第13話 ヨルンさんもちょっと天然?

 それからその日はヨルンさんの腕にひっついて過ごす事にした。ヨルンさんから、あちらではずっとそうしていた方が安全と言われたので予行練習をする事にしたのだ。何事もぶっつけ本番よりもこうして練習して問題点を洗い出しておく方がリスクは少なくて済む。一夜漬けが許されるのは学生までなのだ。……やっぱり、なんか記憶がちょいちょい変だ。どうも学生以上の記憶が混ざりこんでくるというか……


「では訓練は通常のものから精神統一のものへと変更します」

「あぁ。無いと思いたいが、こちらに手を差し向ける馬鹿がいるとも限らん」


 ヨルンさんの部屋で仕事モードのヨルンさんと向かい合っているのは、マントの人の副隊長さん。ヨルンさんよりも年上の三十代ぐらいに見える人なのだが、とても温和な人だ。説得の時もその穏やかな口調で鎧の人をいなしていた。暗めの髪は日本ではお目にかかった事が無い緑っぽい色で、目の色も同系色の少し明るめ。目尻の笑い皺がチャームポイントのナイスミドルだ。


「防御だけなら問題はありませんが……留守はどの程度になりそうですか?」

「召喚を急がせている事から、当日か翌日には場が整えられると思うが……その後がな」

「難癖をつけてきますね……まぁ、隊長が不在でもなんとかします。それよりもお一人で大丈夫ですか?」

「問題ない」

「……正直、我々としてはこの国に義理もなにももう持ち合わせていないのですが」

「あぁ他国へ行くのなら止めはしない」

「隊長は行かれないのですか? 隊長であればどの国へ行こうとも迎え入れられると思いますが……何か行けない理由があるのですか?」

「私の事を気にする必要はない。留まっているのは私の意志だ」

「……わかりました。気が変わればいつでもおっしゃってください」


 頭を下げ、マントの人の副隊長さんは退室していった。

 お仕事中なので邪魔はしないよう空気になる練習をしているが、疑問がむくむくと湧いてくる。

 なんか、もしかしてヨルンさんってこれから行くところからあんまり歓迎されていないっていうか、疎まれている感じ? しかもこの砦の安全を気にするレベルって、相当なものではないだろうか? 食堂のおっちゃんが、小さい頃から苦労していたんじゃないかって言ってたけど……それは現在進行形?

 マントの人の副隊長さんはヨルンさんに、たぶんだけど亡命を勧めていた。ヨルンさんは自分は行かないと言っているけど、副隊長さんたちが行くのは止めてない……どういう事だろう……不穏しか感じない。

 ……私、のんきにお菓子貰って文字とか教えてもらって、お仕事のお手伝いだ~とかってやっていたんだけど、そんな場合じゃない感じだった……?

 ヨルンさんはいつもと変わらない様子で、部屋から出ると倉庫のようなところへ行って青白く光る石の在庫を確認していた。足りなかったのか、別の部屋から黒炭のような光を反射しない石を持ってきてその場で魔法と思われるものを呟いて、あの青白く光る石にして置いていく。

 黙々と光る石を作り、他にも魔法が関わっているらしい道具のようなものに魔法をかけていくヨルンさん。ヨルンさんが魔法を使う時はあの薄い白い光といい匂いがするのですぐにわかる。それにぽやーんとしていると、不意に言われた。


「大丈夫ですよ。あなたの安全は私が保障しますから」


 うん? 唐突にどうしたのだろうか。


「先ほど、フォルツと話している時に気持ちに揺らぎを感じました」


 フォルツさんというと、マントの人の副隊長さんだっけ? ゆらぎって何だろうと、にょきっと袖口から頭を出して見上げると目が合ったヨルンさんの口元は緩んでいた。


「使い魔契約をすると、簡易でも少しだけ感じている気持ちというのでしょうか。それが伝わるんですよ。ハッキリとした言葉に出来るようなものではないのですけどね」


 あー……って事は、不穏だと思ったのが伝わったという事なのかな?

 正直なところ、私はあんまり自分の心配はしていない。それはたぶん母様はどこにいても私が助けを求めたら来てくれるんだろうなという考えがあるからなのだが、ヨルンさんはそんな事知らないわけで。


「そう簡単には信用してもらえないですかね」


 うーん。と思っていると、寂しげに言われてしまった。うっ。なんか罪悪感が。そんな綺麗な顔で悲し気とか、胸が痛むんですが……

 信用していないわけではないんですよ、と慌てて首を横に振る。胴体を袖から出して、手をわきわきさせて見せるとヨルンさんは持ち運んでくれている小さな木の板と木炭を取り出してくれた。


「信用、してる。母いるから大丈夫? ……母?」


 うんうんと頷くと、ヨルンさんはしばらく考えた後、自分を指さした。


「母?」


 ヨルンさん……ちょっと噴出しそうになったよ今。さすがにヨルンさんを母とは思わないですよ。真面目な顔してされるからギャップが……ヨルンさんも何気に天然の気がある?

 違いますよー。と首を振ると、首を傾げられた。


「それでは近くに母親がいるのですか?」


 近く。か、どうかはわからないけど。まぁ意味合い的にそういう事なのでうんうんと頷くと、ちょっと首を傾げたままだったが「そうですか」とヨルンさんは呟いた。

「やはりフェザースネークとは別の種の可能性が高いですね……」とも呟いていたので、私が何の魔物か考えていたのだろう。残念ながらそこに答えはないが。

 ちょいちょいと、ヨルンさんの服を引っ張って木の板を見せる。


「何をしていたのか。ですか?」


 そうそう。邪魔したら悪いかと思って静かにしていたが、光る石とかファンタジーで凝視していたのだ。

 ヨルンさんは私の視線に気づいて、例の青白く光る石を取って見せてくれた。


「これは転移石というものです。念じたところへと飛べるのですが、作り手が限られるのでこうして私が補充しているんです」


 それはすごい! 転移なんてまるでゲームのようだ。


「飛べるといっても、その距離は作り手と使用者の力量に左右されるので、人によっては全く使えませんがね」


 いやいや、それでもすごい。たとえ数センチだろうと日本では考えられない事ですよ。ヨルンさんはそれから今まで手にしていた道具と思われるものを軽く説明してくれた。

 砦に使用している保護結界の要石に、国境に埋め込まれている結界の補助装置。鎧の人たちの連絡手段として使っている無線のような道具などなどエトセトラ。

 その全ての整備点検をあっという間に終わらせるヨルンさんは、多分普通ではないのだろう。時折やってくるマントの人はヨルンさんを見ると、恐れるというより尊敬といった目で見ていくので、有能なんだろうなぁと思う。

 その後もヨルンさんは砦の中を見て回って、何かを点検しているようだった。


 翌日――本当は明後日出立の予定だったらしいのだが――ヨルンさんと私は転移で都やらへと飛んだ。

 鎧の人の隊長さんとその副隊長さんは明日馬を使って来るらしい。ヨルンさんが急遽先に転移で移動したのは、ある人から呼び出しがあったからだ。

 というのは、夜にいつもと変わらずヨルンさんと寝ようとしたら、いきなり窓からぬるっと黒いものが入って来たのだ。非常に驚いた。

 それはブラックスライムという魔物らしく、とある人の使い魔なのだそうだ。ヨルンさんは大丈夫と私を撫でてくれたが、黒いどろっとしたソレはスライムというか、粘度の高いタールのようで某有名ゲームに出てくるあの可愛い感じが全くしなかった。

 ぬるーっと窓の隙間をすりぬけてくると、そいつは一塊になってぺいっと白い紙のようなものを吐き出し、吐き出したらまた窓からぬるーっと出ていってしまった。ちょっと唖然としてしまった。可愛くなさ過ぎて。

 ヨルンさんは吐き出された白い紙を開いて見て、溜息を一つついて手の中で燃やした。そうして呼ばれたので仕方がないと、予定を一日繰り上げたのだ。

 転移を行ったのはヨルンさんの部屋からで、行先は都とやら。街中ではなく、少し離れた街道沿いに出た。とりあえず一瞬で景色が変わった事に私は目を丸くした。

 思わず袖から頭を出して辺りを見回していたら、そっと頭を抑えられてしまった。


「人が全くいないわけではないので……窮屈ですが入っていていただけますか?」


 あ、そうなんだと私は引っ込んでそこから見える景色で満足する事にした。

 ヨルンさんが歩き出すと、いくらもしないうちに地面が土から石の舗装に変わった。そこからさらに歩く事一時間程だろうか。どこかのお宅へと入ったようだ。

 キィと少しさび付いたような鉄柵を開ける音がし、石畳が草の道に変わる。ちらちらと見える景色には、花壇跡のようなものや生垣の跡のようなものが見えた。どうも、誰かが住んでいるというところではない。どちらかと言うと荒れているという印象の場所だ。

 ヨルンさんは無言で進み、建物らしきところへと入った。

 鍵は掛かっていないようで、ドアからはギシッと建付けが悪いような音がしていた。床はヨルンさんが歩くと跡が付くほど埃が積もっている。空気もずっと閉じ込められていたような古びた匂いがした。

 これはあれだ。廃屋だ。

 なんでこんなところに来ているのだろうかと疑問に思っていると、その答えはすぐにわかった。

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