122話 二人だけの進路相談
オランダのアムステルダムの街並みを模した一角の2階にそのレストランがある。
幸いエレベーターも店内もまだ混雑前だったので、彼女も車椅子のままテーブルにつけさせてもらえた。
「先生もご存知ですよね? このうさぎさんのキャラクター」
花菜が抱いている人形を見ずとも、ふたつの点と✖記号だけでもそのキャラクターだと判別できるのは他に類を見ないだろう。
「もちろん。どうしてこちらに?」
カレーのセットと、驚くことにパンケーキも頼んだ松本は、俺の顔を見て恥ずかしそうに笑った後に理由を話してくれた。
「このお店のメニュー、デザートのケーキまで全部がアレルギー対応食なんです」
「なるほど?」
「いま珠実の子で、卵が食べられない子がいるんです。その子だけ除去食になってしまうことも多いんですけど、みんなが意識しないで同じものを食べられればいいですよね」
「松本……」
「本でこのお店を見たときに、ここに行って何かヒントをもらえたらいいなって思って……」
本当に、この松本花菜という女性には何度驚かされるのか。なにか小さなきっかけであっても、それを自分の人生や周囲の状況と重ねて考えることができる。
大人の世界で言えば、彼女はすでに人生の大きな選択をした女性だ。
でもそれだけで満足せず、自らやりたいことを見つけ出せるというなら、教師としても今後の進路に協力をしてやりたい。
「ふたつも頼んじゃって、残しちゃうかもしれませんけど……」
大丈夫だ。残れば俺が食べる。家に帰れば普通にやっていることだから。
「珠実でいろんなお手伝いをしていて、これまでどおりに絵本を画くことも好きなんですけど、お料理で誰かを笑顔にしたいって思うようになってきたんです。きっと困っている人はたくさんいるはずだって……」
そうか。それが彼女の進路希望として明確になったのであれば、この場を借りて臨時の二者面談にしてしまおう。
どうせ今日はこれまで自制していたことを何度もはみ出してきた。
まだ学校では話しちゃいけないことだって、目の前の彼女は自分の妻なのだから。
「松本さん、これ本当はまだ始業式前なので本来は話せませんが……」
「はい?」
「3年生もこのまま同じクラスで担当させていただくことになりそうです。ですから、またいろいろと悩みや希望を聞かせてください」
「はい。お願いします。新任なのに3年生とは大変ですね」
「あのクラスだからということで異例のことだったようです。みんなのお陰ですよ」
嬉しそうにさっきの写真と同じく目元をへにゃりと緩めている松本。この顔を他の男子が見たら、今日の服装と合わさってまたひと騒ぎ起きそうだ……。
ただでさえ、女神様との通り名が付いているほどの注目度なのだから、今日の単独行動の理由にガッカリした男子もいたに違いない。
そうでなくても、旅行出発前に今日の予約を取り付けようとした男子たちを「ごめんなさい」と一言でバッサリ斬ったなんて話も橘から聞いていた。
でも、同学年の彼らではこの顔を引き出す事はできないだろう。
彼女がこの小さな体で受け止めなければならなかったものはあまりにも過酷で大きかったのだから……。
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