第15話 検証の前にひと悶着

 ざわざわとした人が動く音や囁く声、それが空間に満ちる頃声が響いた。


「静粛に。これより国境警備隊より報告のあった希少種の能力について検証を行うが、ミレニア卿。当の国境警備隊の人間はどこに?」

「何故私がそんな事を――」


 誰かが答えるより早く、ヨルンさんが腕を振るのを感じた。


「っ!」


 息を呑み驚くような気配がそこかしこで生まれた。

 たぶん、姿をいきなり見せたのでびっくりしたのだろう。なんだかピリピリするような空気も感じる。それに、ひそひそとヨルンさんの名前を囁いている声も聞こえる。珍しがっているようでもあるし、不信がっている感じもあり、居心地はあまりよくなさそうだ。


「さっさと連れてこいミレニア」


 鎧の人の隊長さんがこういう場所でも関係ないとばかりに尊大に言うのが聞こえる。

 副隊長さんとヨルンさんが同時に溜息をついたので、あんまりよろしくない態度なのだろう。あの隊長さんってあんまり深く考えなさそうだし周りが苦労してそうだ。


「なっ! 貴様、いつからそこに居たんだ!」

「いいから連れてこいって。茶番はさっさと終わらせるぞ」

「待ちなさい。進行はこちらが務めます。あなたは指示に従いなさい」

「あぁ? 指示もなにも罪人に薬使ってそれが治るかどうかってだけだろ。何を改まってごちゃごちゃやってるんだ。こんな事に突き合わせるぐらいなら金の千や二千寄こせってんだよ」


 なんか進行役っぽい人にも喧嘩を売り始めたのだが。いいのだろうか?


「国境警備隊隊長ヨルン、態度を改めなさい。ここは厳正な見極めの場です」

「その通りだぞ! 貴様のような田舎貴族は黙って我々の指示に従うのだ!」

「ミレニア卿。指示はこちらで出しますので罪人をここへ」


 なんか吠えていた人も怒られた。この人が例の馬鹿と言われていた人だろうか。確かになんか直情っぽい感じがするが。

 でも卿って言ったら国の中でも上位の役職持ちに与えられる敬称じゃなかったっけ。馬鹿っぽい人が出来るんだろうか? それとも上の人が臣下を呼ぶ時に使う敬称? 互いの関係がよくわからないので、どういう身分の人かさっぱりだ。

 首を捻っているとじゃらじゃらと鎖の音がしてきた。何かを引きずっているような音も聞こえるし、先ほどの言葉と合わせて考えると罪人を引っ立てているのだろうか。

 今回の目的である薬の影響を消せるかという検証のために、人体実験のような事を平気でしちゃうあたり日本とは違う風土だ。正直ちょっと抵抗を感じる。

 それに砦でも人の気配が多くあったけど、この場所の気配はあんまり落ち着かない。ちょっとちくちくするというか、肌がピリピリするような落ち着かなさがある。


「それでは希少種をここへ」


 進行役の人の声に促され、ヨルンさんが動いた。

 周囲から、何故? とか、どうしてあの者が? と困惑の声が聞こえる。ここでもヨルンさんが動物に嫌われるのは共通認識のようだ。

 やがてヨルンさんは足を止めて、服の上からそっと私を撫でた。


「何があっても守りますから、出てこれますか?」


 小さな声で聞かれ、私はするりと袖の中から外へと滑り出た。

 すり鉢状の底には、目隠しをされ鎖で椅子に拘束されたヨレヨレの男が一人。そしてその男の後ろに威圧するようにマッスルな感じの男が二人。脇に軍服にじゃらじゃらメダルっぽいものをつけたカイゼル髭のおじさんが一人いた。視線を上へと向けると、男性ばかりではなくなんかすごい髪形をしたドレスで着飾った女性までいた。

 なんかみんな目を大きく開いて口も開いて、こちらを指さしている。


「フェザースネーク!?」

「まさか、希少種とはフェザースネークの事だったのか!?」

「まて、今あいつの腕から出てこなかったか?」

「何故あいつの傍にフェザースネークが??」


 口々に疑問やら驚きやらでざわめきがどんどん大きくなっていく。

 うーん。この視線はあれだ。あのオークションの時にちょっと似ている。珍しい物を見つけた時の興奮とコレクションに入れてやるといったような所有欲が滲む目。

 もうさっさとやる事やっていいですかね? と、ヨルンさんを見上げると頷かれたのですいーっとヨレヨレの男に近づいた。

 だが、なんか匂いが違った。甘い感じの匂いがするが、あの時のようなあまったるい匂いではない。これ、違うけどいいのだろうかと思って振り向き首を傾げると、ヨルンさんは来てくれた。


「どうしました?」


 男を指さし、首を横に振ってみる。


「出来ない?」


 そうじゃないと首を横に振る。ヨルンさんは何を思ったのか男に近づこうとした。が、男の後ろにいたマッスルな人が前に出てそれを阻んだ。


「罪人には近づかないように」


 進行役の人、見上げたら思ったより若くて三十代ぐらいのグレーの髪を後ろにまとめた気難しそうな男の人だった。すごい目が細いから一見すると目を閉じているようにも見える。


「一つ確認ですが、こちらの罪人に使用された薬は確かにクレリナでしょうか?」

「なんだと……?」


 横で聞いていたメダルじゃらじゃらカイゼルおじさんがずんずんとこちらに向かってきた。


「ただの確認です。微かにベルガの匂いがしたものですから。もし違うのならこの検証には何の意味もないかと」

「我々がそのような稚拙な過ちを犯すとでも思っているのか!」


 大音量で怒鳴るように言うカイゼルおじさん。空気までビリビリと震えるようで思わずヨルンさんの背に隠れてしまう。


「であれば、この罪人は確かにクレリナが使用されているとミレニア卿が保障するという事でよろしいですね」


 そっと肩越しに様子を窺うと、カイゼルおじさんは顔を真っ赤にしていた。のだが、その後ろのマッスルさんの片割れが真っ青になっていた。


「静粛に。ヨルン魔導部隊長、発言には注意を。この罪人の管理はミレニア卿に一任されています。それを疑うという事はミレニア卿を疑うという事になりますが」

「事実を言ったまでです。こちらの罪人に使用されているのがクレリナと保障してくださるなら私どもに否はございません」


 進行役の人は細い目をさらに細めた。


「………宮廷医二名とオーギュスト博士を招きましょう」


 進行役の人の宣言に周囲がまたざわりとざわめいた。カイゼルおじさんは今にも頭の血管がブチ切れるんじゃないかってくらい顔を真っ赤にしている。


「それとそこの男、逃げないように捕まえておいた方がよいかと」


 ヨルンさんはカイゼルおじさんがブルブル震えているのをスルーして真っ青になっているマッスルさんの片割れを指さした。

 その途端、ぐりんとカイゼルおじさんが指さした方を振り向き、真っ青なその顔を見てくわっと目を見開いた。


「まさか貴様!?」


 止める間もなく、マッスルさんはカイゼルおじさんに襟首掴まれて宙づりにされてしまった。

 それにしても、今ここでその人を締め上げてしまったら自分の手落ちを晒す事にならないのだろうか? その辺は気にしないのか、それとも気づいていないのか……

 この辺りが馬鹿と言われる理由なのかもなぁと眺めていると、バタバタと別のマッスルさんがやってきてカイゼルおじさんを必死に宥めて引き剥がし、青い顔のマッスルさんを拘束していった。

 それからまた駆け足ようにバタつく足音がしてきて、薄い青のローブを着た白髪のお爺さんともう一人栗色の髪の毛の二十代ぐらいの若い青年が入ってきて、それとはまた遅れて鼠色のよれっとしたローブを着た、うねる髪の毛を整えもしないなんだか生活能力なさそうなおじさんが入ってきた。


「宮廷医とオーギュスト博士は、至急この罪人に使われている薬物を特定していただきたい」


 事情説明もろくにされていなかったのか、薄い青のローブを着た二人は目を丸くして顔を見合わせていた。鼠色のローブの生活能力なさそうなおじさんは面倒くさそうな顔を隠そうともせず、嫌そうに鎖で拘束された男に近づいた。


「特定も何もこんなに匂いをまき散らしているならわかるだろ。ベルガだ」

「……オーギュスト博士。ベルガは例え罪人といえど使用禁止に指定されている劇物です。本当にベルガで間違いないのでしょうか?」

「あぁあぁそうだよ。疑うなら好きなだけ調べろ。俺は研究に戻る」


 なんか、唯我独尊という言葉がぴったりの人だ。さっさと背を向けて行ってしまった。権威とかそういうものを歯牙にもかけないという空気をひしひしと感じる。

 残った宮廷医と言われる薄い青のローブを着た二人はおそるおそるヨレヨレの男に近づいていった。

 しばらく二人でぼそぼそと話し合っていたが、やがて進行役の人に顔を上げた。


「こちらもオーギュスト博士と同様の見解です」


 それまで成り行きをじっと見つめていた周りの者が、俄かに戸惑いの声を上げ始めた。


「……仕方がありません。本日は一旦中止します。国境警備隊の者は明日また使いを出しますので王都に留まるように」

「あぁ? そっちの不手際だってのに拘束――」


 がしっと鎧の人の隊長さんの口を塞ぐ副隊長さん。


「承知いたしました。しかし、我々も職務がありますので何日もこちらに留まる事は出来ません。明日中に次回の予定が決まらなければ一旦砦へと戻らせていただきます」

「………わかりました。許可しましょう」


 進行役の人が副隊長さんの言葉に頷くと、それで終わりと判断したのかヨルンさんが袖に戻るように促してきた。

 ちょっとヨレヨレの人が気になったが、ここで余計な事をして迷惑をかけるわけにもいかない。するりと袖の中へと入りこんでヨルンさんの腕に巻き付くと、ホッした。視線から解放されるだけで気が楽になった。


「お疲れさまでした」


 よしよしと服の上から撫でられて、この腕安心するわーと思わずすりすりしてしまった。

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