第8話 砦をうろついてみる②
暇な時に魔法を教えてくれるという事だったが……ヨルンさん、全然暇な時が無かった。
あれからずっとヨルンさんは書類を捌いて、たぶん寝たのは深夜じゃないだろうか? 朝は私が起きるよりも先に起きてまた書類を捌いているし、ご飯も私に新しいナッツを持ってきてくれるけど、自分はなんかよくわからない茶色い固形のものを水で流し込んでいる。ちょっと匂いを嗅がせてもらったら薬草臭いような匂いがして、お世辞にも美味しそうなものではなかった。食堂があるのにどうして行かないのだろうと思っていると、暇だと思われたのか「遊んできていいですよ」とドアを開けられてしまった。
まぁ邪魔をするのも申し訳ないので散歩に行きますが。
明るい砦を見るのは初めてなので、早速外に出てあの中庭らしきところへと行ってみる。グラウンドのような円形ではないが、それぐらいの大きさはありそうな場所だ。早朝から走っている人がいて、今も何組かで分かれて走ったり、木刀? のようなものを使って打ち合いをしていた。飛び交う声は真剣で、部活の喧騒とはまた違った雰囲気がある。
近づくのは迷惑になりそうなので、中庭の外縁をすいーっと移動しながら見ていると声を掛けられた。
「あ、お前」
声を掛けてきたのは、ほっそりした感じの体格の人で、たぶんマントの人の一人だろう。赤毛を後ろで一つに括っている、ちょっと童顔な感じの男の人だ。
「お前、ヨルン隊長に面倒見てもらってるって奴だろ」
赤毛の人の後ろから薄い茶色の髪の人がやってきた。こっちも体格的にマントの人っぽい。赤毛の人より背があるのでちょっと威圧感はあるけど。
はい、面倒見てもらってます。と頷くと、二人はちょいちょいと私を手招いた。
なんだろう? と、二人の後についていくと建物の影のところでいきなり振り向かれてびくりとする。
「なあ、お前ヨルン隊長が怖くないんだよな?」
「それに昨日、食堂に居た奴がやたら人に慣れてるって」
うん? うん。まぁ怖くないし、もともと中身が人間なので慣れているといえば慣れているが。それがどうしたのだろう?
首を傾げると、二人はうっと呻いて顔をそむけた。なぜ?
回り込んで見ると、何故か二人は目を潤ませてわなわなしていた。どうしたんだろう。風邪かな? それとも食あたり?
「な、なあ」
はい。
「ちょっと撫でさせてくれない?」
おずおずと赤毛の人が言ってきたが、それだけ?
よくわからないが、撫でたいのなら撫でてもいいが……
どうぞ、と頭を差し出すと二人は目を輝かせて、だけどすごく恐る恐るという感じで手を伸ばしてきて、そおっと撫でてきた。
「うわ……すべすべ」
「やわらかい……」
うむうむ。私の毛並みは母様のお墨付きだからな。気持ちよかろう。ちょっと自慢だ。あの隊長さんとかお構いなしに鷲掴みにしてくれるが、ちゃんと触ればこの魅力に気づくだろうに。
ちょっと機嫌よくなってその手にすりすりしたら、震えられた。
あれ? 駄目だった? と見上げたら、二人とも空いてる方の手で口元を抑えていた。
「やばい……」
「なんだこれ……」
うん? あなた方がいうところのフェザースネークなのでは?
「なぁ、隊長……こいつを使い魔にするのかな」
「いや無理だって。大型の魔物でも無理だったのにこんな小さいの。それに保護した奴は禁止されてるだろ」
「あぁそうか……ってことは俺たちも駄目だよな……」
「俺たちなら出来そうなのにな……」
うん?? 何の話だろう?
よくわからなくてコテンと首を倒すと、同時に二人の口から「あぁ……」と声が漏れた。なんなんだ一体……
「か、かわいい……」
あら、そんな。かわいいだなんて。お上手ですこと。
そういう事かと機嫌がよくなって、私はするりと伸びて赤毛の人のほっぺに鼻先でつんとキスをした。そしたら赤毛の人が倒れた。え!?
「うわっ、お前ずるい」
ずるい!? え、倒れたんですけどこの人! 大丈夫なの!?
ちょっと、いや、かなりびっくりしておろおろしてる私に、背の高いもう一人が羨ましそうに見ているという、何この状況。
「俺にもしてよ」
え、いや、そんなノリとかでやってるんで改めて言われると恥ずかしくなるんですが。そんな迫られると怖いというか、逆に出来なくなるというか……
「何をしている」
どうしようとあたふたしていると、後ろから声がした。
振り向いたら、食堂で隊長さんの横にいた人がいた。
「あ、ゲイツ副隊長……」
「魔導隊は休暇でも与えられているのか?」
「い、いえ! 失礼しました!」
背の高い人は赤毛の人を引きずって慌てて行ってしまった。細いと思ったけど、人ひとり引きずって行けるだけの筋肉はあったらしい。引きずられてるあの赤毛の人、大丈夫だろうか……足持っていかれたから後頭部ずりずり地面に擦り付けているんだけど……
「魔導隊の者は魔力が高く、生き物に恐れられやすい。そうやって懐いていると嬉しさのあまり何をしてくるかわからないぞ」
警告なのかな? 茶色い髪の人は副隊長さんだったようだ。注意してくれたのだと思うが、言うだけ言って行ってしまった。
なるほど。マントの人は全般的にフレンドリーにしたらさっきみたいに迫られる事があると……ヨルンさんはそんな事ないんだけどなぁ……
まぁ理解したので、次からは気をつけよう。
と、私も思っていました。
でも食堂を覗いた時にひげもじゃのおっちゃんと目が合って、そこから何が食べられる? と、いろいろなものを出されたら、ね? ほら、お菓子みたいなものまで出してくれたら緩むってものじゃないですか。
「ははは。お前、本当に人懐っこいなぁ」
クッキーがことの他おいしくてですね。ブラボーと喜びの舞を披露しておっちゃんの逞しい腕にすりすりしてしまいました。
幸いおっちゃんは食堂の人で魔導士ではないから、生き物に怖がられるという事もなく、私は猫にするようにこしょこしょとあごまわりを撫でられております。うーん、やるな、このおっちゃん。
「ヨルン隊長の腕にいた時は見間違いかと思ったもんだが、こんなに慣れてるんじゃ納得だ」
そうですか? うーん。やっぱり慣れすぎか。まぁ普通自然界のものって警戒心の方が先に来るもんね。
「あんなに穏やかな顔も出来るんだな。お前のおかげで珍しいもんが見れたよ」
そうなの? と首を傾げると、そうだぞとおっちゃんはもう一枚クッキーをくれた。やった!
「小さい頃から魔力が高くていろんなところをたらい回しにされたって話だからな……本当はさるお方のご落胤だとかなんとかって噂だが……魔力暴走と隣り合わせで遠巻きにされて、まともな青春一つ送ってないんだろうねぇ」
魔力の魔の字もない俺たちには想像もつかないけどな、とおっちゃんは言った。
ふーむ。そうなのか。全然魔力がどうとか私わかんないけど。
「この砦に赴任するまでは研究塔で人体実験まがいの事もされたとかって――」
え……人体実験? 思わず齧りかけのクッキーから顔を離しておっちゃんを見ると、おっちゃんは苦笑していた。
「噂だ、うわさ。まさかこの国が本当にそんな事やってるとは思っちゃいないが、それだけ強い力を持ってるから成長するにつれ、やっかみでそんな噂を撒かれたんだろう」
なるほど。人間の世界って怖いなぁ……元人間だけど、そんな世界知らないとこで生きて来たしなぁ……この世界って権威主義っていうか、そのものずばり貴族みたいなのがいて牛耳っているのだろうか? そういう人たちに関わるのは面倒そうだ。
「まぁお前はすぐに解放されちまうんだろうけど、今ぐらいはあの人の癒しになってやってくれや。厳しい人だけど俺たちみたいなのにも平等な人なんだ」
あ、それは、はい。私なんかでよければ。
こくこくと頷くと目を細められてわしわしと撫でられた。ちょっと雑だがおっちゃんの手はあったかいので嫌ではない。
お土産にクッキーを貰ってヨルンさんの部屋へと戻ると、出迎えてくれたヨルンさんに驚かれた。
「それは……食堂で貰ったのですか?」
私が首から下げている袋を手に取り、中を見るヨルンさん。うんうんと頷いて部屋の中へとするりと入る。相変わらずテーブルの上は書類の山だ。
「クッキーが気に入ったのですか」
可笑しそうに笑うので、子供みたいだったかなとちょっと恥ずかしい。
でも私、たぶん子供だからいいのではないだろうか? いいよね?
すいーっと定位置になりつつある寝床に収まると、ヨルンさんも椅子に戻ってクッキーを私の傍に置くと、テーブルの上にあった本を取った。見た感じちょっと古ぼけた感じで、ページ数もそんなになさそうだ。どうするんだろうと思っていると、それを開いて私の前に置いた。
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