第20話 隊長さんはどこにいても隊長さん
ひとまずその日の夜はそのままヨルンさんのところに居座る事が出来たのだが、朝になると早々に私は隊長さんのところへとドナドナされた。
しかも逃げた振りをしないといけないので、隊長さんの袖の中に隠れていないといけないというおまけつき。なんか嫌だ。
マントの人の副隊長さんとか、あの人の方がまだいいなと思うのだが残念ながらあの人は砦の守りとして残るのでヨルンさん救出メンバーにはならない。というか、ヨルンさん救出メンバーは砦からは隊長さんただ一人だった。マントの人の副隊長さんはすっごく行きたそうにしていたが、ヨルンさんに砦を頼むと言われて渋々、しぶしーぶ頷いていた。かなりの仏頂面だった。
ヨルンさんよりも太い腕に巻き付きコレジャナイ感をひしひしと感じつつ、ヨルンさんがあの細目の進行役だった人に連絡をしているのを聞いた。
あちらさんは鳩が豆鉄砲を食ったような気配がしていたが、やおら慌ただしくなり状況を説明するようにとすぐに都へ出頭を命じられた。
護送するのは隊長さん。護送した後、そのまま近衛と合流するそうだ。
しかし、私精霊に生まれたのに何でこんな人間同士のゴタゴタに首を突っ込んでいるのだろうか……。ふと我に返りそう思う。
最近……最近? いや、昨日あたりから? 自分の中に、人と自分が違う存在だという線引きが出来たのを感じる。わざわざ関わる必要なんてないでしょと思っている変に冷めた部分があるのだ。ちょっと我ながら怖いというか、どうしたんだろうというか……でも、それがヨルンさんが関わると線引きが微妙に曖昧になる。気がする。どこまでなら関わってもいいのかなと無意識に探ろうとしているような……
何でそんな事を感じるようになってしまったのか、考えてもわかる事じゃないだろうと放置してとりあえず思ったようにやっているのだが……
それはそれとして、隊長さんの腕に巻き付いているのはなかなか大変だった。隊長さんは一言で言うとやっぱりガサツだった。
ヨルンさんの護送という名の乗馬に付き合っているのだが、この人まったく私が居る事に対して遠慮というか配慮というかそういうものが一切ない。居ないものとして扱われるので、たまーに何かにぶつかったりする。
その都度ヨルンさんが隊長さんをドついているのだが、隊長さんはどこ吹く風だ。まぁ別に痛くないし耐えられない事ではないからいいんだけど、後で見てろよと思っている。
それからずっと微妙に揺さぶられる乗馬に、途中で私は疲れて巻き付きながら浮くという芸を覚えた。これなら振動を最小限に抑えられるのでただ巻き付いているだけよりも随分と楽だ。
ヨルンさんの時にはそんな事感じなかったので、かなり気遣ってもらっていたのがわかる。このままどこか見つからないところにでも逃げちゃえばいいのにとか思ったりもするけど、予定通り都へとたどり着いてしまった。
人の気配の多さと賑やかな喧騒に来ちゃったんだなぁと思っていると、隊長さんはあのレンガの地面の建物には寄らずそのまま前回来たっぽい警備がされているところへと入っていった。途中、馬を誰かに預けて建物の中に入る。
さすがにここまで来るとヨルンさんも隊長さんも無言だ。事務手続きなのか何度か「めんどくせぇな」と呟きながら足を止め何かを書く隊長さん。そして階段を下りて行くと、足音の反響から洞窟内のような閉塞した環境に入った事を知る。
「どういう事ですか」
静かでちょっと怒った感じがするこの声は、あの細目の進行役だった人だ。歩み寄る足音と服の衣擦れの音がする。
「まぁまぁ。そっちだってごたごたしてるんだ。こっちだってごたごたするに決まってるだろ」
たぶんヨルンさんの前に隊長さんが立ち塞がったのだろう。近づく足音が止まった。
「……その件につきましては私は承知しかねております。厳正な法の世界に堂々と不正を持ち込むなど」
今度は明確な怒りが滲む声だった。
「あんた、その性格だとこんな中央ではすぐに干されるぞ」
「ご忠告胸に留めておきます」
「ほら、ヨルン」
ガチャリという音がして、何か鉄のようなものがキィーと音を立てている。この反響する音と湿度、籠った空気の感じからしてもここは牢みたいなところだろう。
隊長さんが開けたと思われる牢に入っていくのだろう。足音が響いてピタリと止まり、またキィーと鉄が擦れるような音がしてガチャリと鍵を閉められた。
「じゃああとはよろしく」
チャリ、と音がしたのは鍵束だろうか? それを進行役をしていた人に渡したのかな?
牢屋番とかどういう仕組みになっているのかわからないが、とりあえずこれでヨルンさんの身柄はあちらに渡ったという事になるのだろう。
隊長さんはすたすたと今まで以上の速さで歩き出した。
どこをどう歩いているのかわからないが、何も見えないこちらからするとあっちこっちウロウロしているようにも感じる。だが不思議と誰ともすれ違う事はなかった。
随分と歩き回り、もう一時間程は歩いたのではないだろうかと思った時だった。
「やはり坊主が来たか」
渋い声だった。年齢にすると四、五十代かそれ以上か。厳格そうな男性の声だ。
「久しぶりだなおっさん」
「ついてこい」
言葉はそれ以上交わさず、また歩き出した。
今度は一時間も歩く事はなく、すぐに部屋へと入った。
そこで話すのかと思ったら、いきなり着替えだす隊長さん。上着ごと放られた私はびっくりして固まる。
えーっと? 出ない方がいいんだよね?
服の中に丸まったまま、じっとしていると声を掛けられた。
「おい、出てこい」
出ていいの?
そろり、と顔をだすとばっちりと厳ついおじさんと目があった。
白いものが混じった茶色の髪の男性で、声で感じていた通り四、五十くらい。がっしりした肩幅にがっつりと筋肉がついていて、眼光は隊長さんと同じでかなり鋭くて怖い。群青色の襟まできっちり詰まった軍服に黒いマントをしているところからして、警備の兵というよりもうちょっと上の人だと思うが。
固まる私の頭を、隊長さんががしっと掴んだ。
「ほれ、早く背中にでもへばりついとけ」
いつの間にか隊長さんはおじさんと同じ服装になっており、マントの中へ入れと促された。
「それが?」
「話には聞いてるんだろ。これが証拠物」
「フェザースネークと聞いてはいたが、随分と大人しいのだな」
「なんでもいいだろ」
ほら早くと急かす隊長さんに、それもそうだなとおじさんは私から興味を失ってまた部屋の外へと出た。
……うーん。腕に巻き付いているより背中にへばりついている方が難しいな。おもいっきり爪立てたら楽だろうけど、やってもいいかな……
なんて思っていると、やたら人通りが激しい区画に入ったのかすれ違う足音がいくつも聞こえる。しかもその足音が硬質ではなく、何か柔らかいものを踏んだものに変わった。
絨毯かな? って事は、結構お偉いさんがいる区画?
想像しながらじっとしていると、いくつも敬礼というのだろうか、おじさんが「ご苦労」と言うのに「ハッ」と返す声が聞こえてくる。
そしてようやく目的地にたどり着いたようで、隊長さんはどっかりと椅子に座った。
ちょっ! 潰れる!!
慌ててわき腹の方へと移動したので潰されなかったが、何てことしてくれるんだ! 本当、ヨルンさんとは大違いだよ!
「ちょ、お前、動くな」
わき腹が擽ったかったのか、隊長さんは背もたれから背を離しマントを捲った。
「おお、あのフェザースネークか」
捲られたら、思ったより近くに顔があってビビった。
金髪碧眼、四十代ぐらいのナイスミドルの顔面に硬直していると、ナイスミドルの顔面が微笑みに変わった。
「ほら、おいで」
「さすがにこいつでも知らない奴は菓子で釣らないと――」
「来たな」
「おまえぇ……」
差し出された大きな手にするりと近づいて、どうもと頭を下げると隊長さんから恨めし気な声が聞こえた。
いやだって、隊長さんがそんなくだけた態度するって事はここに居る人は大丈夫って事でしょ?
「検証の時も見ていて思ったが、随分と賢いなぁ」
よしよしと撫でるては固いが優しい。
と、そこで気づいたのだがこの人の声に覚えがある。あの廃墟でヨルンさんと話していた人の声だ。
「ったく。陛下もなんであいつに許可したんだよ」
「仕方があるまい。お前もヨルンが頑固なのは知っているだろう?」
「私は今でも反対です」
ソファの後ろに立ったままのおじさんが仏頂面で言葉を挟むが……待って欲しい、今陛下って言った?
陛下って隊長さんじゃないよね……てことは、この金髪碧眼ナイスミドルがそういうわけで、でもそうするとヨルンさんはこの陛下なるものをさして兄のようなものと言っていたのだが……気にしない方向でいいだろうか。
「今更反対しても何もならんだろうがアミット」
「……しかし」
「おっさんも相変わらずだねぇ」
「立場を弁えろ」と、ゴンと隊長さんの頭にげんこつを落とすおじさん。
ってーー! と隊長さんは頭を抑えたが、その顔は全然堪えていないっぽい。
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