第19話 今更ながら自己紹介
ヨルンさんは明日の朝に報告を出しますからそういう事でと退室してしまい、私は鎧の人の隊長さんと副隊長さんを見上げた。
「行かねーの?」
隊長さんに言われて、閉められたドアと二人を見比べる。いつもならヨルンさんの後をついていくのだが、ちょっと私も情報不足で戸惑っている。
副隊長さんは了承を口にしたもののまだ迷っているような顔だ。
「隊長、本当に大丈夫なのですか?」
「さぁな。知らねえよ……」
尋ねる副隊長さんに投げやりに答える隊長さん。その態度に少し副隊長さんが苛立つのがわかる。
「それなのに反対しないのですか」
「お前も言ったじゃねーか。俺たちは従うしかないって」
「……従うとか全く隊長らしくないですね」
隊長さんは面倒くさそうなため息をついて行儀悪くテーブルに足を乗っけた。
私はどこまで介入していいのか迷いながら、紙に文字を書いてぺらりと二人の間に落とす。
「ん? まだ何かあるのか?」
「……ヨルン隊長の協力者は囮を容認していない? たぶん?」
読み上げた副隊長さんに、うんと頷き追加で文字を足す。
「ヨルン隊長が会話の相手を押し切る形だった……隊長、やはり反対すべきでは?」
「今更だな」
途中から紙から目を外し天井を見上げるように長椅子に背を預けた隊長さん。
なんだかいつもより元気がないようにも見えた。具体的に言えば猛禽類のような目が伏せられていて迫力半減。
「あいつは言い出したら聞かないんだよ。それこそ誰が反対しようと囮になる。
だったらもう周りはそれを前提として動かなきゃならない。そうしないとわかるだろ?」
「……意外です。無鉄砲は隊長の方かと思っていました」
「ばーか。俺はこれでも考えてんの」
「その割に後始末が毎回大変なのですが」
「お前なら出来るって知ってるからな」
「……嬉しくない信頼ですね」
苦い顔でため息をつく副隊長さん。
私は無言になる二人に、また文字を書いてぺらりと出した。
「塔の人は悪い人? 実験って何?」
読み上げてくれる副隊長さんに、隊長さんが目だけ開けた。でもやっぱり迫力はない。
「あいつらは疑問に思った事を善悪関係なくやってみなくちゃ気が済まない連中なんだよ。先代王の時代に王のお墨付き貰って
わかるかねぇと言われても……それだけじゃ状況が見えないのだが……。ただ、なんとなくマッドサイエンティスト的な印象は受けた。普通の人なら倫理観がストップをかけるところをアクセル全開で飛ばす人種なのだろう。それに巻き込まれていたらしいヨルンさんを考えると気が重くなった。
だってそんなところにまた行かないといけないとか……しかも自分から。
陛下がどうのと言っていたけど、何か根拠とか証拠とか罪状が無いと王様でもとっ捕まえられないって事なんだろう。だから早期解決という事で手っ取り早い手段に出たって事で……
私はまた墨壺のところへ行って爪をちょんちょんと浸して紙に文字を書く。出来上がったところで浮かせて副隊長さんの前に置くとまた読んでくれた。
「どのくらいで、助けられるの?
……ここで証拠紛失という事で我々が一旦謹慎処分にした後、都に連絡がいけばすぐに向こうに護送される可能性があるんですか? 塔の連中が動き出すのは具体的にどのタイミングになるのですか?」
副隊長さんは思考を切り替えたのか、ヨルンさんが囮になるとして隊長さんに確認を取っているようだ。
「……あいつが連絡するって言ってるから当日のうちに向こうへ護送される流れになるな。明後日に都につくとして、塔の連中は早々に介入してくる。それこそ証拠品の行方を捜索するためとかなんとか言ってな。魔法関係でいけば優秀なのは確かだから他の連中も表立って反対はしないだろうし、今回の件はチェスターが関わっているから誰も正直関わり合いになりたくないと手を引く。あぁ、ミレニアは口を出すかもしれないが、あいつ捜索能力ないから黙殺されるな」
「それで早々に塔がヨルン隊長を確保するというわけですか」
「手に入れたとしても道具とか準備があるだろうから数日猶予はある。その間に俺は向こうに合流する」
「近衛と言っていましたが合流なんて出来るんですか? 管轄が完全に違いますよ?」
「問題ない。動くのはアミットだ」
「近衛隊長じゃないですか。陛下の傍を離れていいのですか?」
「レナードが残るからまぁいいんじゃねーの」
「……鬼才のレナードですか。というか、先ほど話を聞いただけなのにそこまで断定できるのですか?」
隊長さんは束の間逡巡するように口を閉ざしたが、結局開いた。
「昔な、ヨルンを塔から助け出したのもアミットなんだよ。当時相当怒ってたから向こうが反対してるって聞けばあぁアミットだろうなって。たぶん今回もヨルンに切れてるんじゃないか?」
「ヨルン隊長、意外と中枢に人脈があるんですね」
「そりゃそうだ、あいつは――」
「あいつは?」
「……口が滑った。気にするな」
副隊長さんは無言で隊長さんを見ている。
隊長さんは無言で視線を天井に固定している。
私としてはヨルンさんが人間の世界でどういう位置にいようと関係はないのでスルーするが、副隊長さんは気になるのだろう。わりと長い事見ている。
お二人のやり取りに興味無いのでまた墨壺に爪をちょんちょんとして紙に文字を書いて、副隊長さんの前に浮かせて落とす。
副隊長さんはしばらく読んでくれなかったが、近寄ってつんつんと鼻先でつつくとしぶしぶ読んでくれた。
「どこに居ればいいの? あぁそうか。今までずっとヨルン隊長のところに居ましたから」
「なら俺のとこにいるか?」
えぇ。隊長さんはちょっとなぁ……でもヨルンさんの救出に行くのならそれもアリかも?
「微妙そうな顔してるなぁ?」
面白がる隊長さんはいつもの調子が少し戻ったようだ。
私は紙に明日の朝からねと紙に書きつけて放り、ドアのところへ行ってぺしぺし尻尾で叩いた。副隊長さんが気づいてくれてドアを開けてくれたのですいーっと廊下に出てヨルンさんの部屋へと向かう。
後ろで、「あいつフェザースネークじゃねーだろ絶対」とかって聞こえたが、無視だ無視。そちらが勝手に言ってる事なので私に責任は無い。
ヨルンさんの部屋についてドアを叩くと、少し間を置いてから開いた。
「……ダルトのところに行かないのですか?」
とりあえず明日の朝まではヨルンさんのとこに居るよという事で頷くと、微妙そうな顔をされた。だけど部屋には入れてもらえたのでいつも通りテーブルの上に置かれた箱に収まる。
「あぁ、そういえばここに置いてましたね。あとでダルトのところへ持っていきましょう」
……ここに居たら駄目なんだろうか。
ちょっと悲しくなってヨルンさんを見上げると、呻かれた。
「そんな……泣かなくても……」
あれ。私泣いてたのか。自分でもびっくりして顔をぐしぐしと箱に敷き詰めてある布にこすりつける。
「また乱暴に……」
困ったという声がして私は持ち上げられた。
「なんでそんなに私に慣れてくれたんでしょうね……」
困惑半分、嬉しさ半分の言葉に私も首を傾げる。
さぁ……ただ、ヨルンさんって他の人よりいい匂いがするから落ち着くのだ。
ヨルンさんは私の手が墨で黒いのを見て綺麗にしてくれると、またそっと箱に戻してくれた。
あ、そうだ。
思いついて私はテーブルの上にあった木炭を咥えて私用のメモ書きに文字を書いた。
「……『きよ』?」
ヨルンさんが呟いた瞬間、ぐるりと身体の中を何かが巡った。これまで感じた事がない吹き抜ける何かを感じてを目を丸くしていると、ヨルンさんも目を丸くしていた。
「今のは……?」
何かしらヨルンさんの方も感じたのだろうか。まぁそれは置いといて、私はメモ書きに追加する。
「なまえ……」
そうです。名前です。きよの綴りは音が似ているだけで、そのものではないけど伝わればいい。それ自体の意味は深いとかって意味だったかな。
日本では白と書いて、きよ。母方のひいおばあちゃんの名前から取ったらしいんだけど、白と書いてきよと読めた人はなかなかいなかった。なので小学校ではシロと揶揄われ、開き直って愛称はシロで通した。せめて子とかつけてくれれば……いや、そうだ、白子になるからそれはアウトだったんだ。じゃあ、お? お白。……お城と読まれそうだな。いっそのことカタカナのキヨで良かったのではないだろうか。それはそれで揶揄われそうだが。
「名前!?」
回想してたらいきなり大声を出すヨルンさんに、びっくりして尻尾がピーンとなった。
「真名を教えては駄目です! 悪用されたらあなたは自由を奪われるのですよ!?」
あぁなんか前にもそんなような事を言ってたっけ? でもヨルンさんは悪用とかしないだろうし、いいのでは? 下手したらヨルンさんとこれっきり会えないとか怖い未来もあるかもしれないと思って……せめて名前ぐらいは名乗っておきたいなーとかって考えただけなんですけど……すげー怒ってるよ……怖いよ……
びっくり顔から鋭い目つきになって睨まれて、完全に蛇に睨まれた蛙ですよ。私蛇なのに……
思わずびくびくして、駄目でした? と、ご様子を窺うとヨルンさんは盛大なため息をついた。
「……やってしまったものは仕方がありません。幸い私とラインは……繋がってますね……レフコース?」
ライン? いえ、私は何もしておりません! 誓って何も! とブンブン首を横に振ると首を傾げられた。
「繋がっている筈なのに全然平気そうですね……?」
平気? 何が?
わからずこちらも首を傾げる。
「むしろ循環している?」
あ、この身体の中を対流するような何かの事だろうか?
日向の風のような温かくて心地いい感じなので、意識をそこへ集中させるとちょっとうっとりしてしまう。危うく寝かけたところで我に返ると、ヨルンさんにガン見されていた。
やばい。涎とか垂らしていただろうか。
「……レフコース、少し試したいのですがいいですか?」
なんでしょう。いいですけども。
うん。と頷くと、ヨルンさんは私の手をそうっと握った。するとふわりと対流していた何かが大きくなった。何というのかな、全能感がちょっとある感じ。今ならひょっとしたら姿を変える事も出来たりしちゃうんじゃないかとかって根拠なく思ってしまう。
「平気ですか?」
うん、と頷くとさらに全能感が強まった。うんうん全然大丈夫だよと頷くと、ヨルンさんはポカンとした。
視線が私を見ているようで見ていないので、おーいと目の前で手を振って見せると帰ってきてくれた。
「まさか私の魔力に耐えられる相手がいるとは……」
うん? ヨルンさんの魔力? これ、ヨルンさんの魔力なのか。なるほどなるほど、魔導士ってこういう感じを常日頃感じているのかな?
あーでもヨルンさんドロドロに溶けた鉄がどうのとかって言ってなかったっけ……加減してくれてるのかな。そういうの上手そうだし。
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