第21話 ヨルンさんの素性

 ん?

 

 一瞬、胸のあたりがざわりとした。うまく言えないが、気持ちの悪い何かが流れ込んでくるような違和感があった。だが、意識を向けるとすぐに霧散してしまってわからなくなった。


「影はつけてんの?」

「つけてはいるが、塔の内部までは入れないな。あそこは腐っても魔導士としてのレベルは最高峰だ」

「腐ってるっていうより狂ってるからなぁ。っていうかもう塔の中に連れ込んだのか……さすが手が速い」


 両手を頭の後ろにやって椅子にもたれかかり、偉い人の前なのにいつも通りテーブルに足をのっける隊長さん。おじさんはえっらい目をして隊長さんを睨んでいたが、諦めてもいるのか少ししてため息をついた。

 逆にここまで一貫した態度とれるのはすごいわ……目の前に最高権力者がいるのに……


ん?


 なんか、また違和感が。今度はイガイガした感じがしたのだが、意識を向けるとまた消えた。なんなんだ?


「陛下……突入してもよろしいでしょうか」

「おっさーん。さすがに早すぎだろ」

「アミット、わかるがもう少し落ち着いてくれ」

「……申し訳ありません」


 頭を下げるおじさんだったが、顔は不服と書いてあった。隊長さんを叱る割におじさんの態度もどうなんだろうって感じなんだが……最高権力者の周りがこんな素直に従わなさそうな人ばかりでいいのだろうか……


 あ。まただ。今度はギシギシする感じ。またすぐに消えたがさっきから本当に何なんだ?


「なぁ……お前、さっきから何してるんだ?」


 はい?


「光ってるぞ」


 はい??

 隊長さんに言われて自分の身体を見るが、別に光ってはいない。


「いやさっき。今じゃなくて。一瞬だったけど光ってたぞ」


 そうなの? 特に私は何もした覚えがないのだが……

 首を傾げると、隊長さんは苦笑して大きな手で頭をぐりぐりしてきた。


「お前賢いようで抜けてるからな」


 なんだ抜けてるって。ちょっと聞き捨てならないぞ。


「ほら、また」


 指さされ、自分の身体を見れば確かにぼんやりと白く光ってる。

 っていうか、タイミングからしてあの変な感じがすると光ってるような?


「変わったフェザースネークだな」


 しげしげとナイスミドルにも見られちょっと恥ずかしくて、そっと隊長さんの後ろに隠れる。


「おや、隠れてしまった」

「あそうだ。作戦実行の時はこいつ預かってくれよ」

 

 え、それは困る。

 ぶんぶん首を横に振るが、隊長さんはガシっと私の頭を鷲掴みにしてぷらーんと目の前にぶら下げた。


「お前がいて何になるんだよ。安全のために俺は連れて来たの」


 え。そうだったんだ。てっきり救出部隊のお手伝い的な何かかと。


「事が終わればお望み通りにしてやるから」


 確かに隊長さんの言う通り、戦力になんてたいしてなんないんだろうけども……でもなぁ、大丈夫かなぁって気になって……

 ちらっとナイスミドルさんの顔を見ると「構わない」と頷かれた。

 そのままぽいっとナイスミドルさんの方に放られて、ぽすりと大きな手に受け止められる。

 隊長さんは突入の話でもするのかおじさんと一緒に出ていってしまった。

 代わりの護衛なのか、同じ群青色の軍服っぽいのを着た若い兄さんが入ってきて部屋の端に直立不動となる。


「君はヨルンを恐れないようだね?」


 あぁ、ヨルンさんの安定の好かれない体質ねと理解して、怖くないよと頷くと実に嬉しそうな顔をされた。


「良かった。あれにも心許せるものが出来ればきっと変わる事が出来るだろう」


 なんだかよくわからないが、ヨルンさんはわりと隊長さんとかには素を出してる思うが……そういう事ではないのかな? あれか? 小動物に悶えてるとことか、そういう部分のこと?

 首を傾げていると、ナイスミドルは声を潜めた。


「内緒なんだけどね、ヨルンは私の弟なんだよ」


 弟ね。ヨルンさんも兄のようなものと言ってたか…ら……弟? 弟のようなものではなく?

 慌ててきょろきょろと周りを見ると、大きな机の方に墨壺が置かれているのが見えた。仕事用の、執務机という感じだったのでナイスミドルに、あっち行っていい?と指さしてみると立ち上がってくれた。一緒に行ってくれるようだ。

 どっしりとした黒い机は滑らかな質感でとても良いもののようだ。広い机の上には、区画ごとに紙が纏められて重しで飛ばないように押さえられていた。


「机が気になるのか?」


 机じゃなくて、墨壺が。と、指をさすと首を傾げられた。


「それは墨壺だ。触ると汚れるぞ?」


 書く真似をして見せるがどうにも伝わらない。

 あー……ヨルンさんの読解能力が恋しい。

 机の上を見回して、真っ白な紙を見つけて今度はそっちを指さす。


「紙?」


 紙の上にすいーっと移動して書く真似をして見せると、今度は伝わった。


「あぁ、何か書きたいということか」


 うんうんと頷いて、墨壺を指さし首を傾げてみせる。

 ナイスミドルはちょっと面白そうな顔をして墨壺を紙に近づけてくれた。

 ありがたい。さっそく私は墨壺に爪をちょんちょんとつけて紙に文字を書いた。


「……文字……まさか文字を書けるとは」


 小声で驚いたという声を漏らすナイスミドルに、書いた文字が見えるよう身体をどかす。


(ヨルンさんのお兄さん? 義理のお兄さん? どっち?)


 ナイスミドルさんは内容が内容だからか無言で読んだようだ。


「半分だ。母は違う」


 ごく小声で囁かれた内容になるほどと頷く。義母兄弟という奴だ。

 って事はヨルンさん、本当に王弟殿下ってことか?! あ、いや、前の王が女王だったら王族ではないか? でも聞いてる風潮的に男の人が王っぽいような? 仕事してるのも男の人が多そうだし。


「驚いているようだな」


 目を丸くしてポタリと墨を落とす私をナイスミドルは面白がるように笑った。

 いや驚くでしょうよ。なんで王族(推測)が冷遇されてるの。周り誰も知らない……いや、隊長さんは知ってたのか。

 納得。そりゃ副隊長さんに言えないわ。王弟殿下ですなんて言ったら副隊長さん胃に穴が開きそう。


「これは極秘だからな。表ざたにすると政治のごたごたに巻き込んでしまうんだ。あれには明確な後ろ盾がないから」


 あぁ、言わないのはヨルンさんの為なのか。

 でも言わない現状も、あんまりいいものでは無いような気がするんだけど……ヨルンさん、ここではすごいアウェーな扱いっぽいし。


「本当はここに留まっていて欲しいんだが、もう人と関わる事を厭ってしまっているからな……残念ではあるが仕方ない」


(人、嫌いじゃないと思う。面倒な人が嫌いだと思う)


 思った事を書くと、少し悲しそうだった顔が意表を突かれたような顔に変わった。


「……そうだな。そうだといいな」


(お兄さん、好きだと思うよ)


「そうなのか?」


(遠慮、なかった)


「……もしかして、私の事をヨルンは話したのか?」


 ううんと首を横に振り、書く。


(壊れた家、お兄さんに会った。私、腕にいた)


「あぁ、あの時。そうか……」


 そうだったのかとナイスミドルは呟き、何故か私は撫でられた。


「そうか……ヨルンは私が好きか……」


 ナイスミドルはにやにやしていた。

 年の離れた弟を可愛がってるアレですなこれは。行き過ぎるとウザがられるやつですわ。

 その時、ぐっ、と不意に何かに引っ張られるように身体の中がかき回された。


「どうした?」


 浮いているのが難しくてよろめいた私を手のひらに乗せてくれたナイスミドル。

 ぞわぞわとしたものが身体の中に注がれているような感覚がして、思わずフンと頭を振ると霧散した。

 何なんださっきから本当に……


「調子が悪いのか? さっきから何度か魔法を使っているようだが」


 魔法を、使っている??

 あぁまぁ無意識に薬の影響飛ばしたりしてるから、使っているのかもしれないが意図的ではないのでよくわからない。

 首を傾げようとしたとき、ピンとおでこに引っ張られるような感覚がした。


〝レフコース。あなたに負担がかかるので、こちらからラインを切断します。少し衝撃があるかもしれませんが命に別状はない筈なので〟


 矢継ぎ早に言うヨルンさんの声が聞こえ、思わず『だめ!!』と何かを切られそうになるのを感じて跳ね除けた。


〝…レフコース……このままではあなたまで危険なのです。大丈夫ですから、切らせてください〟


 それってヨルンさんが危険って事では?!

 さっきから何か変な感覚がすると思ったら、ヨルンさんが何かされてるって事か!

 私はいそいで紙に書きなぐった。


(ヨルンさん危ない。私を、切ろうとしてる)


「切る? 切るって……もしや君はヨルンと契約してるのか?!」


 小声で驚くという芸当をこなすナイスミドルに、うんうんと頷いて、ビシビシと『ヨルンさんが危ない』の文字を何度も指さすとハッとしてすぐに動いてくれた。

 

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