第23話 たどり着いたけど
ナイスミドルは立っていた若いお兄さんに、隊長さんとおじさんを呼ぶように命じて私に向き直った。
「ヨルンの状態はわかるか?」
(まだ大丈夫と思う。でも嫌な感じ。変なのが流れてくるのが細くなった。ヨルンさん、私に流れないようにしてる)
「始めたところか。視界は共有できるか?」
(やり方、わからない)
会話をしているところにおじさんと隊長さんが足早に入って来た。
「アミット、ダルト、塔に向かう準備を。
奴らは精霊化の実験を始めた。状況から考えて圧縮した魔力を注ぎ込んでいる最中だ」
「は?」
「この子はヨルンと契約しているのだろ? 教えてくれたよ」
「いや仮契約だって話だけど」
それもしてたけど、なんか別の契約っぽいのもしちゃったんですと首を振ると隊長さんに目を丸くされた。
おじさんの方は契約とかどうでもいいのか、部下っぽい人に指示を出している。
「お前、あいつと契約して何ともないのか? 魔力過多で破裂しないの?」
破裂って……契約ってそんな風船みたいな事になるの? ちょっとビビるんだが。
っていうか、だからヨルンさんは大丈夫なのかとかやけに聞いてきたのか。
とりあえず平気だよーと頷いて見せる。
でもさっきからじわじわとジクジクするような嫌なものが、しみ込んでくるように広がってきている。
私自身は呼吸するごとにそれを外に出して身体の中をクリアにしている感じがするから平気だが、随分と流れてくる勢いが弱いから向こうでヨルンさんが絞っているんじゃないかと思う。だとすると心配だ。
もっとじゃんじゃんこっちに流してくれても平気だよ!
そう伝えたいがヨルンさんに伝える方法がわからない。
「君も行くか?」
そわそわしているとナイスミドルに言われた。
行っていいの? と隊長さんを見ると、顔を顰められた。駄目っぽい。
「陛下。連れていく必要は――」
「ヨルンの居場所、案内出来るのだろ?」
あ、はい。それはなんとなくわかります。あっちの方かな?ってレベルだけど。
うんと頷くと、隊長さんの方に押しやられた。
「という事だ。連れて行った方が早い」
「……じゃあ俺から離れるなよ」
了解であります!
びしっと手を敬礼にして、隊長さんのマントの下に潜り込む。
「アミット、アルノルト殿の魔道具は用意してあるな?」
「準備完了しております」
「相手は塔の魔導士だ。常識は通じない。全て無力化させろ」
「御意」
隊長さんが頭を下げるのが動きで分かった。
その直後に走り出し、絨毯の敷かれた廊下をとんでもない速さで駆け抜けていく。
絨毯が途切れたところでおじさんと隊長さんの足音にさらに多くの人数の足音が連なった。
階段を駆け下り、廊下に出てそこからさらに外に出て、敷地内だろうと思うが緑の地面を踏み荒らしていった先、唐突に足を止めたところで隊長さんが剣を引き抜いて何かを切った。
……まさか人切った?
いや、確かに殴り込みをかけるわけだからそういう可能性もあるのだが、心臓がばくばくする。
「ちっ、ガーディアンが多い。おっさん、魔道具は!」
「ゲートに仕掛ける」
「じゃあさっさと行け、よっ!」
言いながら、ガギャという金属音というか、固いものを叩き壊す音が聞こえた。
ガーディアンというのは、人ではなくて人工物的な何かという事だろうか。ちょっとほっとした。
大立ち回りする隊長さんの背中に申し訳ないがちょっと爪立ててしがみつく。動きが激しくてこうでもしないと振り払われてしまいそうだ。
他の人達も奮戦しているらしくて見えないがあっちこっちで固いものを叩き落したり壊したりする音が聞こえる。
そうこうしていると、ドンと地面が突き上げられるような揺れがあった。
「結界は破壊した!」
「よっしゃ!」
おじさんの声にはしゃぐような隊長さんの声。
すぐに走り出した隊長さんは建物の中に入ったようだ。地面が固い石になっている。あと、すごい薬草臭い独特な匂いがする。
「おい、どっちだ?!」
隊長さんの声に、にょろりとわき腹を回って脇から顔を出し、『上』と指で指し示す。
「上だ! 来れる奴だけついてこい!」
「なんだお前達?!」
「近衛?! 何で近衛がこんなことを――」
隊長さんは問答無用で出て来た魔導士っぽい紫色のマントの人を殴って昏倒させていた。その早業に思わず黙祷を捧げてしまう。
あれだ、魔法使いってやっぱり近接駄目なんだね。何も出来ずに無力化させられちゃって後ろから来てる他の人に縛られている模様。
隊長さんは一顧だにせず階段を駆け上る。ここまで全力疾走してきて大立ち回りしているのにその足運びには乱れが一切ない。さすが鎧の人の隊長だ。体力おばけだ。
上の階に行くとまた魔導士っぽい人が出てきたようだけど、叫び声とか咎める声だとか、そういうものの最初の一文字か二文字言えたらいい方で、出会い頭にぶん殴られて終わっている。
私は隊長さんに聞かれる前に、まだ上だよとにょろっと顔を出して上を指さしナビゲートを続ける。
それを繰り返す事三回。そろそろ高さ的にも最上階かと思った頃、あぁここだと思った。
扉から出て来た魔導士を問答無用で昏倒させた隊長さんに、この部屋と指さすと隊長さんは頷いてくれた。
部屋の中に入った瞬間、パシュっと何か音がして、隊長さんが身を低くした。
「いきなり攻撃してくるとは穏やかじゃねーな」
「それはこちらのセリフだと思うが?」
隊長さんの言葉に、ごもっともな言葉を返すぬめっとした感じの声。ねばつくというか、人の神経を逆なでするような嫌な声の出し方をする人だ。
「罪状はもう上がってるんでね。こちらは仕事をしてるだけなんだよ」
「罪状? 何のことだ?」
別の方向から、ひどく不思議そうな声がした。
「それは貴様らが禁術を使用した事だ」
後ろからおじさんの声がして、たぶん他の人の意識がそちらに移ったのだろう。隊長さんが唐突に動いて、何か物があたる音やら金属がぶつかり合う音やら聞こえたと思ったらマントを外された。
ちょ!?
私姿晒していいんです?! と思ったら「ヨルンを起こせ」と囁かれてマントごと投げつけられた。
どしゃっと固いものにぶつかって、相変わらず隊長さん酷いわ……と思いながらヨルンさんの気配を探ったら、下に居た。どうやらヨルンさんにぶつかったらしい。申し訳ない。
もぞもぞとマントの下で動いてみると、なんかヨルンさん、服着てないのですが……一体どんな状況だったの? 指定が入る状況だったんでしょうか……?
と、呑気な事を思っていたのはそこまでだった。
マントを避けて顔を覗きこんだところで息を飲む。
倒れているヨルンさんに意識は無かった。急いで見て動いている胸で息があるのはわかったが……閉ざされた目からは赤いすじが垂れていた。目だけじゃない。鼻や耳からもそれは側面を伝って石の床に落ち、ぽたりぽたりとそこに赤い水たまりを広げていた。半開きになっている口元には泡を吹いたような跡もあり、綺麗に切りそろえられていた金髪も何故か無残に切られ――よく見ればその微かに動く胸も刃物で切り刻まれている。
とても無事なようには見えなかった。
ちょっと、落ち着こう。
ほら、囮って言ってたんだから、こういう事があるかもしれなかったわけで。うん。
うん。
うん。
ちょっと。
いや、かなり。腹の奥というか、胸の底というか、荒れ狂っている。はくはくと息が乱れる。
何だこれ。何だこれは。ふつふつというか、ぐつぐつというか、せりあがってくる怒りに目の奥がチカチカする。どんどん身体の内に荒れ狂う何かが溜まっていく。
いやそんな事よりも今はヨルンさんを助けないと。でもどうやって? どうやって助けたらいい?
混乱する頭のまま身体の中は荒れ狂っていく。
どんどん大きくなって、段々と息が苦しくなる。
いや、落ち着け。落ち着こう、落ち着いて。
早く起こしてヨルンさんを救護してもらわないと。
冷静な自分が必死に身体を動かしてヨルンさんの頬を尻尾で叩く。けれど、ヨルンさんは全く反応しない。私に流れる気味の悪い感覚はまだ絞られたままで無意識にそんな事をやっているんだろうかと思ったら涙が出て来た。
起きて! ヨルンさん!
血に濡れた頬に頭をこすりつけ、刺激を与えるけどやっぱり反応は無くて。
死んじゃうかもしれない恐怖と身体の中で暴れる何かが混じって叫び出したい衝動に駆られる。
そんな無駄な事をしている暇は無いとわかっているから必死で耐えて肩を叩いたり、腕を持ち上げたりするけど、ぱたりとその腕も落ちて――
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