23章 特別な『恋愛授業』
85話 守りたいと思うのは同じだ
「花菜ちゃんはこのあとが大変。ちゃんと手をかけてあげないと、彼女が潰れてしまう。あの当時の僕は学校で結花を助けられなかった。同じ悲劇だけは起こさないで欲しいんです」
俺にとっても、いろいろな意味で大先輩になる陽人さん。
ダイニングに男二人だけが残されたとき、そんな言葉をかけてもらった。
目立つこともなくハズレくじばかりをひかされて、それでもクラスのために、同時に彼女自身の存在する意味があるならと縁の下でいつも頑張っていた結花さん。
それなのに、運命という奴はどこまで結花さんに厳しかったのだろう。
それらをどんな言葉で受け止めてあげればよかったのか。こうしてご夫婦となった今でも答えがでていないという。
いくらその後の物語が、当時の二人にとって夢のような結果であったとしても、今の花菜と同じ学年だった当時の結花さんへの接し方は細心の心遣いが必要だったはず。
結花さんの話を聞けば聞くほど、本当に花菜とよく似ているところがあるものだと思った。
修学旅行で同級生から冷たい言葉を浴びせられ、一人雨の中に飛び出して行った彼女を追いかけ、海岸に座っていたのを見つけたとき、ずぶ濡れのまま腕の中で号泣した結花さんを、陽人さんは本気で自分が守ろうと決めたという。
「まだ覚えているよ。いつも冷静に落ち着いている結花が、『私にまだ何が足りないのですか!』と、感情をむき出しにして泣きじゃくったあと、涙を拭いて笑ってくれたんです。本当に心が動きました。生徒には手を出してはいけないと分かっていたのに、結花にだけは通じませんでしたよ」
翌日に風邪をひいたようだと理由をつけて他の子たちの行動から外し、周りには全くの内緒で、自由行動で提出させていた予定の水族館に連れて行ってから二人の気持ちは少しずつ近づいていったそう。
それでも二人は最後までお互いを傷つけないように、気持ちをセーブし続けた。
陽人さん自身も、結花さんに書いた手紙が最初で最後だと言うじゃないか。
「まだ、こうして手元にあります。書いた本人が隣にいるのにね」
陽人さんは大切そうに一通の封書を取り出してきてくれた。
これが唯一の
一目で分かった。俺にも時々届くような物と内容は似ているけれど、これはそれらとは絶対的に異なる。
笑って話してくれていたけれど、結花さんが同じ物を書くことは二度とない。生徒と教師の間という報われない想いであることを十分に理解した上でも押さえきれずに溢れ出す気持ちの文面。字面だけなら同じように書ける子はいるだろう。
ただ、結花さんの性格を理解している者が読めばそんな軽いものではないと。
「それを受け取って読んだ夜、正直寝られなかったよ」
いや、そうだろう。花菜と自分に置き換えたとしたら、これを受け取ったときどう答えるか……。
「でも、常識的に考えて、その答えはやむを得ないものだと思います。僕もお二人の話を聞いていなければ、同じ答えを出したと思います」
「そうかい? それが花菜ちゃんからだとしても?」
そう、もしこれが花菜から俺に宛てて書かれたものだとしたら……。
即答はできない……。
「それは……。わかりません……」
「だろう? 君にとっての花菜ちゃんと同じで、僕にとっても結花はもう別次元の存在だったのに気づけなかったんだよ」
週末をかけて悩んだ末に一教師として答えた陽人さん。
でも陽人さんがほかと違うのは、そのあとのことだ。
『病気で入院していた結花さんをクラスみんなで迎え入れるための意思統一が出来なかったのは担任の責任』
そんな理由をつけて教壇を降りた。結花さんの退学を気の毒に思った者はいたとしても、担任だった陽人さんにそんな責任を問う人はいなかったはずだ。
「わずか16歳で、病魔と死への恐怖から毎日戦っていた結花を、僕は教師だからというくだらない理由で傷つけ、学校での居場所を奪ってしまった。僕は今でも結花には足を向けて寝られないよ」
陽人さんは穏やかに笑って、二人が消えていった部屋の方を見やった。
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