123話 みんな考えなくちゃならない時が来る





 手帳に『松本花菜・調理師免許取得可能な進路』と書き込んだとき、


「あ、花菜と長谷川先生だ!」


「千景ちゃんたちもお昼?」


 聞き慣れた声に振り返って、橘が7組の加藤と一緒に立っていた。そうか、橘の交際相手というのは彼だったのか。


「花菜に連れてこられたんですか? それとも、まさか先生の趣味ですかぁ?」


「こら、担任をからかうものではありません。昨日のお詫びも兼ねてます」


「なんだぁ。まぁ、遊び回っている男子はまさか花菜がこんなところにいるとは想像もしていないと思います」


 テーブルをつけてもらい、四人での食事となった。


「無理言って連れてきてもらったの。ちょうど先生に進路相談してたとこ」


「なんだぁ、ここまで来て話はそれ?」


 橘だって分かっているはずだ。でも部外者がいる以上、それを持ち出すわけにはいかないだろうから。


 松本がさっきの話をした。栄養学の勉強や調理師免許もとりたい。そのための進路について調べたいと言うことも。


「花菜は凄いよね。あたしもそんな花菜の夢に共感しちゃうな」


「聞いていたか分かりませんが、加藤くんは、松本さんや橘さんの夢や希望進路をどう思いますか?」


「えっ?」


 突然振られて言葉に詰まる加藤。そりゃそうだろう。


 この時期は個人差が大きい。既に将来の目標を決めている者、とりあえず進学してやりたいことを探す者。ただし、今はどちらでも構わないと思っている。


「松本さんはこのお話を本当に進めていいかよく考えてくださいね。橘さんは自分の進路に関わってくるお話です。将来の希望はご家族や周囲の方ともよく話し合ってくださいね。加藤くんはまだぼんやりとしているかもしれませんが、目標を持った方が受験にも真剣に向かえます。せっかくの橘さんと一緒に考えるのもひとつの方法です。早めに近藤先生にも話しておいてくださいね」


 橘と松本の二人が顔をあわせて笑う。いつも5組の生徒たちに言っているからだ。誰かを心配させない限りは恋愛も自由だと。


 高校生なのだから、恋愛禁止など古臭いことは言わない。自分たちで節度を持って青春を楽しめと。楽しいことだけでなく、時には悲しい結果となることもある。長い人生の中では大切なスパイスになるとその手の話題には答えることにしている。


「もちろん、三人とも僕のところに相談に来てくれても構いません」


「俺も長谷川先生のクラスがよかったなぁ。千景が羨ましい」


 そんな噂はちらちらと聞くこともある。自分はまだ彼らとの年齢が近い分、経験やデータでの分析より、彼らのモチベーションに賭けるところが大きいからだ。それが正解かどうかは正直まだ分からない。


 来年の今頃には進学や就職の結果も踏まえた評価が下る。今のスタイルを認めてもらい続けられるのか、それともやはりデータに基づいた指導法に軌道修正をしなければならないか。自分もまだ試されている身なのだから。


「これだから長谷川先生は人気があるんだって」


「すげぇよく分かった。今度先生の所に相談行きます」


「いつでも歓迎しますよ」


「さて、戻りましょうか。遅刻するなと言った僕が最後ってことになるのは恥ずかしいですからね」


 腕時計を見ると、車椅子を押しながら出口に接する土産店を経由して戻るには頃合いの時間になっていた。

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