21回目の桜通り【KAC20217】

ひより那

21回目の桜通り

 嵐のように巻き上がる桜の花びらを見るたびに思い出す。私の中に残る悲しい思い出。夢だったのか現実だったのか……



 地元で有名な桜通り、春には300メートルほどの薄ピンクのトンネルが作られる。

 片側は小さな土手になっているので、地元民は自転車を止めて見上げたり、レジャーシートを敷いて会話の花を咲かせる憩いの場所になっていた。


 カップ酒に落ちた花びらに興奮したのか、桜の精霊が見えたのか、桃源郷に迷い込んだのか、雰囲気とともに呑まれてしまう人もいる。興奮し過ぎて小川に落ちてしまう人もいた。


 初めて彼と桜を愛でたのが3歳の時、両親に連れられて行った桜まつりで偶然出会った父の友人、その子供と一緒に時間を共にしたのが始まり。


 桜まつりとは言っても、地元民が集まる数百人規模のお祭りで、出店もやきそばやたこ焼きなどの主要な物が数店しかない程度。


 4歳、5歳、6歳……彼のこと想って、毎年桜まつりには必ず行ったが彼と会うことは無かった。父に聞いても何も答えてくれない。


 小学校になると両親と出かけるのが恥ずかしくって行かなくなり、中学生になるとそんな事も忘れて部活に打ち込んだ。あの美しい桜通りにもほとんど行かなくなっていた。


 部活は小学生の時に興味を持って初めたピアノの影響で吹奏楽部。鍵盤を自在に操り様々な音を奏でるピアノ。同じ曲でも人が違えば感情の込め方が違う、想いの乗せ方が違う、聴いた人の心も明るく出来る楽器に心を奪われてのめり込んでいった。


 ピアノを弾いていると心の中に桜吹雪のような美しい世界が広がり私を満たしてくれる。

 聴いている人は、まだまだ実力不足のせいか赤や茶色い枯れ葉が舞っている世界にしか感じられないようだが、いつしか皆に私と同じ世界を見てもらいたい。


 そんな想いを胸に桜まつりに向けて練習を重ねた。私たちの曲を聞いた全ての人に良かったと言ってもらいたい。小節ごとにイメージを固め微調整をしつつ全体のバランスを整える。そんな思いで必死に練習したが、奏者には選ばれなかった。


 

 桜まつり当日。地元民のお祭りを象徴するようにステージカーがドカンと置かれ、360度の桜と桜吹雪が各団体の出し物を盛り上げてくれる。


 子供会のヨサコイソーラン、婦人会の阿波ダンス、大道芸やカラオケ、バレースクールのPR的演舞。


 ステージカーの回りに観客の拍手が響き渡る。最高潮に達した所で市長の挨拶……一気に場が冷えてしまう。


 そんな雰囲気の中で招かれた吹奏楽部の演奏が始まった。



「春香ちゃん……」


 振り返ると男の人が立っていた。笑顔で「久しぶりだね……」と声をかけてくる。知らない男性に怪しさを覚えたが……桜吹雪に押されるように幼い頃の思い出が蘇る……


「21回目の出会いだね……覚えてるかな……小さい頃の約束を……」


 約束……頭の中に現れる幼き日の記憶。父と行った桜まつり、男の子と出会った思い出……


「あぁ……」


「思い出したかな」


 あまりの感動から夜に家を抜け出して内緒で会ってたんだっけ。土手で再会した男の子。あの晩、月明かりに照らされた桜がとてもキレイだった……土手で見る桜……川へ転落した……お・も・い・で……。


「そう、君は3歳の時に死んだんだ。あの時7歳だった僕と」


 その時に約束した。この場所で3歳の君と7歳の僕が交わる回数ときにここに迎えに行く約束を……。君は死んだことに気づかなかったんだね……事実を認めたくなかったんだね。


「それももうおしまい。3と7は特別な意味があるんだ。3回忌と7回忌のようなね。その数字が交わる21」


「でもね、僕の命を君にあげられるって……神様が許してくれたんだ……君だけはやり直してほしい……僕の分まで生きておくれ」



「……るか……」

「……るかちゃん」


「だれ? 私を呼ぶのは……怖い、冷たい……私は死ぬの?」


 空に広がる夜空に輝く美しい月、何人もの人が私を抱きかかえ一生懸命に呼びかけている。


 ここはどこ? わたしは……演奏会は……桜まつりは……彼は……。


「「春香ちゃんが目を覚ましたぞー」」


 目の前にいるふたりは誰? ……パパ……ママ……?


「良かった。死ななくて本当に良かった……」


 目の前にある時計は0時00分28秒……今日は私の4歳の誕生日……交わりが解けた日。



 桜を見ると思い出す昔の記憶。


 夢だったのか現実だったのか……




 そして今、私は桜まつりのステージカーで奏者としてピアノを弾いている。舞い散る桜の花びらが涙でよく見えなかった。


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