ! あなたなら何でも出来るのでしょっ!?」


 それらの声に声の主はとても、とても長い溜息を吐いた。呆れ、失望、興味の喪失。何とでも例えれる程の長い溜息の後、その声が発された。


『君達さぁ、いくらなんでも図々しくない? その態度。確かに私は君達に与えた力のように多くの事が出来る。しかしだな、だからといって君達の仕出かした事の後始末をやるなんて面倒を誰がやりたがる?』


「んなぁっ!?」


 生徒達の言葉を一蹴し、生徒からすれば自己勝手なその言いように憤慨する生徒は多くいた。しかし、続く言葉でその怒りは更に注がれる。


『自業自得とはいえ丁度いい機会じゃないか。君達のその力でその化け物を倒してみせろ。腕試しには丁度いい相手だ。これから向かう世界で生きていくにはそれくらいはして見せないとな?』


「ふ、ふざけんなぁああっ!!」


「あんな化け物をどうやって倒せばいいのよっ!!」


「もうどこでもいいから早くここから出してくれっ!!」


 面白い物を思いついたみたいな口調でそう言った声の主に生徒達の反応は様々だった。先程の言葉から怒っていた者は理不尽な状況に更に憤慨する者や泣き出す者。絶望し立ち尽くす者もいればまだ何とかなると希望を持ち続けて交渉を試みる者など。


 だが、そんな生徒達全員に等しくその時は訪れる。


『ほら、あいつもやる気になってるしどうにかしないと死んじゃうよ?』


「は?」


 声の主の言葉でそいつはようやくその場を立ち上がる。咀嚼に使った穴からは赤い血を滴らせ、食べた影響なのか生徒2人分程の高さにある天井に迫る体躯を周囲に見せ付ける。


 太い腕と足には指が三本しかなく、物を掴む能力に特化した形状をしている。その指には人を容易く切り裂ける爪が生え、カチカチと鳴らしていた。


 そして、目も鼻も口も無くただぽっかりと窪んでいる穴しかない頭は狙いを定めたかのようにとある誰かに向いていた。


「ひぃいい!!?」


「グォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!!」


 それに気付いた生徒は咄嗟に顔を隠したが、人型から獣が出す雄叫びにも似た声を放った。空気が振動し、体の水や肉が揺れるような感覚に生徒達は耳を塞ぎながら感じた。


『さあ、戦闘始めっ』


 声の主のふざけた声を合図に人型が走り出す。狙うは先程、顔を隠した男子生徒。その体躯に見合わない速度で床を鳴らしながらその命を奪わんと腕を伸ばす。


「ちくしょっ!! やるしかねぇ!!」


 いち早く復帰した生徒が自身の剣を掲げてその化け物に突撃した。この化け物を倒さなければ生き残ることも逃げることも出来ないと判断し、自身の得物を大振りに振るった。


 が、その攻撃は化け物には当たらず空を切るだけだった。


「なっ!? 逃げろぉぉぉぉぉぉぉ!!!」


 生徒の攻撃を巧みにかわし、今だ怯えた様子でいる男子生徒へ腕を伸ばす。掴まれる瞬間、男子生徒は誰かの必死な叫びを不意に聞き取り目を開ける。


「え?」


 目の前に迫る鋭利な白い爪を最後に男子生徒の頭はその爪に刺し貫かれた。痛みを感じる間も無い即死だった。三本の爪に貫かれ、見るも無惨な姿を晒すその生徒の体を人型は喰らった。


「あ、ああ...」


 先程、人型に突撃した生徒はその生徒の友人だった。気付いた時には化け物が彼に向かっており、守ろうとした結果がこの様だ。


 目の前で自身の友人が喰われる姿を見て生徒...夢宮は、人型に突撃した。


「そいつから離れろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」


 剣を持つ手を強く握り、無我夢中に何の策も持たずにただ友人の仇を討たんと渾身の力を込めて人型の背中を切り裂く。自身の背を越す相手に臆せず肉を切る嫌な感触にも躊躇わず剣を振るった。


「ギギギギギイイギギギィィィィィィ!!!」


 背中の大部分を大きく切り裂かれ、およそ生物のものとは思えない奇声を発する人型。その一撃で咀嚼中だった生徒を床に落とし、それを行った相手に丸太にも見せる太い腕を薙ぎ払う。


「遅いっ!」


 だが大振りなそれが自身よりも小さな相手に当たる筈も無く簡単に避けられてしまい空振りに終わる。


 人型の反撃をかわした夢宮は追撃とばかりに切っ先を前にする。


「くらえっ!!」


 ダメージを負った人型の脇腹に向かってその切っ先を突き刺す夢宮。見た目に反して冷凍された固い肉のような感触があったが、夢宮の剣はその抵抗など意味を成さないとばかりに半ばまで突き刺した。


「ギギギギギギギアアアアアアアアアアアアァァァァァァ!!!」


 血は出なかったが明らかに苦しんでいる様子の人型。それを見てか夢宮は突き刺した剣を折れるのを構わずに捻り込む。すると人型は堪らず体を捻って強引にそれを抜こうと暴れ始めた。


「ぐっ!? くそおっ!!」


 流石に危ないと判断したか、夢宮は剣はそのままに人型から離れる。その間にも苦しんでいる人型はどうにか剣を抜こうとしているが思うように抜けず、近くの生徒の死体を損壊させながら暴れ続けた。


「や、やるじゃないか...」


「さ、流石秀才の夢宮...」


 一連の出来事を見て夢宮の近くにいる生徒達がそう呟く。このまま行けばあの化け物は倒せる。圧倒的な雰囲気に気圧されていた生徒達だったが徐々に希望を持ち始めていた。


 だが、その時。


「っ!! アアアアアアアアアアアアアア!!!!!」


 突然、人型が雄叫びを上げると手の先から白く濁った水の塊を生成し始めた。もう片方の手からは人一人程の火の玉を生み出し、それらを床に叩き付けたのだ。


「っ!? なにをっ!?」


「うわっ!」


「きゃあああああっ!!」


 途端に白い煙が空間の中を一瞬で充満させた。視界を一瞬で奪われ、すぐ隣にいる筈の誰かの顔すら分からない程の煙が生徒達を襲う。


「げほっ、げほっ!!」


「見えねぇっ! どこだっ!?」


「きゃあっ!? 触るなっ!!」


 無害なのか分からない煙に咳を漏らし、持っているハンカチで口元を防いだり、人型を見失って恐怖故に後ろに逃げる者や近くにいる生徒に誤って触ってしまうなどパニックを起こし始める。


「落ち着けっ! 慌てずに横にいるやつと手を繋げっ!」


 そんな中でも冷静さを失わず、この場における正解だと思う行動を指示する生徒もいた。それを聞いた生徒は迷わず横にいる生徒と手を繋いでいく。


 だが、その間にも人型は行動を起こしていく。


「ぎゃああああああああ!!!」


「どうしたっ!?」


 生徒の悲鳴が煙のどこからか響く。恐らく人型に襲われたのだろうと思うが、この状況は非常にまずかった。


「どこよっ!! どこからくるのよぉぉぉぉ!!!」


「来ないでぇぇぇ...来ないでぇぇぇぇえ!!!」


 パニックに陥った中でのこの悲鳴。生徒達には見えない中、どこからかやってくるのかわからない恐怖。襲われたら最後、教師や輝山達のように殺されてしまうと考える者が殆どだった。


 生徒達は更なるパニックに陥っていく。


「いやああああああああ!!!」


「どこだっ、どこにいるんだよっ!!」


「落ち着けっ、落ち着いてくれっ!!」


「私達、みんな死ぬんだ...」


 叫び喚く女子生徒。持っている武器を出鱈目に振り回す男子生徒に見えないながらも必死に落ち着かせようと頑張る生徒。そして、助からないと諦めその場に座り込む女子生徒。


「ごふっ!? あああ...」


「立花? 返事をしてっ、立花っ!」


「ぎゃあああああっ!! う、腕がぁぁあぁぁああ!!」


 後ろからその爪に貫かれその生を終わらせる女子生徒にその友人の女子生徒が必死に呼びかける。他の場所では誰かだ振り回した武器で傷つき、血を流す生徒も多数見られた。


 状況は最悪と言えた。このままではこの場にいる全員が息絶える事になるだろう。


「集まれ水よっ! ウォーターボールっ!!」


 だが、一人の女子生徒のその声が聞こえた時、煙が少しずつだが晴れ始めていった。そして数分も経たずに空間に充満していた煙はすっかり晴れて端か端まで見通せるようになる。


「助かったっ!」


「いいえっ! 礼を言うなら後にしてっ!!」


 それを為した女子生徒は手に漫画やアニメで見るような魔法の杖を持っており、杖についた水色の玉の先に白く濁った液体の玉を浮かばせている。


「っ! 化け物はあそこよっ!!」


 女子生徒...水雲が空間の中で今にも一人の生徒を食わんとする人型に向かって杖の先にある液体の玉を発射した。弾丸の如く速さでそれは見事人型の体に命中し、その体を大きく揺らした。


「追撃は任せろっ!!」


 そう言って夢宮は人型に向かって三度突撃を開始した。人型に襲われかけた生徒は急いでその場から離れ、人型が態勢を立て直す前に夢宮の容赦の無い一撃が襲う。


「おおおぉぉぉぉぉぉぉ!!!」


 いつの間にか戻ってきた剣を雄叫び混じりに振り下ろし、人型の頭部に当たる場所を深く切りつけることに成功した。今度はドス黒い血を吐き出し、呻きにも似た音を発する人型。


「まだまだぁっ! おらぁっ!!」


 続けて体に何度も切りつける。豪快に力の加減など一切掛けられていない攻撃が連続して人型を襲った。二度、三度と続く攻撃に人型はその図体から避けられずその体を傷つけられていく。


「下がってっ! 大技いくわよっ!!」


「分かったぁっ!!」


 夢宮の後ろから届いたその声にすぐさま人から離れると、奥には燃え盛る火球を周囲にいくつも作り出した水雲が杖の先を人型に向けていた。


「ファイヤーボール!!!」


 その声と同時に火球はさっきの水球よりも速く人型に向かっていった。頭部から血を滴らせ、動きが鈍くなり始めていた人型は避けようと体を動かすも火球は全弾命中した。


「ギギギギギギギギギギイイイイイイイイイイイイイイイイ!!!!」


 着弾し燃え盛る炎に包まれる人型。比較的近くにいる生徒達を中心に肉が焼ける臭いを放ち、最初こそはもがいて消そうとしていた人型だったが徐々にその動きを鈍らせていき今は全く動かなくなった。


「やった、のか...?」


 生徒の誰かがそう呟く。まだ炎は消えていないが全く動かなくなった人型にまだ生きていると思う者は少なかった。生きていると思う者もこのまま焼けばいずれ死ぬだろうと考えていた。


「勝ち、でいいよな...?」


「これのどこが勝ったっていうのよ...」


 終わりが見えたことで喜びを見せ始めた雰囲気の中に水雲が水を差すように口を挟み、辺りを見回すよう言外に伝えた。


「教師含め7人が死亡。他にも怪我を負ってるのが10人以上...。どう考えても喜べる雰囲気じゃないでしょ?」


「うっ...そりゃそうだが...」


 彼らのいる位置からでも空間にいる生徒達の状況をよく見ることが出来た。


 制服や髪が乱れてはいるも外傷は無い生徒が多くいる中、返り血か自身の怪我なのか判別つかない者や明らかに傷を負っている生徒などの姿も少なからず見かけられた。


 そして、首から上を失った者などを含めた死体は確認できるだけで5人分。他は人型に食われたせいかその痕跡は殆ど残っていなかった。


「それにこんな惨状だもの。精神を追い詰められた子も含めたらどれだけいるか...」


「す、すまん...」


「私に言わないで」


 目の前で人が死んだ光景を目の当たりにした者は多く、友人を亡くした者も少なくない。それでなくてもクラスが一緒な彼らにとっては顔見知りの相手が死んだことに少なくないショックを受けただろう。


 そんな彼らにあの声が聞こえ始める。


『あれ? ? それはちょっと油断しすぎじゃないかなぁ』


「へ?」


 その声が聞こえた途端、一人の生徒の首に刀と思われる武器が突き立てられる。


「っ! まさかっ!!」


「あ、かはっ...ごふっ!」


 それを行ったのは刺された生徒と同じ制服を着た女子生徒だった。彼女は不気味に口端を上げ、持っている刀を深く差し込んで絶命せんとする。


「な、なにをやってるんだっ!! あいつはもう死んでるんだぞっ!!」


「なんで味方を殺すんだよ...」


 生徒が生徒を殺す。その事実に生き残った彼らは皆動揺を隠し切れなかった。とても正気では行えない事態にすぐには誰も動けなかった。


『器用だねぇ。得た能力に”擬態”とかあったのかな? まあいいや。まだ化け物は


「っ!? まだ生きてたのっ!?」


「嘘だろっ!? だってあいつはてっきりっ」


 声の説明で死んだと思われる人型を見るが、そこには燃え尽きた痕が残っている。どう言う事だと思う彼らに声は丁寧にも説明し始めた。


『多分だけど、能力を得てから一旦体を切り離したりしたんじゃないかな。そうして切り離した部分を君達の誰かに”擬態”させて今もこうして生き残ったんでしょ』


「そ、そんなことができるのかよっ!?」


「知ってたんなら最初から教えやがれよっ!!」


 女子生徒に擬態した人型が刀を抜くと別の生徒に襲い掛かる。それを夢宮が間に割り込んで押さえ込んだ。


「そんなこと言ってる暇があるなら手伝えっ!!」


 剣と刀の刃がぶつかり火花を鳴らす。男でありそこそこ筋トレをしていた彼だったが対する相手が華奢な体格の女子なのに互角以上の戦いに内心で驚いていた。


「油断するなよっ! こいつ見た目以上に強ぇぇっ!!」


「お、おう!!」


「今加勢するぞっ!!」


 夢宮の声で数人の近接武器を持った生徒が近くに向かう。が、2人の打ち合いに入り込む隙が無く逃がさないように周りを囲むくらいしか出来ない。


「くっ、相手が小さすぎて私の攻撃じゃ巻き込んじゃう」


 先程と違って相手が人と殆ど変わらない大きさで今も夢宮と打ち合っている。下手に攻撃を仕掛けようとしても避けられるだろうし、最悪巻き込んでしまうことも考えられた。


 数の上では圧倒している筈の彼らだったが、圧倒しているのは擬態している女子生徒だった。


「ぬおっ!?」


 打ち合いの最中、力押しで剣を弾かれた夢宮。その隙を狙い擬態した女子生徒は包囲している生徒の一人に一瞬で詰め寄り、その首を落とした。


「っ!? ま、待てぇっ!!」


 一瞬の出来事に驚く夢宮達だったが、包囲を抜けて次々と他の生徒を殺していく擬態女子生徒に慌てて追いかけ始めた。


「来るな来るな来るぐえっ!!?」


「きゃああああぐっ!?」


「ひい、ひいいいいぎゃああああああああ!!!」


 生徒達の悲鳴がそこら中で広がる。碌な抵抗も出来ず、命乞いの間もなくその命を刈り取られていく。逃げようとする生徒の背中を刺し、悲鳴を上げる女子生徒の首を断ち、腰を抜かした生徒に容赦の無い一断ちを浴びせる。


 女子生徒の後を追いかける夢宮達だったが、足を止めずに斬って行く擬態女子生徒に追いつけなかった。追い詰めたと思ったら交戦を極力避けられて上手く戦えなかった。


 その間にも生徒の命は一人、二人と失っていく。気付けば包囲に参加した生徒の殆どがいなくなっており、積極的に戦っている者の数は3人にも満たない。


「くそっ!! どうにかしてあいつの足を止めないと...!」


「あいつっ、まだ生きてる生徒の所を器用に移動してるから援護が難しいっ!」


 そういう二人の声も空しくまた一人、生徒の命が消える。彼らの言うとおり擬態女子生徒は生き残っている生徒の近くを移動し、水雲がそう簡単に攻撃出来ないようにして一人になった生徒を順に殺していた。


 そしてまた、腰を抜かした女子生徒目掛けて擬態女子生徒が向かっていく。


「きゃあああああああああ!!!」


 また誰かが死ぬ、そう思った瞬間だった。


「させるかっ!!」


 二人の間に円盾を持った生徒が割り込んできた。その生徒は向かってくる擬態女子生徒の攻撃を盾で上手く弾き返し、一度も止められなかった彼女の足を止めてみせる。


「っ!! 今だっ!!」


 生まれた隙を逃さず、夢宮達が擬態女子生徒の体を切り裂き、その首を飛ばした。飛ばした首の断面や傷口からは出血は見られず、人型と同じ肉が見える。


「水雲っ!!」


「分かってるわよっ!! これでも喰らいなさいっ!!」


 それで終わりとは考えず、水雲が杖で生成した一つの大きな火球を頭を失った擬態女子生徒の体に目掛けて発射した。夢宮達が彼女からすぐさま離れた瞬間、燃え盛る炎に包まれる。


「これで終わりだろっ!?」


「まだっ! 燃え尽きるまで油断しない!」


 水雲の指摘で彼らはそれが燃え尽きるまで警戒を維持する。燃え盛る炎の中、彼女の擬態した制服などが肉に戻り健康そうな肌も同様に赤みのある肉へと変貌し、黒く炭化していった。


 そして、数分後。その体は燃え尽き、灰と成り果てた。


『お疲れ~、よく頑張ったねぇ...って、うわ。結構死んでる...』


 何十分とも感じられた戦闘が終わり、一気に疲れが襲った彼らの耳に空気など一切呼んでいないような雰囲気のあの声が聞こえ始める。


「何が、よ。あなたが最初から教えてくれればこうはならなかったと思うけど?」


「よくもクラスのみんなを...許さねぇ」


『......なんか酷くない? 自業自得なのに』


 生き残った者は皆、声の主に怒りの表情を浮かべ主に戦った者だが恨み節に言葉を吐く。それを聞いた声の主は少し声を小さくして反論するが、それが聞こえた様子は無かった。


『まあいいや。それじゃ倒したことだし、早速向こうの世界に転移させるねえ』


「ま、待てっ!」


 声の主に対して、一人の生き残った生徒がそう尋ねる。


「ここで死んだ奴はどうなる? 一緒に生きたままあっちにいけるのか?」


『ん? ああ、それね』


 生き残った生徒は空間の中央で集まっていた。怪我を負っている者も見られたがその数、12人。最初、ここに来た40人の半分にも満たない数だ。


 生存者達の周りで他の生徒達の死体が死んだそのままの状態で放置されていた。全部を綺麗にすることはすぐには出来ず、誰が誰の死体なのかすら判別つかないものもあった。


『今生き残ってる奴だけだよ、転移できるのは。なに? 生き返らせたかったの?』


「で、出来るのかっ!?」


『ああ、出来るとも。だけど...なんでそんな事をしなくちゃならない?』


「...はあっ?」


 声の主の説明に一同の目が光った。しかし、その後の理由に全員意味が分からず一瞬呆けてしまう。そして理解した者から声の主に憤慨していった。


「ふざけんなっ!! 生き返らせれるならやってくれよっ!!」


「そうよっ! みんなこんな所で死んでいい筈がないっ!」


「頼むっ、みんなを生き返らせてくださいっ!」


 憤慨し、懇願する者も出始めるが声の主の意見は変わらない。


『で? それだけ? 他にないならさっさと行ってくれない?』


 興味が無いようにそう聞く声に彼らはもうどうしようも無かった。こんな見知らぬ場所で不幸にも死んでしまった彼らを生き返らせれるチャンスだというのに、それを行える者は動く気配が全く感じられなかった。


『じゃあ、向こうでも頑張ってね~』


「ちょ、まっ」


「はなしをっ」


「くそっ!!」


 声の後、生き残った彼らの体が光に包まれる。そしてその光が無くなった後には誰もいなくなっていた。


『うわぁ、結構汚い...』


 白かった空間の中、彼らのクラスに所属していた者達の返り血などで赤黒くなった空間に一つ、面倒そうな口調でその言葉が響いた。

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ある異世界へ往く者達の贈り物 ヘリヨン @konoha7477

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