僕の挑戦の物語
マフユフミ
第1話
これは僕の挑戦の物語だ。
と言っても、血の迸るような熱い闘いがあるわけでもなく、まわりをも巻き込むような熱量を感じさせるわけでもない。
ただの男が、ちょっと汗と涙をいつもより多めに流して努力した、という程度のものにすぎない。
それでもこの挑戦は、僕にとっては非常に重要な意味を持つものなのだ。このちっぽけな人生の全てを賭けて。
ここで少し、自分語りをしたいと思う。
うざったいかもしれないけれど、今回の挑戦を語るには、欠かせない部分だと思うから。
僕は物心ついたころからずっと、「お話を書く人」になりたかった。
幼い頃、なかなかに体の弱かった僕にとって、本は唯一の友達と言っても過言ではなかった。
どれだけ呼吸が苦しくても、どれだけ熱が高くても、本さえあればベッドの中は最高の遊び場になる。
あるときは正義のヒーロー、あるときはとんだ悪者になって、僕は本という世界を飛び回っていた。
そんな幼少期を送ってきた僕が、自分でお話を書きたいと思ったのも無理のない話だ。本には当時の僕の憧れのすべてが詰まっていたから。
でも、そんな夢を誰かに告げるのは恥ずかしくて、周りに合わせて「サッカー選手になりたい」とか「普通のサラリーマンになるよ」など言って暮らしてきた。
それでもどうしても夢を捨て去ることはできなかったのだ。
僕が動き出したのは、大学に入学した年だった。
なんとか近くの国立大に入学した僕は、「大学生」という自由気ままな立場に背中を押されるかのように、文芸サークルに入った。
僕の夢の第一歩。「お話を書く」ということを僕はそこから始めたのだった。
そこには僕と同じように、本の世界に魅せられて自らもそれを作り出したい、と願う人間がたくさん集っていた。
初めて自分の夢に正直になれた僕は、半ば浮かれていたように思う。それほどにその場は楽しかった。
決められたお題にしたがって短編を書いては皆と批評しあい、それぞれの書き進めている長編を回し読みして励ましあい、非常に充実したサークルライフを送っていたように思う。
学生というものはだいたい皆そうだと思うが、当時の僕は根拠のない自信に満ち溢れていた。
「いつか大きなコンクールで賞を取り、作家デビューするんだ」
それは当時のサークル仲間たち皆が思っていたことだった。
当然僕も。
サークルに入って2年。この2年で様々な形式の小説を書いて、ある程度の経験を積んだと確信した僕は、ついに名だたる小説のコンクールの中から一つの新人賞に応募した。
結果は当然予選落ち。
それでも僕の中の妙な自信は崩されることもなく、「少し流行を先取りしすぎたな」など今となっては恥ずかしい感想を抱いたものだ。
「よし、次こそは」
そうして僕は、半年先にあるまた別のコンクールに応募した。
そんなことを繰り返し、5回の予選落ちを経たころに、僕はなんとなく思い始めていた。自分には才能なんてないんじゃないだろうか、と。
それでも、それを認めるにはその時の僕は幼すぎたのだと思う。
いや、まだだ。きっと次は。そんなことを思い、必死に次のコンクールへと向き合うのだった。
毎回毎回、予選落ちするのは厳しい。
サークルで得たテクニックも、昔から積み重ねてきた発想も、出し惜しみせず作品にぶつけているというのに、予選すら通過することができない。
その事実に、僕はどんどん削られていった。
大学を卒業しても、僕はアルバイトをしながら執筆活動を続けていた。
サークルの同期たちは、就職するものも僕と同じくフリーターで夢を追うものも、様々だった。
「僕は作家になるんだ。就職活動なんてするもんか」
そんな言葉は徐々に尻すぼみになってゆき、フリーター仲間は年々減っていった。
現実は厳しい。
かくいう僕も、卒業から1年半で結局地元のそこそこの規模の企業に就職を決める。
そのことに若干の後ろめたさを感じてはいたが、サークルの仲間たちもおおむねそのような道を辿っており、その事実にとてつもなく安心したことを覚えている。
それでも書くことはやめなかった。
繰り返す予選落ちの日々。
仕事と執筆の両立は年を負うごとに難しいものとなっていった。少しずつ削られていく若さと精神。失われていく自信。
それでも続けていたのは、もうほとんど意地だったように思う。
そして僕は、20回目の予選落ちの連絡を最後に、小説を書くのをやめた。
やめると決めればほっとする半面、言い様のない寂しさが僕の心を埋め尽くした。
それは、幼少期からの夢を自ら投げ出すというむなしさと、小説に全てを賭けてきた青春の終わりを悼む気持ちだったのだろう。
それでももう、なけなしの才能を気力だけで奮い起たせるのにもほとほと疲れきっていた。ちょうど結婚の話も進み出した頃で、自分自身に「いい機会だ」と無理矢理納得させたのだった。
それから7年の月日が流れた。
僕は二児の父親となり、職場では中間管理職とよばれるポジションに就いていた。
子どもも小学校にあがり、僕自身もう充分「中年」と呼ばれるにふさわしい身分だ。
職場でも家庭でも、待ち受けるのは忙しい毎日。もう「書くこと」なんて、自分のなかから完全に消え去ったと思っていた。
そんなある日、僕に突然の衝動が襲いかかった。
それは休日出勤に駆り出されていた日曜の午後2時頃。一通りの仕事の区切りをつけ、コーヒーを一口飲んだときだった。
突然胸を、何かもやもやしたものが覆い始めたのだ。
「なんだこれ?」
咄嗟に胸を押さえ、己の状態を探る。
どうやらこの違和感は、体の異変ではないらしいことだけは分かった。
目を閉じて深く息を吸い、ゆっくりと吐き出す。
このもやもやは一体何なのか。
自分の中の深い部分に目を向ける。
「書きたい!」
心に浮かんだのは、そんな言葉で。
思わぬ出来事に、自分でも驚く。
「書きたい、書きたい!」
もやもやがしきりに訴えてくる。
手が震えるほどの衝動。
これまで書いてきた中でも、こんなことはなかった。
脳というより脊髄の反射に近いように思う。
こうなると、もう止められなかった。
仕事中にもかかわらず手元のメモ帳に、必死に言葉を書き綴った。
書きたい、書きたい、書きたい
衝動とともに生まれたのは、支離滅裂な言葉たち。
でもそのときは、そんな言葉が愛しかった。
僕の手から、産み出された言葉たち。
その感覚に涙が出そうだった。
ああ、どうして僕はこれを手放したのだろう。
よく考えてみれば、書くことを自分の中から捨て去ることなんて、土台無理な話だったのだ。
僕の人生は、書くことによって構成されているのだから。
やめた、と思っていた。全て捨てたのだと思っていた。
でもそれは、心の奥底に無理やり押し込め、思い蓋をしてカギをかけていただけ。
それがなぜか突然今日決壊した。それだけの話だったのだ。
僕はその日から、少しの時間を見つけては何かを書くことに夢中になった。
昔みたいに、「小説家になる!」という思いとはまた違った自然な気持ちで。
ただただ代謝のように僕は書き続けた。
そして今日、僕は一つのメールを受け取った。
それは、通算21回目の予選落ちを告げるもの。
もちろん悔しいし、残念だし、妙な脱力感はある。
それでもあの頃の僕のような焦りは生まれない。
僕はただ書きたいから書いている。そのためにはもちろん努力もするし、勉強もする。
それは決してコンクールのためなんかじゃなく、ましてや将来の作家生活を夢見るためのものでもない。
僕は生きるために書く。僕自身のために書く。
そして、僕のその挑戦は、これからも続いていくのだろう。
僕の挑戦の物語 マフユフミ @winterday
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