120話 学生として・女性として
「……こんな私でも、少しはこの1年で変わることができたでしょうか……」
あれだけの実績を残しておきながら、彼女はまだ満足していないということなのだろうか。
いや、満足とは違うか……。まだ自分の評価に自信が持てないというのが正確なところだろう。
「松本さんは変わりました。もっと自信を持っていいんですよ。学生としてだけでなく一人の女性としても成長しています。僕としてはこのまま素敵な大人になってくれれば嬉しいんですが」
「それは先生の個人的な要望も入ってですか?」
こいつ、分かりきっているくせに。
言葉には出せないから、右肩をギュッと握ってやると、他人の前では絶対に見せないふにゃり顔で見上げてくる。
まったく、いつの間に俺を駄目にする技を習得したのやら。……たぶん結花先生あたりからだろうな……。
公表はまだ先になるものの、もう彼女に家庭環境での心配事はない。これまで我慢した分、思い切り羽ばたいて青春と呼べる時間を謳歌してほしいのは本当のことだ。
「そうですね。去年の夏に比べて、だいぶ見た目も変わってきてますね。年相応というか、だいぶ
「そうですか?」
「服代とか足りていますか? 足りなければ渡しますよ?」
「大丈夫ですよ。以前からの癖が抜けなくて、なかなか新品は買えないですから、中古のお店が多いんですけどね。今日の服も頂き物との組合せです」
「そうだったのか。普段から実用重視の松本にしては今日の衣装は珍しいなと思っていたんだが」
彼女はクスッと笑って、
「ご存知ですか? あの茜音先生は高校生時代に不思議の国のアリスの衣装を着て文化祭で優勝したそうです。それを聞いて、せっかくの場所ですし、今日はアリスふうに揃えてみました」
あのクリスマス以降も、結花先生たちからいろいろと服やコーディネートだけでなく軽めのメイクも教わっているようで、それが反映されているということだろう。
そんな今日の私服は襟元と長そで部分が白くデコレーションされている、ベビーブルーのワンピース。そこにミルキーホワイトのボレロを重ねていた。
足元だって制服指定の紺色ではなくオフホワイトのリブ無しハイソックスに変えたところに、ゴムストラップ付きの黒いバレーシューズを合わせてきた。普段は珠実園での作業靴として使っているそうだ。素材が布で、荷物の底に押し込めたらしい。幸か不幸か革靴の踵を潰すことがないから、痛くもない。
今朝の食事の時に「可愛い!」と歓声があがったのを知っていたけれど、確かにこれなら納得がいく。
当初からこういったイメチェンをして、一人で過ごすつもりだったのだろう。家でもこの日は単独行動と聞いていた。あのケガがなければ誰かあぶれた男子に声をかけられてしまうなんて事も勝手に想像してしまう。
同じ学生だったら、まだ『松本花菜』の取り合いに参加できるのだけど、さすがに教師という身ではできない。
俺の本当に身勝手な都合で言えば足の負傷は都合がよかった。
「大丈夫です。逆にこういう装いならアスレチックに行きたいとか、絶叫系大好きという男の子からは自然に避けられるでしょう。昨日のトラブルがなかったとしても、私はこれ以上心配をさせることはしたくないですから」
「そういう計算もしていたってことですか」
もともと足に不安を抱える彼女だから、最初からゆっくりと散歩やミュージアム巡りなど、おとなしく過ごしているつもりだったのだろう。それを言葉ではなく服装で体現してしまうなんて。
「茜音先生と結花先生には、エプロンつければ完璧なのにと笑われましたけど。先生はこういうの苦手でしたか?」
「いや、よく似合ってます。教師としてはきっと問題発言でしょうが、素直に可愛いですよ」
去年の夏、あの二人きりの合宿で足の不安を知り、本当ならトレーニングなどを始める予定だったのが、秋に起きた環境変化から、予定は一度白紙になった。
でも、そこで出会った人たちに支えられて、彼女自身も確実に変わってきた。
上半身を鍛える運動は部屋でもできると続けていると。それに高価な物ではないけれど、乳液や化粧水などで肌の手入れもするようになったとか。
姿勢や体型も変わったし、取り戻した若々しい年相応のナチュラルさが一番の魅力になった。
正直、昨日の入籍までは誰かにとられてしまうのではないかという不安さえあったくらい。
「暖かくなってきましたし、また少しずつ歩こうと思うんです」
仕事や住むところも変わり、少しずつ空いた時間を作ってリハビリをしたいのだと。
「そうですか。協力しますよ」
それは言葉だけじゃない。こんな俺の妻になってくれた彼女への感謝でもあるのだから。
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