第17話 砦に帰宅と盗み聞き
翌朝、あるくてぃと心の中で呟いて覚えている事を確認したところで気づいた。
私しゃべれないのだが、どうやって呼ぶのだろうか……
あれか、精霊は何かしらの天然なのか。
ちょっとガックシしつつ、連絡があるまでやる事がないので、皆さんとのんびりしていた。鎧の人の隊長さんは偶に屋敷の外に出て使い魔やら覗き見している人を追っ払っているらしいが、ヨルンさんも副隊長さんも室内で優雅にお茶をしている。
「砦の方は特に問題ないようです」
「そうですか。出鼻を挫かれてそちらに意識がいっているのかもしれませんね」
通信道具らしきものを持っているヨルンさんが砦の状況を副隊長さんに伝えると、思案するように副隊長さんは目を細めた。
「来たら来たで面白い事になると思いますがね」
「……もしや、何かされました?」
「少しばかり防衛に力を。大丈夫ですよ捕縛優先と伝えていますから」
薄っすらとした笑いを浮かべるヨルンさんに、副隊長さんは額を抑えて俯いた。
「我々としては有り難いですが……来ないでいただけると面倒は少なそうです」
諦めたような声で呟く副隊長さん。
苦労性だなぁと眺めるが、頑張ってと内心応援するだけにとどめる。そうしないとまたヨルンさんにジッと見られそうなので。
「そういえばこの季節なのに雪がちらついたと言っていました」
「雪?」
珍しい事なのか、むくりと副隊長さんが身体を起こした。
「ここも今朝は冷えていましたから、何かしら気候が変動しているのかもしれませんね」
ヨルンさんの言葉に首を捻る副隊長さん。
「冷夏……とはまた違うような? 雪が降るなんて北の主の渡りでもあったんでしょうか」
「ひょっとするとそうかもしれませんね」
「……うちに一番近いのは白峰の主ですよね」
「そちらの方は人伝に聞く限り異常はないようですよ」
「それなら良いのですが……まさか人の世界の動きに呼応してとかではないですよね?」
ヨルンさんは苦笑して首を横に振った。
「そんな事があればもっと世の中は天変地異だらけでしょう。偶然と考える方が自然です」
「ですよね」
わかっていたけど確認したという雰囲気だ。何のことかサッパリだが。
ヌシとか言ってるので、何か大きな魔物的なものかもしれないなぁと夢想する。ファンタジー御用達のドラゴンとか。いろんな属性がいそうだし。見た目も恰好良さそう。
「ただカディフを刺激したかもしれません」
ヨルンさんはカップに注がれたお茶を見つめながら言った。
副隊長さんの方は意味が理解出来ないみたいで、眉を顰めている。
「北の主を我が国が動かす事など不可能なのですけどね、そう捉える者が出るかもしれません」
「馬鹿な……そんな子供でも分かる事を……」
「なんでもいいんでしょう。戦端を開く切っ掛けにさえなれば。停戦調停を結んで十五年。そろそろあちらも我慢の限界にきているのかもしれません」
副隊長さんは無言になり、眉間にくっきりと皺を刻んで怖い顔で何やら考え込んでいる。
理由はわからないが、カディフという国?とこの国が戦争になるかもしれないという事だろう。どの世界でも戦争ってあるものなんだね……まぁ、あのオークションに居た人たちが特権階級に居るというのなら、それもまた納得ではあるけれど。あの人たち欲しいものの為なら何でもしそうだ。
だけど、そうなった場合砦の人たちもきっと戦う事になるのだろう。それはちょっと嫌だなと思ったりする。
この後は二人とも何を話すというわけでもなく、鎧の人の隊長さんが戻ってくるまで無言でいた。戻った隊長さんは部屋の空気など一切気にする事なくテーブルの上に紙きれを放った。
「そいつを置いて帰れだと」
テーブルの上を滑った紙を副隊長さんが手に取り目を落とした。
「フェザースネークの管理はフックス子爵が行うとありますね」
「ミレニア卿は外されたのですか」
「おそらく。さすがに衆目の面前であれだけの不手際があっては難しいでしょう。どうしますか?」
「論外です。フックス子爵に他意は無いでしょうが、守り切る力はありません」
キッパリと言うヨルンさん。
なんかほんと面倒な事になってるなぁと思う。私が姿を変える事が出来ればあのオークションは間違いなく保護でもなんでも無かったと言えるのだが……あ、でも魔物が姿を変えるってのは無いのかな? 精霊の立ち位置がよくわからないし、堂々と姿を見せていいものかもちょっと謎だ。
「ちなみに誰が
「サインは軍部のバウマン将軍です。おそらくミレニア卿の代わりかと」
なるほどとヨルンさんは頷いて懐から小さな袋を出し、そこから小石を取り出してテーブルに置くと右手を翳した。そして何事か呟くと小石が青白く光りだした。
「ベルガー一等司法官。こちら国境警備隊魔導部隊長ヨルンです」
『……何事ですか』
微かに小石が振動してそこから声が返ってきた。
この声はあの人だ。すり鉢状のあの場所で進行役を務めていた細目の人。
「今しがた、バウマン将軍の名で我々にフェザースネークを置いて砦へ帰還せよと通達がありましたが、これは従うべきものでしょうか?」
小石の向こうから呻くような声が聞こえた。
『……いいえ。司法局はそのような事を許可しておりません。事実関係はこちらで確認しますのでそちらは動かないように』
「わかりました」
『それから、じきに連絡が向かうと思いますが今回は仕切り直しとなりました。引き続き、砦で証拠となるフェザースネークの保護をお願いいたします』
「……いつまでも希少種を砦に留めているとミュラー侯爵あたりが苦言を零されそうですが」
『……ご忠告、心に留めておきましょう。それでは』
ぷつ。と音がして小石が光を失った。
ヨルンさんは再びそれを袋の中へとしまうと、聞いていた二人に「だそうですよ」と言った。
「相変わらずあいつらは先走る奴らばっかだな」
「先方も隊長には言われたくないと思いますが……」
「あぁ?」
「いえ、それでは戻る準備をしましょう」
という事で、私達はさっさと砦へと戻る事になったのだが、帰りはヨルンさんも馬に乗って戻った。
あの一瞬で移動する奴、転移をしないのだろうかと疑問に思っていると、実はあれは内緒にしているらしい。ある程度の距離なら砦にいる魔導士にも出来るが、砦からこの都までとなると誰も出来ないらしい。それが知られると戦略兵器として使われる可能性があるので黙っているのだそうだ。砦で備蓄していた転移石についても距離は計算して作っているのだと。
鎧の人の隊長さんと副隊長さんは、来るときは馬を乗り継ぎ半日程で着いたようだが帰りはそこまで急ぐ事もないと途中の宿場町で一泊し、砦へと戻った。
砦はもうホームのような気安さがあるので、戻るなり食堂のおっちゃんのところへと飛んで行くと、おかえりと言って私が好きなクッキーを出してくれた。
おっちゃん大好き! と飛びつくと、撫でくり撫でくり。大きな手でぐりんぐりんと頭を揺さぶられたが構うまい。
いつの間にかマントの人もやってきて木の実やら、なんかサクサクのお菓子やら沢山くれた。そんなに食べれないと思うのだが、差し出されると齧ってしまう。そしてもぐもぐしてしまう。美味しいので。
食堂のおっちゃんとマントの人に囲まれてお菓子天国を味わっていると、廊下から視線を感じた。
ハッとしてみれば、呆れた顔の鎧の人の隊長さんだった。良かった……ヨルンさんじゃなかった……
ふーと出ない汗を拭っていると、隊長さんはこっちにやってきて貢物のように積まれたお菓子を見下ろした。
「何をしてるかと思えば……」
隊長さんに気づいたマントの人たちはちょっとバツが悪そうな顔をして、視線を外していた。
「太って飛べなくなっても知らねーぞ」
!? 精霊って太るの!? っていうか太ると飛べなくなるの!!?
がびーん! と固まる私に、マントの人たちがそわそわしだした。見れば、わかってたけど餌付けしたくて仕方が無かったというような無責任な飼い主のような顔がそこにあった。
私はまん丸に目を見開いて、それから一目散にヨルンさんのところへと飛んでいった。事実確認のため。
急いで部屋に行ってドアを叩こうとしたら、声が聞こえた。
「であれば私が囮になりましょう。どうせ塔の目的は私でしょうから。今では禁止されているあの実験も私が目の前にあればやらずにはおれないでしょう。現行犯で捕らえられますよ。………嫌は嫌ですが、平気です。三年あそこに居たんですから今回も大丈夫です。…………そもそも他に案が? あればこんなに長引かせていないでしょう。塔とチェスターが繋がっているなら、その筋でチェスターも抑えられるいい機会です。
………いえ、フェザースネークについてはもう解放します。いつまでもこんな茶番に突き合わせていては可哀想ですから……母の元へと帰るでしょう」
ドアを叩きかけた尻尾をぷらんと垂れ下げる。
……。なんか……とても、やばそーな匂いがするのですが……
ヨルンさん、危ない橋を渡ろうとしてないでしょうか……? しかも単独で。鎧の人の隊長さんとか、副隊長さんとか、マントの人の副隊長さんとか、周りに何も言ってないんじゃないだろうか……
ええっと……これはどうしよう……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます