139話 先生? ううん、お友達として。




「結花さんは、私のことを何度も助けてくれました。だから……お願いです。もうそんなことを思いつかないでください。今は私もいます。力になれるか分からないけど、味方ではいられます」


「うん……。ありがとう。約束するよ」


 指切りをしてくれる温かい小指。そして教えてくれた。私に割り当ててくれた珠実園のあのお部屋はリハビリのために結花さんが休憩で使っていた部屋だったって。


 茜音先生も、いつどんな理由で戻ってきてもいいように、ずっと使わないでいてくれた。だから結花さんの次の住人が私だったなんて嘘みたい。


 何が起こるか分からない、私みたいな子のために、あの部屋の鍵を内緒でコピーして今でも持っているとも教えてくれた。




「入籍前日の夜に両親から言われました。『決して育てやすい子ではなかった。でも先生はお前を選んでくれた。これからは先生に感謝をしながら生きていくんだよ』と。それなのに、私はいつもみんなに迷惑をかけては謝ってばかり……。きっと、前世でとても悪いことをしてしまったのかもしれませんね」


「原田……」


「でも、これだけは胸を張って言えます。先生に出会えたこと。無理を承知で隣に置いてくれたこと。私の人生でこの先誰に何を言われても、私の一番の幸せなんです。それなのに、私は幸せをくれた先生にすら謝らなくちゃならないことだらけ……。それが私の人生なのかもしれないですけどね」


「原田。何も悪くないんだ。お前はあれだけ辛い思いをしても毎日を生きてくれている。それが俺に対する何よりものプレゼントだ。だから、謝るのは今日でおしまいにしよう」


「でも……」


「原田結花、先生の言うことがきけないか?」


 結花さんを覗き込む陽人先生の瞳。その視線を逸らさずに涙を流しながらも受け止めている。


「分かりました……。では、どうしていけばいいですか?」


「これからも堂々と生きろ。お前は俺のただ一人の妻であって、彩花の母親でもあるんだ。それだけじゃない。何度も俺を救ってくれた。何も卑下することはない。結花がいてくれることが、俺にとって幸せなんだから」


「はい……」




 ここから先は私たちが過度に干渉することはしない方がいい。啓太お兄ちゃんの手を握って二人でうなずく。


 さっきのような話をするために、わざと立場を先生ではなく切り替えてくれたことはさすがだと思った。これからも珠実園だけでなく、私の大切なお友達でいてほしい結花さん。




「過ぎたことで謝る必要はない。原田結花の贖罪しょくざいの時間はとっくの昔に終わっている。これからは小島結花として、ひとつひとつの人生を楽しめ。彩花が初めて歩いたとき、大喜びで電話をくれただろ。ああいうことを見つけていくんだ。そうすればいつの間にか良いことの方が増えていく」


「うん……」


「どんなに絶望的な状況でも小さな成果を見つけて前に進めるのが原田結花と他の生徒との差だった。それは今でも変わっていないだろう?」


「はい……」


「そのためには、これからもっと長い時間を生きていかなくちゃならないんだぞ? 頭のいいお前だ。説明しなくても意味は分かるよな?」


「はい……」


 陽人先生は私たちにそっと目配せをして、小さくうなずいてから、結花さんを抱きしめた


「結花、いつもありがとうな」


「はい。先生がいてくれるからです」



 いつの間にか花火ももう終わりに近づいている。


 スターマインが水上に華やかにあがる。





「……花火大会も同じですね……。最後にフィナーレを持ってくるんですから、最初のうちにつまらないと帰ってしまってはもったいないです」


 遠くではそろそろ大詰めのようで、スターマインが空を埋め尽くしている。


「本当……。花菜ちゃんたち、本当にごめんなさい。本当はここまで崩れるとは予想してなくて。もぉ、恥ずかしいなぁ……」



 でも、結花さんは私たちを信頼してくれたからこそ、この場面をあえて見せてくれたんだと思う。


 きっとひとりだけではあの辛い出来事を話すことはできなかった。私を諭すという名目の呼び水を使って、心の中にひとりため込んでいた物を吐き出した。


 それなら、私たちがここに立ち会わせてもらった意味が見えてくるよね。


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