第18話 動き出す
「おや、どうしました?」
おろおろとしていたらドアが開いてヨルンさんに見つかった。
えーと……うーと……っていうか私がどうのこうのと口を出す事ではないと思うが……でもなー……でもなぁ……囮って言ってたし……
「……もしかして、聞こえていましたか?」
私の動揺を感じ取ったのか、ヨルンさんは私を手招いて部屋の中へと入った。
「人避けと遮音をしていた筈なんですけどね……」
困ったように言うヨルンさん。
そう言われても今回は私は何もしていないので、どう返していいかわからない。
「聞いていたのなら話は早いですかね。これからダルトと話は詰めますが、あなたはもうここに留まる必要はありません」
あーやっぱり……そういう話だったんだよね……
「人の権力争いにあなたが巻き込まれる事はありません。今まで拘束してしまってすみませんでした」
いえ、それは全然大丈夫なんですけど……うーん……
何とも言えずにいるとヨルンさんは私をそっと持ち上げた。顔を上げると穏やかな顔がそこにあった。
「ありがとうございます。心配してくれているのはわかりますよ」
スッと首にはめられていた銀の輪を取られる。それから額に手を当てられたので、咄嗟に身体をくねらせてヨルンさんから離れた。
「……使い魔契約を解除したいのですが」
だと思いました。だから咄嗟に離れちゃったんだけど。
いや、うん。ヨルンさんが仕事でやらなきゃいけない事をやるってのはいいんだけども、それがもし私を解放するためだとかって理由ならちょっと放置できないというか……とっても寝覚めが悪いというか……ついでに言うと私に魔法を教えてくれるという話もどうなるかわからなくなるわけで……
とりあえず、その使い魔契約ってのは聞いた限りでは別に続行していてもヨルンさんの負担にはならないものだと思うし、私にとっても別に問題になるような事はないだろう。ってことで、それは保留でお願いします。
ヨルンさんの目を見て、首を横に振る。
「解除……しないのですか?」
うん。と頷くと、複雑そうな顔をされた。
何とも言えないでいるヨルンさんの腕に巻き付き、ぐいっと引っ張る。とりあえず私が聞くよりも、鎧の人の隊長さんや副隊長さんが聞いた方がいい。
ぐいぐいとドアの外へと引っ張る私に素直について来てくれるヨルンさん。
「あの……ダルトを探して?」
たしかあの人の部屋はこっちだっけ? とあてずっぽうに引っ張っていると控え目に聞かれた。
振り向いて頷くと、ヨルンさんは申し訳なさそうな顔で「あっちですよ」と反対方向を指さした。
………。くそう、恥ずかしい。
ヨルンさんの腕を解放して、今度は背中をぐりぐりと頭で押すことにする。
「あぁはいはい。わかりました。行きますよ」
苦笑気味にヨルンさんは言って鎧の人の隊長さんの部屋へと向かってくれた。
だが、残念ながらそこに隊長さんはおらず副隊長さんだけが居た。
「どうされました?」
「少し報告がありまして。ダルト隊長は?」
「修練場です」
「ではまた改めましょ――」
ドンとヨルンさんに体当たりして副隊長さんごと部屋の中に入っていただく。
二人とも驚いたのかあっさり入っていただけて良かった。
私もするりと中へと入って墨壺を見つけ、机の上にあった紙に墨をつけた爪でなんとか文字を書いた。
私の常にない行動に副隊長さんは驚いていたが、私が書いて見せた文字に顔を顰めた。
「……ヨルン隊長。あなたが囮を務めるというのはどういう事ですか」
私が何を書くのかわかっていただろうヨルンさんは諦めたように肩を竦めて見せた。
「それを説明するならダルトを呼んでからですね。二度手間ですから」
「呼んできます。ヨルン隊長はここから動かないように」
副隊長さんは私の方を見て「見張っておいてください」と言って出ていった。
もちろん見張っておくけど、私に頼んでいいのだろうか……? たぶんヨルンさんが本気で逃げようと思ったらあの転移という奴であっさり逃げられると思うんだけど。
ちらっとヨルンさんを見ると、困った顔で首を横に振っていた。
逃げる気はない、って事かな。ならいいが。
副隊長さんが部屋を出てからわりとすぐに鎧の人の隊長さんと戻ってきた。
「おいおいおい、お前何一人で面白そうな事をやろうとしてるんだよ」
「面白くありませんし、危険なので煽るような事を言うのはやめてください」
楽し気に部屋へと入ってきた隊長さんの背を後ろからバシッと叩いて入ってくる副隊長さん。
「いいだろ別に、本人がやりたいって言ってるんだから。
で、具体的にどう動くんだ?」
「相変わらずこういう事が好きですね」
「いいから聞かせろよ」
ぐいっとヨルンさんの首に腕を回して捕まえて長椅子に座る隊長さん。
副隊長さんは仏頂面で向かいに座った。
「今回、チェスター家が絡んで来たので事後処理が全く進んでいません。
あまり長引かせるとなし崩し的に向こうの言い分が通る可能性が出てきました。というか、その方向で筋道が引かれつつあります」
雲行きの怪しい話に副隊長さんの顔つきが変わった。隊長さんの方は変わらず面白がるような顔だが。
「どういう事ですか?」
「昨日までは司法局はどの派閥にも属さない中立の立ち位置でしたが、本日司法長官がチェスターの派閥に入りました」
「は!?」
目を見開き腰を浮かせる副隊長さん。
「ありえない!」
「落ち着け。なんか理由があるんだろ」
「ありますね。司法長官のご子息が実子ではないのです。生まれた時に死産だった子と孤児院にいた赤子を取り換えているのです。奥方はその事をご存知ありません」
隊長さんは顔を歪めて笑った。
「そいつはなかなかな理由だな。バレたら任を解かれるだろうし、後継者指名で血を偽ったとなれば爵位も落とされるか返上か」
「奥方は死産の時の影響かもう子は望めない身体だそうです。司法長官は奥方を大事にされている方ですからね。そこを握られて苦渋の決断だったのでしょう」
「司法長官もうまく隠していただろうに、さすがチェスターの爺さんだな」
「褒めている場合ですか! 司法局を抑えられたという事は盤上が全てひっくり返ったのですよ!!」
世間話のように話す二人に対して、一人血圧上昇中の副隊長さん。
えーと、字面的に裁判官っぽい人が買収されてそのチェスターさんの思う通りに裁判が執り行われる事になりそうって事かな? ……やばくない?
「だから落ち着け」
隊長さんが珍しく真面目な顔で副隊長さんを睨んだ。
副隊長さんはぐっと詰まり、しぶしぶと椅子に座り直した。
「で? お前の考えは?」
「まぁこのままいけば私もダルトもなかなか楽しい事になりそうなので、それならいっそ向こうを引っかけようかと。
具体的には、チェスターが塔の魔導士を情報収集に動かしたのでそれを逆手に取ります。私が証拠のフェザースネークを逃がしたとなればそれで処罰対象になりますから、そうなればまず塔の奴らが釣れます。そもそも、チェスターは今回の問題を我々の不手際にする事で私を塔に与える約束をしているそうですし。
どちらにせよ、私が目の前にあれば十年以上前に禁止された実験だろうとやりたくなるでしょう」
目の前にあればって……自分を物みたいに言うのはどうなんだろう……塔の魔導士とやらはそういう人種って事だろうか……
「現行犯で捕まえるのか」
「ええ。そうなれば詳細を確認するために自白剤も使用可能となります。何しろ、禁忌扱いの実験なのでね」
「その自白剤でついでにチェスターとの繋がりを出すのか」
「司法長官については子の件を認めてチェスターに降った時点でどのみち耐えられないでしょうから、そこで退場となるでしょう。チェスターの当主も司法を歪めたという事で失脚。そういう流れです」
なるほどねぇと隊長さんは背もたれにもたれかかった。
「一つ確認だが、お前はその実験に耐えられるのか?」
「あれに何年付き合ってたと思うんですか」
「……ま、そうだな」
一通りの話を一緒に聞いていて、私も思った事を紙に書いて出した。
「……使い魔契約を切らない方がいい?」
隊長さんが紙に目を落として呟いた。
「切るつもりだったのか?」
「塔の魔導士をはめれば証拠としての意味は薄くなりますから。これを機に解き放とうかと。どさくさに紛れて誰が何をしてくるかもわかりませんし」
確かに司法を歪めたとかの話になれば、そもそも今回の件は歪めなければならない事態だったという事が白日の下に晒されるわけで、私が薬物の影響を消せるとかっていう話は重要度が下がってくる。
でも、全く必要ないというわけではないだろう。それに私を逃がしたという不手際がヨルンさんに残ってしまう。
「自分を狙う者がいるなら、それから一時的に目をそらすために逃がしたと嘘の報告をしたことにすれば、後でそういう作戦だったと言い訳出来る」
読み上げた隊長さんは、にやっと笑って大きな手で私の頭を押さえつけて来た。
「そりゃそうだよな。わざわざ解き放つ必要なんてない。お前の言う通りだ」
違った。一応隊長さんは撫でているつもりのようだ。
「私からも確認を」
じっと考えている様子だった副隊長さんが口を開いた。
「どうぞ」
「その程度の罪状で塔が出てくる程の大事になりますか?」
「なるねぇ」
「なるでしょう」
ヨルンさんと隊長さんが太鼓判を押すように口を揃えて肯定した。
「さっきこいつが言っただろ? 塔の連中はこいつで実験したいんだよ」
「……過去に人体実験を受けていたという噂は本当なのですか?」
「はい。三歳から六歳まで、いろいろと経験しました」
副隊長さんは重い溜息を吐いて頭が痛そうに手を当てた。
「もう一つ、仮に塔の連中がヨルン隊長に対してその禁忌とされる実験をしたとして、それを誰が現行犯で捕まえるのですか? 確実にチェスター侯爵の横やりが入るでしょう」
「近衛が動きます。ダルトも加われば問題ないでしょう」
「……何故近衛が?」
唐突に出てきた単語に訳がわからないと眉間に皺を寄せる副隊長さん。
近衛ってあれだよね、貴人を警護している感じの人。基本的には君主直属の軍事力というか部隊というか、そういう感じのやつ。
「陛下が今回の事を機に体制を一新するそうですよ。
そもそも最初にチェスターがオークションを保護の場だと横やりを入れて来た時点でチェスターの勢力を抑える一手にするつもりだったのでしょう。予想外だと嘯いているそうですが、あの方がそんな悠長な事を言って後手後手になるとは思えません。
司法長官が巻き込まれたのは本当に予想外だったようですけどね」
「……陛下が?」
まさかの大物に余程驚いたのか固まっている副隊長さん。
「しかし王妃様は……その事を」
「ご承知のようですね。あの方は清濁併せのむ方ではありますが、今回の件は少々チェスターのエゴが強すぎると判断されたようです」
「……そこまで話がついているのですか。既に決定事項なのであれば我々は従うしかありませんね……」
フリーズから数秒で復活し、苦そうな顔で呟く副隊長さん。
いやぁ、たぶんそうではないのではないだろうか? 盗み聞きした感じだと向こうの協力者は囮作戦に否定的だったような印象があるんだが……本当にうまくいくのだろうか……不安しかない。
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