134話 恋愛成就が伝説のお店
会場周辺部はもう交通規制がかかっているはずで、どこに向かうのかと思っていたら、陽人先生は車を会場から少し離れた海沿いのお店の駐車場に停めた。
2階がお店になっていて、1階が駐車場になっている造り。
「ユーフォリア……ですか。あっ!」
「思い出した?」
その名前を頭の中に入れた瞬間に飛び出してくる。
忘れもしない。このお店は一度途切れたと思っていた結花さんと陽人先生の赤い糸が切れていなかったと再認識した場所なんだ。
その瞬間から、結花さんの人生も変わったと言っていたし、間接的だけどそこから時を経て私にもつながっている。
啓太さんと私の夫婦にとって、このお店はいつかは訪れたいと思っていた聖地のような場所なんだよ。
階段をゆっくり上っていくと、なぜこのお店が2階にあるのか理解できた。
道路と海岸を隔てる防波堤が、2階に上れば気にならなくなる。プランターでデコレーションされている窓の内側から見れば、道路も防波堤も見えないようになっているみたいだ。
木でできたドアを開けると、カランと心地よいベルの音がして、中はアンティークな家具が並べられている。
「こんにちは」
「あ、結花ちゃん、久しぶり! 相変わらず可愛いわねぇ」
「あんまりよく見ないでくださいね菜都実さん。これでもあちこち歳はとってるんですからねぇ」
「なに言ってるの! あたしから見たら結花ちゃんはまだまだ『女の子』で通じるから。今日は彩花ちゃんは?」
「それはいくらなんでもヨイショし過ぎですよー。彩花は昨日の夜から私の実家にいます。このあと帰りに迎えに行くことになってます」
やはり、結花さんとお店の中で準備をしていた菜都実さんは久し振りの再会に喜んでいる。
「あなたが花菜ちゃんね。話は茜音と結花ちゃんから聞いてるわ。大丈夫よ、ここはそのくらいの話で驚く場所じゃないから」
菜都実さんが、全員分のアイスティーを持ってきてくれた。
やっぱり予想どおりだ。席に座って外を見るとここが横須賀市内なんて思えない。どこかの海岸沿いのお洒落なアンティークカフェにいるみたいだ。
「大変だったのね。それによく先生も思い切ったものね。あと半年と少し?」
「はい。卒業式までは内密になってます」
菜都実さんと茜音先生、すごく似ている。雰囲気って言うのかな。初対面の私たちのことを、あっという間に場に馴染ませてくれた。
「結花ちゃんのときは、いろいろ寄り道あったもんねぇ。こういう正面突破法もあったのかぁ」
「菜都実さん、今日は……」
「分かってる。その準備はもう少しで終わるから待っていて? 陽人先生はうちの旦那と一緒に臨時売店の用意してくれる?」
あの結花さんの心の中をすでに読み切っている。改めてすごい人だと素直に感心してしまった。
お店の一角をお借りして、私と結花さんの浴衣をもう一度直す間に、男の人たちでテーブルやホットケースなどの機材が駐車場に下ろされている。
今日みたいな日は、海岸に出て花火見物をする人が多いから、お店の中はお休みにして、外で臨時営業をするのだと結花さんが教えてくれた。
「菜都実さん、今年もすごい人出でしょ? ……まだこの席あのままなんだ……」
結花さんが一番奥のソファーのところに進んで呟いている。
「ここに思い出があるんですか?」
「えぇ。私が花菜ちゃんと同じ歳の時、私ここで大泣きしたのよ。陽人さんに許してもらうためにね。転んでケガして、浴衣もボロボロ。今考えたら本当に酷かったなぁ。よくお巡りさんに止められなかったと思うくらいよ」
そこに、外の用意を終えた陽人先生と啓太さんが戻ってくる。
「菜都実さん、もう大丈夫だってことです」
「お疲れさま。助かったわ。先生も元気でやってるの?」
「はい。おかげさまで。今も横浜の教室の担当をしてます」
「ここに時々来る学生のお客さんから『小島先生の授業のために横浜校に通いたい』なんて話を聞くと、元気なんだなって思っていたけどね」
陽人先生にもこの様子だと、当時の様子がなんとなく思い浮かんできた。
そして、啓太さんにも忘れていない。
「今日はあまりお構いできなくて申し訳なかったけれど、今度は花菜ちゃんと二人で遠慮なく来て? いろんな素敵なお話を聞かせてもらえるようにお店閉めちゃうから」
まさかと思ったけれど、横でうなずいている結花さんを見ると、本当にそういうことをやってくれちゃう人なんだって確信したんだ。
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