第22話 思ったよりも早い展開(ヨルン視点)

 ダルトと別れて牢に入ると、何故か恨めしそうな顔で司法官に睨まれた。


「どうしてあなたは自分からこのような事を……」


 おそらく何も知らされていないのだろう。いきなり上司が中立の立場を翻してさぞや混乱していると思われるが、ここで詳細を語る必要も義理もない。

 黙って座り壁に背を預けると、諦めたように去っていった。

 さて、これからどの程度で連中がやってくるか……

 ダルトの前では強がって見せたがどれだけ持つかは、正直わからない。当時子供の身体では出来ない類のものもあった。そう考えれば今回はより過激なものになるだろう。

 幸い、数日もすれば助けが入るのはわかっているので精神的には楽だ。

 どの程度この牢に居られるだろうかとぼんやりしていると、早々に連中はやってきた。

 二人組の光沢のある紫色のマントを羽織った、相変わらず顔色の悪い連中は私を見るとにやつきを抑えられなかったらしく口元を歪めている。

 牢屋担当の人間に書類を出して引き継ぐ旨を述べたが、先ほどの司法官が何かしたのかなかなかすぐに引き継ぐ事にはならなかった。苛立った連中の一人が塔を信用しないのなら今後一切警備に回す魔道具は無いと横暴な事を言い始め、担当者を青ざめさせていた。急いで担当者は上に確認すると走っていったが、無駄な事だ。上は買収されているだろう。

 連中はにやついた顔のまま鍵を勝手に取ると私の入った牢を開け、顎をしゃくった。


「久しぶりだなぁ」


 肌にまとわりつくような嫌なねっとりとした声に反吐が出そうになるのを堪え、無言で牢を出る。


「従順で嬉しいよ。さすが我々が手掛けた芸術品だ」


 別な奴がうっとりと手を伸ばしてくるのを縛られた両手で払いのける。

 それでも気持ちの悪い目をしてこちらをうっとりと眺めるのは変わらない。

 記憶にある当時と変わらぬ……いや、あの時より年を重ねた分一層酷く淀んだような様子に予想通りではあるが辟易としてしまう。

 無言で連中の後ろについていくと、もう見る事はないと思っていた緑の蔦で覆われた高い塔の姿が目に入った。

 一瞬身体が強張るが何事もない振りをしてその塔の中へと入る。

 相変わらず塔の中は雑然としているようで資料の紙と本、それから試薬や魔道具、ガラクタが山と積まれている。


「さあ早く始めよう。話を聞いてからすぐに準備を始めたんだ」


 階段を上へ上へと昇った先、扉の奥には天井に、床、壁とびっしり魔導文字が描かれた儀式空間が広がっていた。用意周到というか、隠す気も無い程清々しいまでにこれでもかと禁術を使用した空間だ。さらなる魔力を器に。そう読み取れ内心嘆息する。

 いくらこの身が魔力を蓄える事に対して高い強度を持っていると言っても限界がある。それを無理やり肉体強度も高めて可能としようとしているのだが、果たして今回はどこまで意識を保っていられるのか……子供の頃は激痛で意識を飛ばしたが、今はそこそこ保っていられると思うが。

 背を押されるまでもなく、儀式空間の丁度中央。対象を置く場所に自分から歩いて入る。


「そうそこ。ちゃんと覚えているようだね」


 嬉しげな声に、心底げんなりした気持ちで振り返るとバラバラと入ってきた人間と合わせ五人、それぞれの位置に着いた。

 ダルトは数日は余裕があると言っていたが、あれはまだ塔の連中の思考を理解していない。数時間でもあればこいつらはある程度の実験をやり通す。敢えて訂正しなかったのはその方が確実に証拠が揃うだろうと思ってだが……私も少しぬるま湯につかり過ぎていたのかもしれない。魔導文字を読み進めるごとにあぁこれはまずいなと警鐘が鳴る。連中、ずっとお預けを食らっていた犬のようにこれでもかと詰め込んだようだ。数日……持つだろうか……。まぁ、死ななければなんとかなるか……。

 五人の男が視線を合わせると、同時に詠唱を開始した。詠唱に反応するように徐々に魔導文字が輝きだし外側から内側へと順々に起動していく。

 最後に私が立っている場の魔導文字が輝き、浮かび上がった文字が私の肌に転写される。

 ふーと息を吐いて痛みをやり過ごす覚悟をしていると、パンと乾いた音を立てて魔導文字が輝きを失った。


「……失敗?」


 男の内一人が訝し気に言った。

 内心自分でも変に思った。周囲を見る限り、失敗する要素が見当たらない。


「失敗だな……何故だ?」

「詠唱は完璧だ」

「魔導文字も理論上問題ない」

「呼応は?」

「いや、見ていないが消せるものではないだろう」


 口々に問題点を探ろうと言葉を交わす男達。


「確認しろ」


 一人が言い、この中ではまだ年若い男が私に近づいた。ひょろひょろとした連中にありがちな研究ばかりやっている魔導士。

 人を人と思わないその手が上着にかかり、咄嗟に払いのけそうになるのを堪える。

 両手を縛られている状態で上着を脱がされ、上半身を晒す事になるが……あぁそうか。そういえばそうだった。レフコースがアレを消したのを忘れていた。


「ない」


 胸に触れられるのを払いのけるが、男は構わず振り向いて他の連中に視線を向けた。


「確かに施したのか?」

「間違いない」

「あれは先代の宮廷魔導士長でも解呪出来なかった筈だ」

「我々でも解呪出来ないものだった」

「だが無いぞ?」

「どういうことだ」


 最後の一言は私に向けられていた。

 胸にあった魔力を外へと漏れ出させない呪いはレフコースが消してしまったが、馬鹿正直に言うわけがない。

 小さく笑ってやると、男達は一瞬鼻白んだがすぐに目を鋭くして指示を飛ばした。


「無いならまたつければいいだけの事だ」

「カナモミの菌粉は?」

「ある。ゴレギースの血糊もあったはずだ」

「ハクオウ結晶は?」

「先月別の実験用に取り寄せていた」

「こっちが先だ、もってこい」


 すぐにバタバタと必要なものを取りに走っていく姿に、これがまともな方向へ向けられれば有意義だろうにと、呪術に必要なのだろう髪を雑に切られながら無駄な事を思ってしまう。

 眺めていると働きアリのようにせかせかと魔道具や魔布をその場に整え急いで作られた試薬を瓶に入れて持ってきた。

 魔布の上に立つよう指さされ、黙ってそこへ移動すると等間隔に置かれた呪いを定着させる魔道具に試薬を垂らし三人の男が詠唱を合わせた。

 長い詠唱が終わると、魔布が赤く輝き私の胸に収束するかと思ったらパンと軽い音を立てて弾かれた。


「………」


 無言になる男達に、私も同じように内心無言になった。

 今、身体の内側で清涼な風が渦巻き潜り込もうとした呪いを弾いた。

 正直私も成功すると思っていたのだが……これは、レフコース?


「試薬を二番に変えてこい」


 取り仕切っている男が言えば、すぐに周りが動いた。

 そして用意された試薬で再度試みられ、また弾かれた。


「………試薬を六番に。その魔道具をカスミ連動に変えろ」


 取り仕切る男が冷静に言っているが、額に青筋が見えた。

 苛立っているのがよくわかる。

 再度詠唱を開始したがまた失敗。

 条件を変えてもう一度やったが、また失敗。

 ここまでくるとレフコースがフェザースネークではない別の魔物というだけでなく、もっと高位の存在である可能性が出てくる。

 しかし、困った……まさか禁術を受けられないという状況になるとは……こんな事で悩むとは思いもよらなかった……先ほどまではどうやって数日耐えようかと思案していたというのに。笑いが出そうになるが何とか堪える。


「いい。こうなったら直接刻む」

「まて、それでは定着が不安定になる」

「後で重ね掛けの詠唱をすればいい」

「だがそれでは身体への負荷が強い。肉体強化はこちらの魔導文字で補強する予定では?」

「問題ない。こいつなら耐えられる」


 どこからそんな確証がでるのか、と思うがうまくいかなくて頭に血が上った男には関係ないのだろう。呪術用のナイフを持ってこさせるとそれで直接私の胸に呪いを刻んだ。

 今更切られる傷みはさほどではない。それよりもドロリとした呪いの魔力に気持ち悪さが身体の中を巡る。

 これまで弾いていた感覚がなく、さらにレフコースへのラインを逆流しそうなそれに咄嗟に目を閉じてラインを絞り、意識を繋ぐ。


〝レフコース。あなたに負担がかかるので、こちらからラインを切断します。少し衝撃があるかもしれませんが命に別状はない筈なので〟


 手短に伝えて少々手荒いが強制遮断をしようとしたら拒絶する意思が叩きつけられ、衝撃で少しぐらついた。


「はは……さすがに直接刻まれるのはお前でもきついか」


 いや、呪いそっちはそうでもないが、レフコースの拒絶はなかなか強烈だった。

 

〝…レフコース……このままではあなたまで危険なのです。大丈夫ですから、切らせてください〟


 再度伝えるが、拒否する意思が返されるだけだった。


「さあ手間取ったがやり直すぞ」


 男は薄く笑って、当初の配置につかせると詠唱を開始した。

 まずい。このままだと本当にレフコースに影響が出る。

 なんとかラインを切れないまでも流れないようにしないと……

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