138話 こんなお話、真似できないよ!




「花菜の言うとおり、僕たちはそこからの立ち直りは真似できないと思っています」


「そうかい?」


 二人とも学校を去った後の、行けなかった卒業旅行も、その時だけ「引率の先生と生徒」という設定に戻して、二人だけで行ったこと。


 それだけでも企画から実行までの日数を聞けば、どれだけ陽人先生が結花さんを忘れずに想っていたか、二人になれる時間を求めていたか想像できる。


「あの時ね、偶然モデルとしてウエディングドレスを着て先生の横に立ったとき、これが本番ならと何度も思った。そして、こんな夢を見せてくれた人に絶対についていこうと思っていたのに……。


 ……それなのに、私はたった一人のかけがえのない人を傷つけた。お仕事でニューヨークに行くなんて、本当に名誉なことなのよ。そんな立派な人に中卒では申し訳ない。せめて高校卒業認定を取らなければと焦っていた時期だったから……。バカでしょ? 花菜ちゃんのお手本になんてなれないよ」



 秋の試験を受けるため、日本に残るように言った陽人先生に当時の結花さんは駄々をこねて、あとにも先にも言ったことのない『先生の嘘つき!! 大嫌い!!』をこの花火大会の夜に叫んでしまった。



「やり直せるなら、私も同じかな。あの夜に戻りたい。本当に大人気なかった。その頃には先生も私のことを人生の支えにしてくれていたのに。私の両親の前で少し前なら未成年と言われていた二十歳前での結婚を土下座で頼んでいたなんて知らなかったもん」


「あれは、もう一度やろうと思っても、もうできないな。まだ覚えてる。『小島先生でなかったら、この話は許しません』と言ってもらえた。それなのに俺は結花を泣かせた。大失態だったよ」



 その年の高校卒業認定試験の結果を持って、年末に18歳の女の子が一人で渡ったニューヨーク。


 眼下に広がるクリスマスイルミネーションを背景にして、「原田にしか渡せない特別な合格通知だ」と『教え子である結花さん』の薬指に婚約指輪をはめてくれた『小島先生』がいた。


「よく『みにくいアヒルの子』だって言われてたわ……」


 自分では本当の姿を見ることができなかった。でも、いつしか結花さんという白鳥は一人で羽ばたいて、海を越えて愛する人のもとに飛び込めるほどに成長していた。


 こんな壮大な物語は、逆立ちしたって私と啓太お兄ちゃんじゃ真似できない。



「でも、啓太くんは、同じクリスマスに婚約指輪を渡したって言うじゃないか。しかも続けざまの本物の修学旅行中に婚姻届出すなんて。我が家ではその計画を知って『やるなぁ』だったよ。原田も言ったように、それは俺たちにはできなかったからな」


 陽人先生が私たち二人の肩を叩く。


「これも話してないよね。ニューヨーク行きの直前、私は両親を前にひとつだけお願いをしたの」


「あれも言っちゃうんか?」


「だって、花菜ちゃんと啓太さんにはもう問題ないのよ? 入籍まで済ませているんだもの」



 お二人は入籍を済ませるまで結花さんの純潔を守るとお父さんと約束をしていた。


 でも、陽人先生を空港で見送ってから3ヶ月。本当に寂しい時間を過ごした結花さんはニューヨーク行きの直前、ご両親に「その約束を破ってしまうかもしれない」と、叱られることを覚悟で告げたって。


「そしたらね、不謹慎かもって前置きはあったんだけど、『なんだ、まだだったのか?』ですって。大笑いされちゃった。我慢していた陽人さんを褒めてやれって送り出されたくらいよ」



「結局殻を破れなかったのは自分たちだけだったんだと気づかされました。でも、原田は体の一部だけでなく、青春時代そのものを失ってしまっていたんです。それを何とか取り戻してやりたかったし、自分も原田を早く安心させてやりたかった。約束破りと言われても仕方ないと思ってましたが、ご両親はよく分かっておられました」


「結花さん……」


 そうだよね。理由は何であれ、陽人先生の言うとおりだと思う。


「でもね花菜ちゃん、そのときにね、先生はお腹の手術の傷跡を優しくなでながら言ってくれたの。『生きてきてくれてありがとう』って。もちろんさっきのことも思い出してた。こんな未来が待っているって分かっていたら、あんなこともしなかったと思う。もうぼろ泣きもいいところだったぁ」


 結花さんの声や調子が少しずついつもの調子に戻ってきてくれている。


「そりゃそうだよな。俺は何度原田を失うところだったのか……。間に合ってよかった」


 今とは全然違う、あの当時は新しい友達をひとり作ることすら難しかった当時の結花さんをそこまで愛してくれた陽人先生。


 だからその夜に、お二人はご両親との約束を破ったんだって……。


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