154話 私が元気な内に…ね?
お兄ちゃん、いや啓太さんに話してしまった。私の髪型のこと。
これで私が一人で抱え込んでいるものはもう何もない。
「今日はありがとう……。本当は体育祭なんて雨でつぶれてしまえばいいって思っていた。でも、みんなのおかげで楽しかった」
あの内田くんが同じ小学校だったとか、先生と一緒に走ったとか、最後に抱かれながら泣いちゃったとか……。
「そうか。そう思えたなら結果オーライだ。言葉が適切かは分からないけど、本当にあの頃から比べても成長したし、強い女の子になったと思う」
言葉なんかどうだっていい。私を褒めてくれているって分かっているから。
「ううん。それは私だけの力じゃない。お兄ちゃんが先生になって戻ってきてくれた。私のことをいつも見ててくれた。だから……」
先生が首を横に振った。
「俺じゃない。花菜がどんどん先に行ってしまう。俺は置いて行かれないようについていっただけだ」
私、そんなに出来る子じゃないよ。前に進むことができるのも、こうして安心できる人が一緒にいてくれるから。
この人にしかお願いできないことをしたいと思った。他の人には絶対に頼めないこと……。
「あの……、お願いがあります……」
「どうした?」
「今日……、本当にね……苦しかった……。恐かったよ……。本当にできるのか……。自信も無くて……」
「そうだったのか……」
「1番で飛び込みますって、約束が守れなくなるって、それが怖くて……。あの時に啓太さんに名前叫んでもらって、もう足が折れても、歩けなくなってもいいって思って、本当に……無我夢中で……」
「花菜……」
そっと私の足首を触って温めてくれる。いくらリハビリ調整はしてきたと言っても、あの全力を超えた部分は、自分でも体が耐えられたのか。もしあと10メートル長かったら、きっと優勝どころか完走もできなかったと思う。
「約束も守れない、歩くこともできない私のこと、きっと一生見放されてしまうって……。そっちの方が恐かった……」
何も考えず、小さな子どもが親元に駆けよるのと同じように、無心で本能のまま両腕の中に飛びこんだとき、勝負とか順位なんかどうでもよくなっていた。
「それで、花菜はずっと謝っていたのか……」
「だって……、もう私が出来る事なんてないんだもの……」
「あれだけ頑張った花菜から手を離したりしない。ずっと俺の傍にいてくれ。それが花菜へのお願いだ。そこに1位の約束だとか、歩けないとかってことは関係ない。本当に今日はよく頑張ったし、花菜の気持ちをもっと知らなきゃならないと反省だよ」
「頑張った……、ご褒美おねだりをしてもいいですか?」
「いいよ。何か欲しいのか?」
「はい…………。あの……、私を……お兄ちゃんものにしてください……」
「花菜……」
真っ赤になっている私。啓太さんの瞳が覗き込んでいる。
「その言葉の意味、そのまま受け取っていいのか?」
「うん。もう中学時代からのお願いです。初めてを渡す人はずっと前から決めてた……。建前はなんとでもいえる。学生のうちは早すぎるって……。でも、私は先生の奥さんでもある……。私だってなにが正解かなんて分からないよ……」
「花菜……」
「
啓太さんだって、私を抱くことへのトラウマを持っている。
今日これを言うまで、結花先生にも茜音先生にも何度となく話を聞いてもらった。
確かに私はまだ学生。でも私たちはもう夫婦。
相談を聞いてくれた二人の先生はどちらも私の葛藤を分かってくれていた。だから他の子とは違って静止はされなかった。それを望むのであれば、なにがあっても責任をとれるかどうか、あとはお互いの気持ちだけだって。
それにお母さんも……。
あの夜、二人だけにしてもらった病室。お母さんの最期の言葉は「啓太くんと幸せにね」だったから。
だから……、最初から後悔するとは考えていない。それよりも私の中に消えない温もりが欲しかった。
「花菜……。一人で悩ませてごめんな……」
「ううん。私、本当に初めてだから、優しくしてね……」
肯いた啓太さんの右手を私のパジャマのボタンに持っていくと、大好きな瞳に笑顔で肯いた。
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