第14話 廃屋とおかんのような兄?

「久しいな」


 広さと建物の中の位置からして、エントランスだろうか。そこへとヨルンさんが入ると上から声を掛けられた。声の感じではそこそこ歳がいっている。四十代かそこらぐらいの男性の声だ。低くて渋い、よく通る声。


「わざわざ呼び出さずとも明日になれば参りましたのに」


 袖の中からなので様子はわからないが、ヨルンさんはちょっと呆れているようだった。声からそんな感じがする。


「それでは言葉を交わす暇などありはしないだろう。お前がこちらに顔を出すなど滅多にないのだ。何があったのかと気になるのが自然であろう」


 上から振ってくる声は、尊大というわけではないがヨルンさんよりも立場が上なんだろうなと思わせる口調だ。でもその割にはヨルンさんの様子は気安いというか、敬ってはいるが緊張はしていないという不思議な感じ。


「それで、何があったのだ?」

「特に何もありません」

「本当か? 何もないのにお前が来るわけがない」

「職務を遂行しているだけです」

「職務ねぇ……気が変わってくれた。というわけでもなさそうだが」

「それは変わりません。今更面倒ごとに関わりたいなどと思うはずがないでしょう。今の位置で十分満足していますよ」

「……となると、なんだ? 今回は証拠の希少種に再現させる事だろ? お前が希少種に執着するとは思えんし……」

「要件がこれだけでしたら私は下がらせていただきます」

「まぁまて、そんなに急くな」

「……あなたも暇では無いでしょうに」


 ため息をつくヨルンさんは、それでも嫌そうな感じはしなかった。たぶん、この声の男性を嫌ってはないのだろう。


「身体の方はどうだ? 辛くなってないか?」

「ええ。問題ありません」

「無理をしてないか?」

「しておりません」

「怪我は?」

「しておりません」

「ちゃんとご飯は食べているのか?」

「食べております」

「寝られているのか?」

「睡眠は十分にとっております」

「確かに顔色はいいみたいだが……ある程度魔力を発散できるなら国境警備隊は適していたのか」

「そうですね。溜めるだけよりも使った方が制御は楽になります。宮廷に閉じ込められている時よりかは遥かに」

「そうか……楽になるなら良かったが」


 どういう関係なんだろう? まるでおかんのように心配している風なのだが。食堂のおっちゃんの話ではたらい回しにされたという事だった。こんな風に心配してくれる人もいたという事だろうか。それならいいのだが。


「私の事よりも、そちらの方が気がかりですがね。何ですか今回の騒動は。よもやあの御仁が無理を言ってくるとは思いませんでしたよ」

「それはこちらも予想外だった。まぁあのじいさんも歳だからな……」

「歳だからではこちらは済まされないんですよ」

「わかっている。手は打っているが何分あのじいさんの影響力が大きいんだ」

「ダルトに関してもいつまであんなところで遊ばせているのです。段々と周辺がキナ臭くなっているというのに」

「……いっそ何か大きくやらかしてくれれば動けるんだがなぁ。そんな可愛い奴らじゃないが」

「勢力図は変わらずですか」

「変わらずだな。平時ならいいが……やっぱり戻る気はないか?」

「餌になれという事であればお引き受けしますが、釣れるのは魔導士関係の家ぐらいでしょう」


 大きな溜息が聞こえた。その溜息は諦めのようにも聞こえた。


「わかった。お前は余計な事に巻き込まれず砦に戻るように」

「……善処いたします」


 ヨルンさんが頭を下げると、上の方で空気がフッと動いた。


「もう大丈夫ですよ」


 声を掛けられてそっと頭を出すと、そこはやっぱりエントランスのようなところで、大きな扉の正面に二階へと続く階段があった。ただやはり廃屋のような有様で、とても人が住んでいるようには見えなかった。


「昔の知り合いの家です。見た目はこれですが、保護魔法が掛かっていますから崩れる事はありません」


 キョロキョロと周りを見る私に言うヨルンさん。そして歩き出すと、二階の部屋のドアを開いた。そこは他とは違い古いものの綺麗に整えられているようだった。ヨルンさんは中に入り、ベッドに腰かけると珍しく息を大きく吐いた。

 ここなら袖から出てもいいだろうか?

 そうっと袖から頭を出してヨルンさんを見上げると、お疲れの顔をしていたヨルンさんだったが頷いてくれたので抜け出して、部屋の様子を眺めてみる。

 薄いオレンジ色の壁紙に、蔦の模様が絡まる緑のカーテン。ポツリポツリと置かれている家具は花の飾りが彫られていてどこか可愛らしいところがあった。全て傷みが激しくて綺麗とは言い難いが、汚れの類はなく何となく大事にされているような印象もある。

 色褪せてしまい本来の色味はわからないのだが、全体の印象からしてたぶん女の子の部屋だったのではないだろうか。


「この部屋だけは維持しているんですよ。他と同じようにボロボロに見えたのは目くらましです」


 うん? ボロボロ? 他と同じように……。

 私の目には最初からこの部屋だけは綺麗にしてあるように見えたのだが、どうやら他人がこの廃屋に入っても不自然を感じないよう何かしてあるようだ。


「さっきのは……まぁ、私の兄のようなものです」


 兄。兄? 結構歳が離れてたように感じたけど……あぁ、だから兄のようなもの? 従弟とか近所にいた兄ちゃんとか、そんな感じか。


「気にかけてくれるのは有り難いですし、実際私はそれに救われたんですが……少々なんというか……」


 あれか。おかん的なあれがちょっと余計な感じか。


「明日、レフコースが私の腕にいると知ればきっと驚くでしょうね」


 ちょっと笑って言うヨルンさん。

 動物に怖がられるのに、その腕に巻き付いてる奴がいてびっくりという事だね。

 やさしく頭を撫でられて私も「きゅきゅー」と笑う。


「ところで、こうして転移してきてしまったのですが。レフコースの母親は大丈夫でしょうか? いきなり姿が見えなくなって心配しているのでは」


 あ。大丈夫です。そもそもそんなじっくりしっかり見てくれるような母様ではないので。

 ぶんぶん首を横に振ると、ヨルンさんは「そうなんですか?」と首を傾げたが問題ない事は理解してくれたようだ。


 翌日、再びヨルンさんの袖に入って外へと出た。

 ちなみにヨルンさん、持ってきた食料は全部あのまずい奴だった。口にした瞬間一瞬止まっていたので、久しぶりに食べてまずかったのだろう。ちょっと不思議そうな顔をしてそれを眺めていた。最後まで食べていたけど。

 石畳の道を歩いていくと人の気配が段々と多くなり、街の中心部に入ったのではないだろうか。袖の中深くに入っているとすれ違いざまの人の足ぐらいしか見えないのでサッパリ外の様子はわからないが、喧騒というか商売をしているらしき人の声やざわつきなんかは伝わってくる。さすがに好奇心でヨルンさんに迷惑はかけられないので、こんな人が多いところで覗いて見る気はないがちょっと気になった。

 石畳が赤茶けたレンガのようなものに変わったところで、ヨルンさんは足を止めた。


「おう、来たか」


 鎧の人の隊長さんの声だ。という事は、合流したという事かな?


「あいつは?」

「ここに」

「まじでずっとくっついてるのか……すげぇな」

「ゲイツ副隊長、その後通達はありましたか?」

「はい。本日午後より確認を行うと。場所は聴衆堂です」

「何かしかけられるのも面倒だから先に行くぞ」


 誰かが歩き出す。たぶん、鎧の人の隊長さんだろう。遅れて歩き出したのは副隊長さん。最後にヨルンさんがそれについていく形で歩き出した。

 再び石畳の道を進み、やがて人のざわめきが遠くなってきた。だが道は整えられたもので郊外へと離れていっているわけではなさそうだ。

 たぶん、さっき話に出ていた聴衆なんとかというところに向かっているのだろうが。何度か足を止めて身分を誰かに話している声が聞こえたので、警備されているところに入っているような気もする。

 三人とも無駄口というか会話一つないので周囲の様子は何一つわからない。

 そのまま随分歩いていって、ようやく建物の中へと入った。階段を下りていくので、地下に行くのかなと思っていたら違った。

 ドアを開ける音がしてどこかの部屋へと入ると空気が広がった。

 風の流れからして入った部屋というか空間はかなり広く、天井も高かった。


「少し見ても大丈夫ですよ。ただし、袖から出ないように」


 ヨルンさんの小さな声に、にょきっと頭だけ出して周囲を見るとすり鉢状の部屋の底の部分にいた。あれだ、闘技場にありそうなコロッセオみたいなのの小型版だ。


「仕掛けは?」

「見たところありません」


 鎧の人の隊長さんが聞くと、ヨルンさんは周りを見て答えた。


「なら薬を使う方に仕掛けがあるか……」

「罪人を使用するとの事ですが、管理は軍部のミレニア卿が請け負うと」


 副隊長さんが言うと、隊長さんは苦虫をかみつぶしたような顔をした。


「嫌がらせの一つや二つやってきそうだな」

「いえ、ミレニア卿であれば隊長が関われば正攻法に拘りますから今回はむしろ幸いかと」

「同感ですね。むしろ拘るあまり脇を甘くしていなければいいですが」


 あの人、馬鹿ですから。と辛辣な事を言うヨルンさん。だけど誰もそれを否定しなかった。共通認識ってことですか。


「まあいい、じゃあヨルン隠蔽を」

「壁際へ」


 ヨルンさんは二人を促し壁際へと移動すると、私を見た。


「これから私たちの周りに認識阻害をかけます。声や音を発すると解けてしまうので静かにしていてください」


 なんと。認識阻害とな。了解ですと頷き、袖の中へと引っ込む。

 それからはただ静かな時間が流れた。随分と時間がたってから人が入ってくる気配がしたが、ヨルンさんは微動だにしない。ずっと立ちっぱなしで動いていないのだが、ヨルンさんの身体はどうなっているのだろうか。私なら五分と立たず動いてしまうが、やはり鍛え方が違うというのだろうか。

 魔導士と言っていたが、鎧の人に比べて細いものの巻き付いている腕にはしっかりと筋肉はついているしそもそもの基本が違うのだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る