ナンバー21

リュウ

第1話 ナンバー

 彼女が会社を辞めてから半年くらい経っていた。

「わたし、会社を辞めることにしたんです」

 僕は、その言葉を予感していた。

 事業縮小のためである。

 今の会社には、彼女を活かす場所がないのは、分かっていた。

 彼女は、「一度、リセットしたい」って言っていた。

 上司や同性の先輩、嫌なヤツは何処にでもいる。

 多分、疲れたんだろう。

 花束を抱いて、会社を後にする彼女を見送った。

「それじゃ、お元気で。」

 と言うと、軽い笑顔を残し彼女は帰っていった。

 僕の眼には、寂しそうな笑顔が写真のように張り付いてしまった。

 手の届かない所へ行ってしまうのか。

 もう、会えない?……。

 僕は、彼女を背中を見詰めていた。


 今日は彼女の誕生日。

 スマホのカレンダーからメッセージのアラーム。

『誕生日』と書かれていた。

「知ってるよ」とつぶやく。

 帰ろうかと時計を見ると21時だった。

 そういえば、今日は、『21』を何度も繰り返し目にしている。

 『21』のつくナンバーの車を5台見かけたし、最後の買い物のお釣りも21円だった。

 『21』をスマホで検索してみた。


 数字には、昔から不思議な力があるらしい。

 『21』は、これから先の物事が上手く進むと言う意味が含まれている。

 『21』が、目の前に現れる時、自分が望んでいることを達成できるらしい。

 それには、条件があるらしい。

 人は多かれ少なかれ自分の過去に縛られている。

 過去を切り離し、前に進むことだと。

 そして、『21』は、自分の道を進むタイミングを教えてくれていると。

<前に進むか・・・・・・>


 薄暗い会社の玄関に向かった。会社には、もう人は残っていない。

 下駄箱に靴を入れ、サンダルに履き替える。

 ドアを開けようとした時、ドア側の一番下の下駄箱の名札が目に入った。

 彼女のだった。

 頭の中に彼女の姿が浮かぶ。

 しゃがんで、下駄箱を確かめる。

 確かに彼女のだ。

 そっと、下駄箱の蓋を開けてみる。

 黒いバックストラップサンダル。

 足の甲でクロスしているのが色っぽい。

 彼女の選びそうなサンダルだ。

 彼女のサンダルを取り出して眺めた。

 彼女が履いていたサンダル。

 サンダルから覗く彼女のきれいな指を思い出す。

 見上げると、微笑んでいる彼女が見に浮かぶ。

 耳元でささやきが聞こえ、彼女の悪戯ぽい微笑みが目に浮かぶ。

 僕は、下駄箱にサンダルを戻し、会社を後にした。


 僕は、彼女の事を考えながら歩いていた。

 彼女は、僕より三つ年下の同期入社だった。

 もう、僕の一目ぼれってヤツだ。

 彼女は、あどけなさと大人が入れ混じる不思議な娘だった。

 スリムで透明な感じで、サラッとした

 僕は、入社してから、ずーっと気になっていた。

 胸が隠れる長さのストレートヘアで、額が透けて見える前髪が綺麗だった。

 彼女は、椅子の背を抱くようにまたがったり、知的に見える四角いメガネをかけてきたり、

 時折見せる行動が僕をドキッとさせられる。

 そんな僕の心を見透かされているようだ。

 彼女は、僕の心理状態を見て楽しんでいるのだろうか、アリスのように。


 そんな彼女に、もう何回も告白しようとしているが、まだ、告白できていない。

 僕は、子供のころから、こう言うのが苦手だった。

 情けない。

 僕は、告白しようとした回数を指を折って数えた。

 前回で、丁度20回目。

 今日、打明けたとしたら、21回目。

<あーっ、また『21』だ。>

 これは、天からのメッセージでは、ないだろうか?

 ラッキーナンバー。

 天使からのメッセージ。

 僕は、いつの間にか彼女の家マンションの前に立っていた。

 彼女のマンションの窓を見上げていた。

 明かりが付いていない。留守なのか?

「何してるんですか?」と声を掛けられて振り向くと彼女が立っていた。

「誕生日、おめでとう」

「覚えてくれたんですか?うれしいです」彼女の笑顔。僕はこれに弱かった。

「上がって行きます?誕生ケーキ、貰ったので」

 彼女は、右手に持った袋を軽く上げた。


 僕は、彼女の部屋に居た。

 小さいけど綺麗な部屋だった。

 キョロキョロと部屋を見渡す僕に「あまり、見ないで」と言いながら、ケーキの用意をしていた。

 小さなテーブルに紅茶とケーキが置かれた。

 ケーキには、誕生日おめでとうのプレート。

「誕生日、おめでとう」彼女は、ケーキの上のロウソクの火を消した。

「これ」と言って僕はポケットから指輪を渡した。

 彼女の瞳が、大きくなった気がした。

「・・・・・・ありがと。キレイ・・・・・・」彼女は、指輪を見つめる。

「僕が、あなたを愛してるって、

 3人に告げて、その3人がそれぞれ3人に伝えていったら、

 21日目には、地球上の人々が知ることになるんだって」

 自分でも、何を言っているのか分からない。

「何、それ?」彼女がケーキを食べながら笑った。

「僕は、あなたが愛してるって、みんなに知って欲しいんだ」

 彼女は、僕を見つめながら、ケーキを口に運んだ。


 時計は、午後9時21分21秒を指していた。

 24時間表示で、21時21分21秒だ。

 僕のエンジェルナンバー。

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ナンバー21 リュウ @ryu_labo

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