3

 あんなに賑わっていたのに一つ階を下りるとこんなにも静かなんて。階段を下りる自分の足音しか聞こえない。現実に戻るようでひどくそれが落ち着いた。


『さっきのなんなの』


 聞こえてきた声に笑みがこぼれる。彼女とこうして話せることが本当の落ち着く理由なのかもしれない。感情的に文句をいっている様子は子供のようで面白い。きっと僕の変わりに怒ってくれているんだろう。相変わらず優しいな。


「悪気があったんじゃないから大丈夫だよ」

『私が大丈夫じゃない。あいつら嫌い、第一ああいった人間に絡む歩も歩で』

「はいはい、ちょっとトイレいくからね」


 わざと僕に振ったわけではないことくらいよくわかっている。関係が深いわけではないが彼らがこの手の話題でふざけるなんてないから本当に何気なくだったんだろう。それこそ以前は興味本位で聞いてきたりからかってくる奴らもいた。あいつらの視線と彼らのものは明らかに違うし聞かれたことに対してそんなに怒っているわけでもない。

 

 ただユキにとってはスルーできることではなかったんだろう。ずっとそうだ。昔からなにかあるごとに喧嘩を買おうとしてたっけ。僕が必死に止めてその場はおさまってもあとからずっと愚痴をこぼしていた。そこには優しさが詰まっていて辛かったのにホッと安心するような温かさがあった。

 

 手洗いを済ませたあともブツブツいっている様子に苦笑いをしつつトイレから出たとき思いもよらぬ人を目にして足が止まった。向こうも目を見開いてこちらを見つめるがフードを深く被るときつくこちらを睨んだ。


 掛けようと来た声が喉で支える。挨拶をしようとしてあげた手は中途半端な位置で止まった。


くわれちまったんだろ、と先程の声が頭をよぎる。分かっていたのにまだ頭では理解しきれていない。こちらを睨みつける姿は別人、自分の知る彼女は消えてしまったのだということに。

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僕らが一人になる方法 白綾 @myi4573

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