第4話 アンニュイ・イチゴプリン

『最近巷で話題の”アンニュイ・イチゴプリン”を食した人が次々路上で倒れる事態が発生、

 これを重く見た政府から直々に、アンニュイ・イチゴプリンの生産を禁止とする法令が下されました』


『まぁ当然ですよね。まさかこんな危険物だとは思ってもいませんでしたが』


『うちの娘もこの”アンニュイ・イチゴプリン”を食べるようになってから、

 部屋から出るのも難しい状態になってしまいましてね……

 生産中止、いや禁止か。禁止になって本当に良かったですよね』


『本当に、開発者は一体全体なにを考えてこんなものを作ったんでしょうね』


液晶画面の向こう。渋面をしたコメンテーターのおじさん達が、それはもう重いため息を漏らしている。

ここ最近のニュースでは、”アンニュイ・イチゴプリン”生産禁止の話で持ち切りだった。

色んな意味で日本社会全体を揺るがした商品だ。

日本の歴史で永劫語り継がれるんじゃないかと思っている。勿論、悪い意味で。


「やっぱりさ。気軽にアンニュイな気分になれるものを作るんじゃなかったよね。そもそも」


テレビのニュースを凝視しながらわたしは呟いた。

向かいに座るアンニュイプリンの開発者に聞こえるような、わざとらしい大声で。

コタツに突っ伏したトモはぐぇ、と潰れたヒキガエルのような声を漏らした。

奴なりに、反省はしているようだ。まぁ、反省してもらわなかったら色々と困るのだが。


「そうだよね。折角作った会社もなくなっちゃったし~……」


「ただの自業自得なんでは?」


頭を抱えるトモを余所に、わたしはちゃぶ台の上に転がる小玉ミカンを一つ手に取る。

気持ちのいいくらい明るい橙色をした皮は、珍しくするすると気持よく剥けた。ラッキー。


「うう……ハナちゃんが冷たいようぅぅ……友だちが困ってるのにぃ~……」


「あーミカン美味しい」


嘆く鳥頭をガン無視して、私は果汁たっぷりのミカンをほおばる。

なにこのミカン、小さい割には超美味しい。甘さと酸っぱさの塩梅がマジグレイト。

このところ甘い物ばっかり食べてたから、酸っぱいものがより一層美味しく感じるなぁ。

うーん、幸せ。胸がいっぱいになるような幸福感に、わたしは思わず顔をほころばせた。


『では次のニュースです。

 ”アンニュイ・イチゴプリンの食べ過ぎ”が原因で心身の不調に悩まされていた人々が、

 徐々に回復傾向に向かいつつあるようです──』


いつの間にかトモはコタツで沈没し、わたしの話し相手はテレビだけとなった。

点けっぱなしのテレビからは盛んに、

アンニュイの呪縛から解き放たれた人々の喜びの声が聞こえてくる。

あ、このアイドル復帰できんだ。大変だったねぇ、お疲れ様。

あんなものが流行ったから、テレビ番組もほとんど停止しちゃってたしねぇ。


「あ~~~ミカン美味しい……」


ミカンを頬張りながらわたしは幸福に浸る。これはもう、天に上るほどの美味しさだ。

噛めば噛むほどひっきりなしに湧き上がってくる幸福感。

生きてるってサイコー。食べ物が美味しいと思える状況最ッ高。


と、ここでわたしは我に返った。ちょっと待って、なにかがおかしくない?と。

口にしただけでありあまるような幸福感を覚えるミカン……?


「これ、普通のミカンじゃないのでは……?」


ミカンを剥く手がピタリと止まる。

今更ながら冷や水をサッと浴びせかけられたかのような寒気が全身に走った。

まさか、と思いつつトモを起こす。動揺からか、いささか乱暴に肩を揺すってしまった。


そして目を覚ましたトモが開口一番に出した声明はこちら。


「あ、そのミカンはね!今新発明中の”ハッピー・ハッピー・ミカン”なんだよ!

 なんと一口食べただけで、すべてがどうでもよくなるぐらい幸せになれる──」

 

「おまえさては学習してないな?」


罪である。これはまごうことなき罪である。

なんで罪を重ねたのか。こないだ厳罰喰らったばかりだという事を忘れたのか。


ってか最近悪趣味な家具や、

税金対策に購入したはずの車が無くなってたからおかしいなって思ってたんだ。

身に付けていたゴージャスなジュエリーとかも消えて、

なんかやたらと清貧な生活スタイルになってるな、とか。

まさか全部コレの開発のために次ぎ込んだんじゃないだろうな?


怒りのあまり思わず拳を握ったわたしを見て、トモは慌てた様子で弁明をし始めた。


「ち、ちがうよぉ!!

 わたしの作っちゃった”アンニュイ・イチゴプリン”で、

 大変なことになった人が増えたから、なんとかしようと思って!」


うんうん。そうかちゃんと良心は仕事をしていたのか。

良かったとひと安心して拳を緩めたその瞬間。


「あと汚名返上・名誉挽回したい!!研究資金ほしい!!お金持ちになりたい!!」


だって借金めちゃくちゃ背負っちゃったし!!とかなんとかわめいてる。

あ、駄目だこいつ。本気で早く何とかしないと。

わたしは再度固く握りしめた拳を、トモの頭上へと思いっきり振り落とした。

──ああもう、アンニュイにもほどがある!!

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アンニュイ・イチゴプリン kirinboshi @kirinboshi

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