第24話 その正体は(ダルト視点)

 それはいきなりだった。

 ぞわりと今まで感じたことのない悪寒が身体に這い上がり、咄嗟に地面に伏した瞬間――塔の上部が跡形もなく吹き飛んだ。


 ……は?


 一瞬、何が起きたのかわからず動きを止めてしまったが、それは俺だけじゃない。

 他の奴らも運よく助かった者、瓦礫に埋もれた者、それぞれ何が起きたのか理解出来ず日の光が降り注ぐ辺りを見回していた。

 見事なまでに天井が吹き飛んで、不気味に赤黒く光る文字で埋め尽くされていた壁もところどころ崩落している。そして俺も含めて、ある一点に視線が固定された。

 揺らめくような白い光を身に纏い細い身体を宙に浮かせたそれは、爛々と光る黄金の目でこちらを睥睨していた。極めつけは頭部のやや後ろから広がる、ふわりとした羽毛のような柔らかそうな羽。

 こんな状況なのにただただ綺麗なその羽を見て、理解した瞬間冷や汗が噴き出た。


 ……嘘だろ。


ルゥゥゥゥ……


 そいつはうなり声をあげるとあたりにとんでもない風を撒き散らし、しかもその中に白い雷撃を織り交ぜ始めた。

 腕に嵌めた魔道具が瞬くように輝き、俺の周りに薄い膜が張られなんとかそれを弾いてくれたが……先代のじいさんの防御用魔道具がなかったら死んでたかも……

 まさかと思ったが、あいつ白峰の主の眷属だ。小さいがあのナリは主と瓜二つ。ちらっと後方にいたおっさんに目をやれば、普段見せた事が無い驚愕した顔があった。

 とにかくあいつをどうにかするのが先か。


「落ち着け!」


 声を張り上げるがヨルンお気に入りを害された怒りで狂っているせいか届かない。弾けるような雷撃の音の合間から唸り声が段々と大きくなり、さらに空気を振動させている。

 やばいな……このままだと塔ごと破壊されるかもしれない。

 だが前に進もうにも暴力的なまでの風が邪魔して全く進めない。塔の魔導士連中もかろうじて残っていた壁に叩きつけられてそのまま風に押さえつけられているような有様だ。

 あいつの真下にいるヨルンは全く影響を受けていないのがなんともむかつくが、そんな事を言っている場合ではない。あのフェザースネークもどきがプッツンした理由がヨルンなら、ヨルンの声で正気に戻るだろう。

 俺がヨルンを起こせって言ったのに、何で俺が起こさなきゃならないんだよ……


「ヨルン! 起きろ!! 起きて止めろ!!!」


 これだけ必死に叫んでいるのに、ヨルンの奴ピクリとも動かない。さっき見た時は確かに呼吸があるのを確認したが、まさか精神に何か影響をきたしているのか……?

 あぁくそ……! 平気そうな顔しやがって! 全然平気じゃなかったんじゃねぇか! どうすんだよこの状況! 想定外すぎるぞ! 下手したら白峰の主が察知してこの国丸ごと潰されるかもしれないってのに……!

 敵も味方も何もかも這いつくばって怒れる精霊の眷属にひれ伏すしかなかった。


「何がどうしてこうなっているんだ」


 不意に、低い滑らかな声が聞こえてきた。


「よりにもよって人に繋がっているとは……とにかく落ち着け。気を静めろ」


 すっと風が止み、雷撃が収まった。

 急に抵抗が無くなった前を見ると、白峰の主の眷属を背の高い白い髪の男が抱いていた。

 人間でないのは見なくてもわかる。存在感がまるで違う。居るだけで身体が竦む白峰の主と同等の存在だ。

 その頭についている丸い耳からして、おそらく北の主。何の表情も浮かばない無の顔で白峰の主の眷属を見下ろしていた。

 白峰の主の眷属は我に返ったようで、いつものように何やら必死にアピールしているようだが、北の主には何一つ伝わっている様子はなかった。


「言いたいことがあるなら念を使え。もしくは姿を変えろ」


 北の主が金色の目を向けてそう言うと、白峰の主の眷属はぐっと身体を丸めて力を入れ始めた。


「力を入れてどうする。そうではなく、周りの気を取り込んで腹で練って思い浮かべる姿に転じるのだ」


 ハッとした様子で白峰の主の眷属は北の主を見上げ、それから目を閉じた。しばらくじっとしていたかと思ったら、ふわっと白い光に包まれて白峰の主の眷属は、異国のローブに身を包む幼女に変わった。変わってしまった……つまり…あいつは、眷属じゃないって事で……


「おい坊主……お前、なんてもんを連れてきたんだ」


 後ろからそろりそろりとにじり寄ってきていたおっさんが囁き声で苦情を入れてくるが、俺だって知らなかったんだからどうしようもないだろ。

 しかも眷属かと思ったら精霊そのものだったとか……菓子をぽりぽり食べてたり魔導士にほいほいついていって懐いている様子からどうやって気づけって言うんだよ……


「こっちだって今知ったとこだ」

「あれは白峰の精霊ではないのか」

「なんか大きさ違うけどな」

「もしや、次代か?」

「………そうなるのか?」

「それしか思い浮かばんだろ」

「やばい…よな?」

「やばいで済めばいいがな。子が怒れば親もしかりだ」


 精霊の怒り。しかも白峰の主は天竜、すなわち風水雷の珍しい混成タイプだから気性が激しい。今ここに居なくて良かったと心底思う。


「シロクマさん! ヨルンさんを助けてください!」

「……業腹だがそうするしかないか。助けたいならそなたの母を呼べ」


 え。と俺とおっさんが白峰の精霊らしきもの幼女と北の主の言葉に固まる。

 あれの母という事は、白峰の主以外に思いつかないのだがそれを今ここに呼ぶのか……というか、今北の主に対して白熊とか言ったか?

 だが精霊同士の会話に割って入るなどと言う暴挙はさすがに出来なかった。


「ははさまーーー!!!」


 大きく息を吸った幼女が空に叫んだかと思ったら、ピシャーンとその場に雷が落ちて白い背の高い女性が現れた。

 間違いなく、白峰の主だ。北の主に続いて桁違いの存在感に膝が震えだすのを殴って止める。


「おお! 可愛い子よ! とうとうやったか!」


 輝かしいばかりの美貌を嬉しそうににこにことさせ、白峰の主は幼女を抱き上げたが、幼女の方がべしっと主の顔に両手をつけて口をふさいだ。


「母様! お願い、ヨルンさんを助けて!」

「ふぉるん?」


 口を塞がれたまま首を傾げる白峰の主に、幼女はえいっと飛び降りて未だぴくりともしないヨルンに近づいた。


「おや珍しい。半精霊じゃないか。随分中身がボロボロだな、目も耳も逝ってしまっておる」

「半精霊だと?」

「そうであろう? ほれ、風のが少し見える」

「……だからか。繋がってしまったのは。変だと思ったのだ」

「何をブツブツ言っておるのだ」


 北の主に言いながら白峰の主が手をかざすと、ヨルンは一瞬白い光に包まれた。


「ほら、これで大丈夫だ。どうだ? 母はすごいであろう?」


 どや顔で幼女に自慢する白峰の主に、だが幼女は見ていなかった。倒れたままのヨルンの腹に抱き着き盛大に泣き出した。

 褒めてもらえずしょんぼりする白峰の主に、となりの北の主がため息をついていた。


「なあ氷の。何故我が子は泣いているのだ?」

「私に聞くな。そもそもお前がしっかり子を見ていないからこのような事態になったのではないか」

「ちゃんと危なくなったら叫べと言っていたぞ?」

「転変も念も出来ない子から目を離すなと言っているのだ」

「ははは。氷のは意外と過保護なのだな」

「お前が無頓着過ぎるのだ! この子は転変の仕方すらわかっていなかったぞ!? ちゃんと教えたのか!」

「教えたとも。ぐっとやってぱっとすれば出来ると、ちゃんと教えた」


 胸を張っていう白峰の主の頭を鷲掴みにする北の主。


「それを、ちゃんと、とは、言わない!」

「あだだだ。氷の? 痛いんだが?」


 ぴしぴしと白峰の主の頭が凍っているが……痛い、だけなのか。


「しかもお前! 一番大事な名の繋がりを教えていなかっただろ!」

「んん? しかし氷の、話せなければ繋がれないだろ?」

「だったら何でこの半端者と繋がってるんだ!」

「え? そうなのか? 何でだろう?」

「何でだろう。じゃない! こっちが聞きたいわ!」


 頭を鷲掴みにされたまま首を傾げている白峰の主の足元で、大号泣したままの幼女。動くに動けない俺たち。無茶苦茶だ。

 状況を打破したのはヨルンのうめき声だった。


「っ……」

「ヨルンさん!」


 よろよろと、という具合だったが身体を起こす様子に少し力が抜けた。

 心配させやがって……


「なぁそこな坊主、何故我が子とそなたは繋がっているのだ?」


 ようやく意識が戻ったヨルンにいきなりそんな事を聞く白峰の主。

 ヨルンは上体を起こしたまま声のする方を見上げて固まった。

 固まるよな……普通固まるわ。俺でもそうなる自信あるわ……


「おい。事と次第によっては許さんぞ」


 と、今度は威圧を込めた北の主の言葉。一気に顔色が悪くなるヨルンだったが、その前を塞ぐように幼女が両手を広げて塞がった。


「ヨルンさんは怪我人です! 何かあるならきちんと体調が戻ってからにしてください!」


 肩を怒らせ白峰の主と北の主を睨みつける幼女。その周囲にはまたバチバチと白雷が唸り出していた。

 睨まれた方の主たちは何故かうっという顔をして後ずさった。


「ま、まて我が子よ。母は何もそこな坊主に喧嘩を売っているわけではないのだぞ? ただどうしてかと聞いておるだけだ。な? 怒る事ではあるまい?

 氷の! お前が怖い声を出すからだぞ?! 謝れ!」

「なぜ?! 私はまっとうな事を言っただけだぞ!」

「そのような事関係なかろう! 我が子がここまで怒るなど今まで無かったのだ! いいから謝れ!」

「意味もなく謝る道理がどこにある!」

「ここにある! 意味もある! 我は子に嫌われとうない!」

「なんだそれは!」


 喧嘩を始めた二体の精霊に周囲の気温が下がり、ごうごうと風が渦巻き始める。


 おいおいおい……まさかここでやるとか言わないよな……


 残念過ぎる会話に虚脱感に包まれそうになるのを何とか堪えていると、幼女がヨルンの魔封じの手枷を引きちぎってから俺の所へ連れて来た。

 え…おい、ちょ……後ろ、すげーヨルン睨まれてるぞ。手を繋いでるのが羨ましいとか?


「隊長さん、ヨルンさんをお願いします。

 母様感情が高ぶると所かまわず風を撒き散らすから危ないんです」


 全くもう、と頬を膨らませている幼女もさっき白雷を唸らせていたんだが……

 俺の何とも言えない気持ちには気づかず、幼女はすたすたと喧嘩を始めている精霊達のところへ戻って「怪我人がいるのでここで力撒き散らさないでください!」と怒鳴っていた。


「ダルト、あの子は? それに何故北と白峰の主がここに?」


 顔についた血を手で拭いながら、状況が飲み込めないのか戸惑った顔で聞いてくるヨルン。


「なぁヨルン。お前、なんて奴と契約してるんだよ」

「……?」

「あの幼女、お前の腕にくっついてたフェザースネークだ」

「……え?」

「で、白峰の主の子供だ」

「………ダルト、くだらない冗談は」

「だったらいいのになー。お前が死にそうになってるせいであいつ怒り狂ってこの部屋吹き飛ばして危うく俺も死にそうになったんだけどなー」


 棒読みで言ってやったら、北の主に圧を掛けられた時同様ヨルンの顔からさーっと血の気が引いていくのがわかった。

 心配させた罰だ。少しは焦ろと思いながら、しかしこれからどうやって精霊達あれにお帰り頂いたらいいのか……気が遠くなった。

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