後編

   10


 対KAMO特殊戦略会議の会合――匿名の大統領補佐官から裏世界の幹部たちまで参加していると思われる――が開かれていた。


 と言っても人間が一同に会しているのでなく、秘匿回線とモニターでの会議だった。大半は音声や文字列だけでの参加者、匿名アノニマスである。


「それで、どうやって渦巻きをぶつけるというのだ?」


 想定問答的な質問。


「そう、そこです。我々はすでに完成させています」


 これも想定問答敵回答。


 ざわつく会場。何を完成させているのだ? まさかこの手元の資料にある『ネギ』のことなのか?


「お手元の資料をご覧ください。この『ネギ』ですが、すでに完成しています。完成品はさいたまスーパーコロシアムの地下に配備されています。資料のシルエットは二足歩行の巨大ロボのように思われるかもしれませんが、そのとおり、二足歩行の巨大ロボです」


 再度ざわつく会場。


「これが、『ネギ』です!」


 シルエットではない写真がプロジェクターによって大きく映し出された。

 感嘆の声と、何なんだこれは、という疑問のため息がその場に混じり合った。


 それは三等身で、黒と緑色がベースの奇妙な服とスカートを身に着けていた。緑色のかなり長い髪をツインテールにした女の子のキャラらしきもののぬいぐるみ、それが巨大化したようなものだった。


 そして、あくまで三等身だった。


 目の部分は二つの「○(マル)」、口は「Д(デー)」に見える。

 ロボは片手に巨大な長い野菜、『ネギ』としか言いようのないものを持っている。


「簡単に言うと、これがリズムとメロディと歌詞を歌ってKAMOを消滅させます」


 またしても、感嘆の声につぐ一同の疑問のうなり声。


 ある年配(と思われる)会合参加者が率直に疑問を呈した。


「なんだこれは?」


 やや若そうな参加者は、


「ご存知、ないのですか!」


「いや、知らんよ。アニメか何かか?」


「ボカ■か何かです」


「『何かです』とか言われてもな……しかし、なぜネギを振る必要が?」


「タクト(指揮棒)は音楽には欠かせません、とだけ言っておきましょう」


「ウィルスのようなものに対して、なぜロボなんだ?」


「さいたまで、超高濃度のウィルス反応が検知されているのです。つまり、そこを防衛することがなにより肝心だとしか考えられないのです。これは専門家たちの見解が99.9%以上一致しています」


「ふん、そうか……残りの0.1%未満はどういう見解なんだろうな? それで、この場にいる皆さんのうち3分の2以上が賛成するとこの(自主規制音声)ロボが出動するわけだが?」


「賛成!」「賛成!」「賛成!」「賛成!」「賛成!」「賛成!」「賛成!」「賛成!」「賛成!」「……」


「決定か! もうヤケクソってやつだな」


   11


「まったくKAMOはおそろしかったわね」

「もうぼくらはあきらめて別の人に頼まないか?」


「でも、おかげでどうもわたしはKAMOに慣れてきたわ」

「まわりに感染する心配あがあるだろ……」


 そこで、突如、パシェニャの携帯端末が鳴った。

 

 デュルリルリルリ デュルリルリルリ


「あ、ギルドからのエガシラ2:50だわ」

「どんな依頼だ?」


 ギルドへの依頼【緊急】:『ネギ』の操縦者求む

 対KAMO決戦用秘密兵器『ネギ』が完成した。ついては適切に操縦できる人員が急遽必要となった。

 大型特殊及び各種重機及びフォークリフト及びソロバン4級及びボイラー技士免許保持者、及び音楽の成績5点満点中5点のもの優遇である。

 連絡先、参考画像、及び報酬は――


「『ネギ』の画像が付いてるけどこれは……なんでよ?」

「『歌の力を最大限にひきだすにはこれしかなかった』らしいね……」


「やはり巨大ロボでしめるつもりか」

「よくわからないけど、ボイラー技士免許なんか無いからぼくらは参加できないかな」


「でもわたしは資格全部持ってるわよ?」

「そうか。ならしかたないな」


   12


 場所はさいたまの田んぼ。


 吹きすさぶ風で稲穂が揺れている。空には暗雲が立ち込めていた。まさにこれから一大決戦が行われる舞台を整えるかのように。


 なにもない虚空、もしくは上空1000メートルの高さから、白い球体が現れた。


 それは、巨大なKAMOの塊だった。


 さいたまの地にズゥゥン、と着地した。


 さながら白い光をまとった黒い巨人の影であった。高さ100メートルはあるだろうか。


 さいわいさいたまの田んぼのド真ん中だったのでけが人はいなかった。たとえば、ゴジラがフライドチキンを食べて昼寝していても誰も気にしないような、広々とした田んぼだった。


「来たわ!」

「来たな」


 黒い山のような巨人が動くたび白いオーラがゆらゆらとゆれ、赤く光る単眼が警告するかのようにギョロギョロとうごめいた。


 黒き敵のKAMO……カモルゴスといったところか。


 そして、それは、大声を上げた。


 グロォォォォーム!


 その大音声による空気の震えが、『ネギ』に乗り込んだパシェニャとアキラの体全体をビリビリさせる。金属を叩き刳り削る音のような不協和音が半径1KMに響き渡った。


「それじゃ、発進!」

「はいはい、発進」


 そう、二人は『ネギ』に乗っていた。


「まさか巨大ロボでいくことになるとは思わなかったわね。SPIDAHMA!」

「てか乗る必要あるのか? ケーブルで遠隔操作する設計のほうがいいんじゃないかな」


 アキラはどうでもいいことを言った。


 レオパルドン――じゃなかった――『ネギ』はパシェニャの操縦により高速でスピンして先制攻撃を仕掛けた!


 〈ウンドー・カイ・プロテイン・パーワー!〉


『ネギ』を中心に旋風が巻き起こった。文字通りうずまきである。


 〈タピオカ・パン!〉


『ネギ』は巨大ロボに似つかわしくない大ジャンプをして、回転の威力をそのまま載せてカモルゴスに体当りした。


 〈ヤッツ=アッツ=アパリッパリ!〉


 カモルゴスに攻撃が命中! ぶ厚いガラスをぶち割るかのような音が響いた。

 カモルゴスはうめきながら、奇妙な身振り手振りをして、光輝の嵐を巻き起こし、『ネギ』に向けて放った。

 しかし、パシェニャは『ネギ』を巧みに操り、巨大な得物、長ネギでそれをパリィした。ロボの上方へとカモルゴスの光の嵐が逸れていった。


「いけるわ!」

「いけそうだな」


 その後、カモルゴスは五発ほど強烈な光の波動を放ったが、『ネギ』はことごとくそれらをパリィしたり、真っ向からタクトで撃ち落としたりした。


 なんと、『ネギ』側はここまでノーダメージだ!


「それじゃ……最終奥義――」

「レッツ――」


〈イス・ラエルニ・トーネード・スピーーーン!!〉


『グアァァァ!』


 カモルゴスを葬り去った。巨人から白いおオーラが消え去り、黒い塊になり、やがてその色が薄れていった。


「勝った!」

「いや、なにかおかしい……」


 声が聞こえた。


『余を殺せしととと思いしかかか』『余は死死死』『死の残響音音音』『そしてさらなる死を望むもののの』


『余はゾンビカモルゴスなりなりなり』『さあ余を殺すがよいよいよい』


 霧消していくと思われた影は再び集結し、しかも前よりも巨大で、より眩しい。


「なんか変身してきたわよ!?」

「ゾンビとか言ってるけど、どうやって倒せってんだ?」


「『ゾンビはすでに死んでいるので殺せない』、ということわざもあるわね」

「少なくともことわざではないだろ」


「でも『倒せる』わよ?」

「そうだね、御名答」


「それじゃあこっちも変身ね」

「……うーん、ま、それでいいんじゃない?」


「いくわよ! 〈トランスモーファー〉!」

「マーケターからゲロッパウドンにチェンジ!」


 操縦者二人が同時に↓+P+K+Gを押すと、『ネギ』の姿が変化した。光輝に包まれ、縦に伸び、七等身の少女――ただし巨大な――になった。


「すごいな」

「そうだな」


「これを発達したネギ――『ハツネギ』と呼称するわ!」

「その発想はなかった。天才だな」


『ハツネギ』は最速大音量でゾンビカモルゴスに向かって言い放った……否、歌った。


〈ミミックミミックにしてやんよ!〉


 ネギパワーアンプによりその声は半径3.9キロメートルに響き渡った。

 ゾンビカモルゴスはあからさまにひるんだ。


〈さあ飲めお前好きだろスライムモルドジュース!〉


 ハツネギは緑色光線を発射し、ゾンビカモルゴスを焼いた。


〈メルポ 溶けてしまいそう〉


 ハツネギの溶かす音波でゾンビカモルゴスは部分的に溶けた。


「効いている……けど」

「効いていない感じのほうが強いな……」


 そこでゾンビカモルゴスが大きく息を吸い込んだ!

 実際のところ呼吸をする存在であるかはわからなかったが、とにかく次に来た攻撃は息を吸い込まなくてはできない類のものだったのだ。


 ウヲヲヲヲヲーーム!


 ゾンビカモルゴスはハツネギの全ての攻撃をその一吠えで全て弾き返した。

 ハツネギはその咆哮を正面からくらい、吹っ飛んだ。なんたること、音でふっ飛ばされるとは!

 ゴロゴロと田んぼを転がり、なんとか立ち上がった。


「痛い!」

「ぼくも頭打った! シートベルトはしてたんだがダメだったな」


 ハツネギの操縦席は振動をやわらげる機能も付いていたが、それでもそれを凌駕する揺さぶられ方だった。


『余を殺すには千の刃が要る要る要る因って余は死なぬなぬなぬ』


「一発で千回攻撃しろってことかしらね」

「まさかそんな」


『さあ殺してみるがよいよいよい』


「どうするのよ?」

「どうもこうも……」


『我最強なりなりなり』


 ゾンビカモルゴスの光が強まりだした。

 

 そして凄まじい神々しさの、パイプ・オルガンかのような前奏が始まった。


『聴くがよいよいよい』


 大音声の神の音色が響き渡る――


  ふくかぜさわやか ただようくもよ

  こころはうたえり はやしにもりに


  こころはほがらか よろこびみちて

  みかわすわれらの あかるきえがお


 ハツネギは吹き飛ばされ、すっ転んだ。あたり一面が白い光と*音楽*で満たされた。


「ぐはぁ! まぶしいわ!」

「脳にこびりつく! いつまでも聴いていたい! 歌いたい!」


「アキラ!? しっかり! 音楽には音楽で対抗するのよ!」

 

 アキラに平手打ちをくらわすパシェニャ。


「痛いな! でも、そうだった、そのためのハツネギなんだ!」


 しかし音楽は鳴り止まない。


『現れよ楽隊隊隊』


 ゾンビカモルゴスは更に光を増し、その光の中からこの世のものならざる形状の物体を大量に吐き出した。


『奏でる者達よ達よ達よ』


「なにあれ?」

「召喚魔法みたいだな」


 『奏でるものたち』はオーケストラそのものだった。


 音楽は続く……


 現代のいかなる人間にも作り得ないありえない音楽だった。


『バッバッバッ』


 ヨハン・セバスティアン・バッハが現れた。


 神の音色、聖なるもの、楽聖バッハの全ての曲が一同に会し、この世のどのような弦楽器にも作り得ない演奏はまさに祝福にして支配するものだっった。


「こ……心地いいわ……」

「音楽に音楽で対抗しようとしたのが間違いだったのでは……」


「正直クラッシックってあまり興味なかったけど、この演奏は……」

「人間の演奏の100の100乗倍はすごい……」


『良きかな良きかなかなかな』


「ってだめだわ! 倒さないと……地球が音楽に支配されてしまう!」

「そんな大げさになるとは思わなかったな……でも……感じ……」


『ふはふはふは』


「しっかりしなさいよ! なんか案あるんじゃなかったの!?」

「正直『千本桜』で勝てると思ってたけどこれは……」


「そうだ、わたしの端末にお気に入りの音楽がいっぱいあるわ!」

「まあがんばってくれ」


 パシェニャは音楽プレイヤーを起動した……


「ああ、アンプがない!」

「そ、それだ! ハツネギはそもそも超爆音の音楽を奏でるロボだった! なんで忘れてたんだ!」


 パシェニャはボイラー技士の技術を活かしてハツネギに持ってきた全ての曲をインプットした。


「ビヨンドスペースアンタイム!」

「ガンマレイ?」

「セイントアンガー! 殺せ殺せ殺せ!」

「メタリカ?」

「ミルマラー! マラー!」

「マリリンマンソン?」

「これが新しいクソだッ!」

「マリリンマンソン!?」

「ウィアケイオス! キャントビキュア!」

「マリリンマンソン!?」

「ファ○クユーコスァィラヴュー!」

「マリリンマンソン!?」

「ロックイズデッド!」

「マリリンマンソン!?」

「ファァァァ○ク!!!」

「マリリンマンソン!?」


(中略)


「全部ミキサーに入れて那由多の無量大数乗にしてハツネギで出力!」

「ドラゴンイン★トール!」


 黒よりも黒い重金属の*音楽*がハツネギのパワーアンプから発射された!


 *音楽*は半径39キロメートルに響き渡り、無量大数の無量大数乗の*音楽*の雷撃は上空を1秒で35億回転してゾンビカモルゴスに命中した!


『グアアァァァ!!』


「やったわ!!」

「手ごたえがあるッ!!」


『苦苦苦……汝らついに余を殺せしせしせし……』


 黒い敵の体はまばゆい光輝を放出しながら崩れていき、やがて無になった。


「やったわ!」

「やったな」


   エピローグ


 カモルゴスの騒動で列島は湧いていた。


 しかしそれも過去の話。ゾンビカモルゴスが倒されてからほんの一ヶ月で、巨大モンスターの記事は新聞からは消えた。


 明確な敵が一体倒れた程度では世界情勢は相変わらずで、たとえば合衆国は何かを敵と公言して、すると合衆国もなにかの敵になった。パシェニャもアキラもハツネギのことなど思い出さずに過ごしていた。


 とはいえ、久しぶりに思い出したりもした。


「けど、巨大ロボなんて出して大丈夫だったのかしら」

「どういうことさ?」


「秘密にしておくべきじゃないかしら。世界観的な意味で」


 どうでもいいことを言った。


「実物大ガンダムとかあったし大丈夫じゃないか?」


「なんかの撮影ってことにしとけばいいのかしらね」

「そうかな」


「例えばこういうのもあるわ」


 パシェニャは手持ち看板を取り出した。『ドッキリ大成功!』と書かれている。


「無理があるような……というかどっから出したんだ、それ」


「そんなのどうでもいいから金一封でラーメンでも食べに行くわよ」

「うん、そうしよう」


 二人は学校の近所のラーメン屋に行き、ネギラーメン(大)を注文し、ズルズルとすすった。


「美味いわ!」

「ネギが多めに入っているな……マトリョシカのように!」


 そのラーメン屋ではなぜかボカロ曲が流れていた。


「ん……?」

「どうした?」


「このぬいぐるみは……」

「ええっ!?」


 二人の席の隣には、黒っぽいぬいぐるみのようなものがあった。


 否、居た。


 体長30センチくらいの、戯画化されたマッチョマンのテディベアといった感じだ。


 あろうことか、ズルズルとラーメンをすすっている。動いている。食べている。


「こ、これ何?」


「おう、たんなるお客さんだよ。ウチは料金とマナーさえあればどんな客でも断らない主義なんでね」


「そう、私は単なる客さ」


 さらにあろうことか、ぬいぐるみは、そうしゃべりだした。


「この星にとっても、いい客になるつもりだ。たとえば、この姿が一番友好的に見えるらしいこともね。たしか君らはハツネギとやらの操縦者だな」


「まさかオマエは……」

「黒さに見覚えがあるけど……」


「そう、カモルゴスと呼びたければ呼びたまえ」


「『たまえ』なんて言い方ほとんど聞いたことないわ!」

「そんなとこツッコむのか?」


「私は別に消滅したわけではない。あの例の音楽に感動して、やられたフリをしていただけだ」


「またやる気?」

「どうしよう、こんなところで戦うのか?」


「いやいや、戦う気はないよ。本来いわゆる版図拡大のため――君らからすると侵略かもしれないが――来たつもりだけれど、今となっては友好的な接近遭遇をすべきだということになったのだ。いや、君らからしたらややこしいだろうが何百年も前に来ていたんだがね、例のヨハン・セバスティアン・バッハをインスパイヤしたりしていたのだよ。いやぁ、この星のラーメンと音楽は最高だ」


「それはよかったわね」

侵略者インベーダーだったのか。そういえば正体が何なのか深く考えてなかったな」


「そう、このパフュ○ムも最高だな。こんな素晴らしいリズムは我々の神の領域にもなかった」


「この曲は初音ミクが歌ってるのよ」

「まあ、いわれてみればちょっと似た感じする曲もあるけどな」


「ということで、君らとはうまく仲良くやっていきたい。どうだね?」


「わかったわ。アドレス交換しましょう」

「それでいいのか?」


「うむ、よろしく頼む」


 こうしてスモールカモルゴスが仲間になった。果たして再登場するのか?


「忘れた頃にやって来そうだとは言えるわね」

「何の話だ?」


 ネギラーメンの味は良いほうにブレの範囲内だった。


   〈了〉


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

空耳とはなんだったのかのスレはここでいいんですか!? 古歌良街 @kokarage

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ