第3話 あうとぶれいくたいむ。

今日も今日とて”アンニュイ・イチゴプリン”は、連日テレビやYouTube、Instagramで大人気だ。

芸能人までもがこぞってとりあげ、今や日本中で”アンニュイ・イチゴプリン”を知らない人はいないくらい。


道行くJKが、JCが「今日はどこでアン活する~?」なんて談笑してる姿を見るのも当たり前となった。

”アンニュイ・イチゴプリン”屋に長蛇の列が並ぶ光景も、今や茶飯事だ。


「いやぁ~もう儲かって仕方ないよ!!

 もしかして私には発明の才能だけじゃなく、経営の才能もあったり!?」

 

大金を片手に、うっはうっはと笑うトモ。

その様子は、かつて社会の教科書で見た明治の成金を彷彿とさせる。

あまりに儲かったので今より広くてデカい家に引っ越した。税金対策に車も沢山購入した。

トモは「せっかくお金があるんだから、ヒルズの億ションに住もうよ~!」とか言ってたけど、

わたしは断固マンションより慣れ親しんだ家がいい。


私たちの無駄に豪華な新居には、日に日に趣味の悪いキンキラキンの家具が増えていった。

トモも次第に、ゴージャスなジュエリーを身につけてあちこちを出歩くようになった。

というか、なんか悪の女幹部みたいな格好になってるけどいいのかね?

なんて突っ込むのも野暮だしやめとく。なんかめっちゃアンニュイな気分だし……


「ねぇ、ハナちゃん!

 そろそろずーっと同じ味なのも飽きてきただろうし、

 ちょっと趣向を変えてみようかなって思うんだけど!」


そんな劇的に様変わりしてしまった日々の中でも、

相も変わらずトモは絶賛怪しい発明品の開発に勤しんでいる。

どれだけ悪趣味な家具を増やそうとも、

無駄に豪華なジュエリーを身に付けまくろうとも、トモはトモなんだなと安心さえする。


「んぁー……ちょっと今ダルいから、後にしてくれる?

 ってか今日会社休むわ……ガチでなんか身体重い気がする……」


「ありゃ。最近試食の回数を増やしすぎちゃったかな。

 りょうかーい!じゃぁ今日は久々に私が晩御飯作るよ!」


ひらひらと手を振って返事をする。そうか今日はトモが手作りしてくれるのか、ありがたい。

ここのところ料理する気にもなれなくて、ずっと外食や宅配だったものね。

美味しいんだけど健康に悪い。

最近ご飯すら食べるのめんどくさくて、昼食はゼリーにしていたからそっちよりは大分いいんだけど。


うーん、”アンニュイ・イチゴプリン”の試食でかかる負荷を舐めていた。

なんかもう、ぜんぶが本気でめんどくさい。

わたしでこんな状態なら、店にまで並んで食べている子らは……大丈夫なのかいね?


──さて。

”アンニュイ・イチゴプリン”のもたらした弊害は、わたしの予想を遥かに超えたものとなった。


爆発的ブームを巻き起こしたそのカゲで、

”アンニュイ・イチゴプリン”を食べ過ぎた人々が、次々と心身の不調を訴えるという事態が起こった。


当たり前だ。【アンニュイ】の言葉の意味を辞書で引いてみろ、って言いたい。

今や日本中はアンニュイの炎に包まれていた。


特に秩序と経済が大変ぴんち。deflationのど真ん中。

ついでに流通も大絶賛ストップで瀕死なう。息して日本!!!


ちなみにこんなバイオテロを引き起こしやがった張本人ドクタ トモは今どうしているかと言うと、


 「”アンニュイ・イチゴプリン”……日に日に売れ行き悪くなってる……どうして……」


機械の前でしなびた青菜みたいな有様になっている。

そりゃ、売れなくもなるでしょう。日本全国こんな有様なんだから。

後はこの”アンニュイ・イチゴプリン”の副作用が消えて、

早いところ人も経済も持ち直してくれるのを祈るばかりなんだけど。


「もうむりだめ」「息をするのもめんどう……」「もうなにもかもどうでもいいや……」


見渡す限りの人、人、人。人の山。

生活道路、横断歩道、一般道路、全ての路上に人が倒れている。

もはやちょっとしたバイオハザードだ。

ぶっちゃけほとんどゾンビと遜色ないかもしれない。


聞いた話では高速道路もヤバいとか。

電車とかもはやほとんど走ってないらしいよ。動かす人がいないからね。

らしいというのは見てないから知らない、という事でして。


「あおぞらきれい……」


つまりのん気に実況しているわたしも、晩夏のセミよろしく道路で仰臥。

試食とかしてたからね……

そんなわけで晴れ晴れと広がる青空を眺めながら、アンニュイに身を任せている。


まさかこのままわたしの人生は。いや日本は滅びてしまうのか。

それも”アンニュイ・イチゴプリン”なんかのせいで。


「……ああ、でもなんかもう。

 考えるのすらめんどくさいなぁ……」


瞼を下ろすその直前。こちらに駆け寄る迷彩服を着た人々の姿を、私は瞳に捉えたような気がした。

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