【KAC20217】21回目に受賞出来るとは思わなかった

木沢 真流

受賞インタビュー

 思えば21回目になるのか、長い道のりだった。

 最初は12回で終わりにしようと思っていた。毎月一作ずつ投稿し、一年もかければ一つくらい受賞出来るだろう、そんな思いで私の挑戦は始まった。ところが驚いたことに、移り変わる季節が一巡しても、私の作品は選外佳作にすら選ばれなかった。言葉遣いがまずかったのか、いやいや展開がマンネリ過ぎたか。待てよ、最初のヒキが弱かったから読んでもらえなかったのか? 毎回毎回、私は悩みながら執筆を続けた。

 時には有料添削も依頼した。返事はケチョンケチョンだった。


「そもそもキャラクター設定の時点で、面白くなりようがありません」「あなたの書いているものは、まとめるとただの出来事です」「もっと名作を読んで勉強した方がいい」

 タバコの匂いが染み付いた私の作品。コーヒーでもこぼしたのか、所々染みで汚れていた。私は大事な赤子を踏みつけられた思いだった。

 しかし私は諦めなかった。

 13回、14回とその後も挑戦し続けた。そして節目の20回を迎え、落選の通達を受け私はいよいよ諦めた。

 ただそんな私がこうして21回目の応募で最優秀賞を勝ち取るとは誰が予想しただろうか。20回で止めていたら、この栄光は無かっただろう。

 101回目の何とやらというドラマがあった、人生は999ラウンドあると言ったアメリカ大統領もいた。これらの言葉は諦めないで続ける事がどれほど大事かを教えてくれる。


 ただ願わくばこの受賞を生きているうちに知りたかった。喜びを、感謝をみんなに伝えたかった。しかしそう物事はうまくは行かない。あのゴッホだって諸説あるが生きているうちに売れた絵は一つという話もある。ピカソだってそう、あの君主論を書いたマキャベッリもまさか自分が政府に登用されるために書いたマニュアル本が500年以上後にリーダー指南本として世界に知れ渡るなど想像もしなかったに違いない。


 だからいいんだ、時代は変わって、私の知っている人が全ていなくなって、世界がその様相を変えても、私の作品が世に認められるならそれはこの上ない幸せだ。

 私がこうやって書を遺しておいたお陰で思いは伝えられる、私を支えてきてくれた人たち、本当にありがとう。最後に——ここに栄誉ある最優秀賞をいただき、大変嬉しく思います。


「——嬉しく、思います……。遺書?」


 俺は急いでノートPCを閉じた。


「ばか! 勝手に後ろから読むなよ」


 夢中になりすぎるあまり、姉の接近に気づけなかったのは不覚だった。

 時刻は22時。俺は静まり返ったリビングで、パソコンに向かって執筆をしていた。一番集中できる時間だった。


「あんた……まだ二十歳のくせに遺書とか、ひくわ」

「るせえな、人の書いてるの盗み見る方がキモいわ」


 執筆を始めたのは高校生だった。自分の創ったストーリーを友人が褒めてくれて、文化祭の企画に応募したのだった。俺の書いた小説が短編集の冊子になり、それが思った以上に高い評価を受け、その時好きだった子から「とし君ってこんな才能あったんだ」なんて言われて調子に乗ったのを覚えている。

 それから趣味で書き始めた。あるとき見かけた雑誌の短編公募に挑戦してみた。まずは一年間、毎月応募すれば何らかの反応はあるだろう、そう思ったが、すべて空振りだった。

 この鬱々とした思いを昇華すべく、書き続けた俺が21回目に受賞して、その時自分は死んでいた、みたいなアホな妄想を書いていた。それをよりによって姉に見られるなんて。

 姉は風呂上がりの濡れた髪をタオルでこすりながら、乳酸菌飲料の蓋をあけると、ダイニングの椅子に腰掛けた。そして一気に飲み干す。


「ぶはー、やっぱ風呂上がりのR1はサイコーだねー」


 ビールじゃねえんだから。早くどっか行ってくれないかな、じゃないと執筆の続きができない。そう思いながら貧乏ゆすりをしていると、姉がぼそっとつぶやいた。深夜の静寂にその声がはっきりと響いた。


「あんたさ、まだ書いてるの?」


 え? と答えてはみたものの、まあね、くらいしか返事ができなかった。

 姉はふうん、と唸ってから、髪をしごくと脱色された茶色の毛先をくるくるさせた。


「あのさ、あたしよくわかんないけどさ、20回くらいダメだったからってさ、凹んでんじゃないよ。本気でやってる人はその何倍もやってると思うよ」


 小説を書いたこともないくせに、偉そうに。


「あとさ、やっぱ読んだら? 読みまくったらいいじゃん。『半実話あやし奇譚』の作者の人って、五千万字読むって。五百冊だよ? それだけやらないと書籍化はされないってこと」


 分かったようなこと言って。昔っからそうだった、いつでも俺のことを子ども扱い。それでいて口も達者な姉の言っていることは筋が通っていて、反論できないから尚更たちが悪い。


「——あんたにはさ、それが出来るんだからさ」


 夜中のツーン、という蛍光灯の音が耳をつんざいた。姉のその少し寂しげな声が、まだリビングの中にたち消えずにふわふわと残っていた。

 姉がこの机に座っていた映像が頭をよぎった、8年前のことだった。

 あの時俺は中学1年生、姉は高校3年、受験生だった。パソコン販売の仕事をしていた父の収入は不安定で、俺たち一家はそれなりに苦しい家計をやりくりせざるをえなかった。自分の部屋などはもちろん無く、勉強するときはこのリビングにある一角のスペースしかなかった。受験というものをよくわからなかった俺はテレビに夢中で、大声を出して笑ってはしょっちゅう姉から怒鳴られた。結局姉は志望校に合格したが、その大学には行けなかった。特待生以外でその大学にいける余裕がうちにはなかったからだ。その後医療系の専門学校に行き、早々と就職した。俺はというと、やっと父の仕事が軌道に乗り収入が安定してきたのもあって、入りたい大学に入ることができた。もちろんバイトをしながらだが。

 姉は昔から頭が良かった。言われたことは忘れない、言われないことまで気づいて行動できる、いわゆる賢い人だった。

 姉が今の自分だったら、間違いなく志望校に行っていたのだろう。入りたい会社に入って、もっとやりたい仕事をしていたに違いない。

 あの頃俺が騒いでいなければ、姉は特待生で志望校に行けたのかもしれない。あの時のこと、まだ姉は恨んでいるだろうか。

 

「はい、これ」


 トン、と机の上に湯気を立てたコップが置かれた。中には作りたてのココア、俺の大好物だ。


「あんま無理すんじゃないよ、じゃねー」


 そう言いながら、姉は寝室へと去っていった。  


 何度もチャレンジしてうまくういかないと自分が惨めな気持ちになる。でもそのチャレンジが出来ること自体恵まれているのかもしれない。世の中にはきっとしたくてもできない人もいるだろうから。

 とりあえずこの話はKACにアップしよう、そう思って俺は今、期限に間に合うように急いでこの話を締めくくっている。


(この物語はフィクションです)

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