第7話 砦をうろついてみる

 絶対言うなよと念押しして鎧の人たちは行ってしまった。

 それから会う人会う人、物珍しそうにじろじろと見てきて、それから銀の輪に気づいて驚いていた。

 あの紺色マントの人はどうやら動物にあんまり好かれないタイプの人らしい。特にそういう感じはしないし、優しそうな感じの人だと思うのだが。

 うろうろしていると食堂が見えたので飛び込んでみると、夕食時だったのか沢山の人がトレーの乗せられた食事を持って開いた席に座りがやがやと食事をしていた。さすがに食事時には鎧やらマントやら邪魔なのか誰もつけていない。でも体格というか腕の太さというか、そういうのが全然違うので鎧の人とマントの人は見わけがついた。

 寝る前に来た時には閑散としていてテーブルだけが並んでいたので、全く違う雰囲気にちょっとびっくり。

 さすがにここに動物は、私は精霊だけど見た目は動物だし、入っちゃだめだよなと思って引き返そうとしたら声を掛けられた。


「そこのフェザースネーク」


 聞き覚えのある声に振り向くと、檻ごと叩き切ってきた人がいた。えっとこの人なんて言われてたっけ? 隊長さんだっていうのは覚えているが。

 短く刈った黒い髪に黒い目の隊長さんは鎧を脱いでも何というか、凄味があると言うか……顔はそんなに怖い感じではないのだが、目だろうか? こう、猛禽類というか、狙われているような心地になるというか……

 隊長さんは横にいた人に笑って言った。


「ほらな? あいつ言葉がわかるんだよ」

「隊長の頭がおかしくなったのかと思っていましたが……本当みたいですね」


 隣の人も腕の太さとか胸板とかすごくて、たぶん鎧の人なんだろうと思われた。こちらの人は茶色い髪色で、目も同色の穏やかそうな感じだ。


「ほら、ちょっとこっちにこいよ」


 隊長さんは正直ちょっと怖かったが、隣の人は大丈夫そうだったので、心持ちゆっくりめに風を起こさないように注意して近づいた。

 近づいたらガシッと掴まれて、びくっとしてしまう。口から「ぴぃ!」と出てしまった。


「隊長……それはさすがに見ていて可哀想なのですが……」


 隣の人が言ってくれるが、隊長さんは意に返さず私を目の前にもってくるとじっと目を覗き込んで来た。


「ほら、この目が金色なんだよ。だからヨルンの奴がレアだとか言ってな」

「本当ですね……綺麗な目です」


 え? そうです? いやぁ……そんな綺麗とか照れちゃいます……


「なにぐねぐねしてるんだ? こいつ」

「……ひょっとして、照れているのでは?」

「フェザースネークが?」

「隊長が言ったんでしょ。言葉が理解できると」

「言ったけどな……お前、照れてんの?」


 照れてるの? と、聞かれて素直に頷く奴がいるだろうか?

 私は思わないので、ふいっとそっぽを向いた。ら、がしっと頭を掴まれてぐいっと隊長さんの方を向かされた。


「お前いい度胸してるなー。俺の質問に答えないのか?」

「隊長、大人気ないのでやめてください……」


 額を抑えて呻く隣の人に、うんうん頷く。本当に、頭掴んで無理やりすごむってどうなんですか。私、一応生まれてまだ一ヶ月ぐらいなんですけど。人間で言ったら赤ちゃんですよ? 精霊的にはどうか知らないけど。


「なんだよ、こいつの方がいいのか?」


 ぽいっと隣の人に放られて、慌てて邪魔にならないように浮かぶ。

 もう、この隊長さんはちょっと扱いが荒いと思います。


「この子、ヨルン隊長が預かっているんですね」


 私の首の輪を見て言う隣の人に、隊長さんはああと笑った。


「あの魔力が馬鹿高くて生き物全般に恐れられてる奴がな。こいつは俺とあいつを比べてあいつの腕に潜り込みやがったんだ。あの時のあいつの顔は面白かったぞ」


 くつくつと笑う隊長さんに、隣の人は微妙そうな顔をしていた。


「ヨルン隊長も苦労しているのですからそう笑うものではないですよ」

「気を使われてる方があいつは嫌がるからな。これでいいんだよ」

「そうですか……」


 ため息をひとつついて、隣の人はそっと私の背を押した。


「さ、今の内に離れなさい。隊長はがさつですから」

「おい、聞こえてるぞ」


 私はその助言に有り難く従い食堂を離れた。なんか他の人の視線も沢山いただいてしまったが、まぁ暇つぶしにはなった。

 そろそろ戻ろうかなと思っていたら、何やら視線を感じた。なんだろうとキョロキョロすると、暗い部屋の中から何やら光る眼が見えた。

 びくっとしてしまったが、よく見たらあの捕まっていた魔物達だった。

 近づいてみると、どうやら三つ目の犬みたいな子だけが起きているようだ。他はくーくーと寝息を立てている。

 三つ目の犬の子は檻ぎりぎりまでこちらにやってきて、くんくんと匂いを嗅ごうとしていた。

 保護区とやらから捕まってしまったらしいが、とりあえず元気そうなので落ち着いたらそちらに戻してもらえるのだろう。

 ふと、私も解放されたらどうしようと思った。解放していただく事自体は有り難いのだが、ここがどこか知らないのだ。捕まった時に寝てしまったからどういう経路で来たとかも、さっぱりわからない。

 うーん……どうしよ? 叫べば母様に届くだろうか?

 困ったなぁと思いながら紺色マント、ヨルンさんの部屋へと戻りドアをぺしぺしと尻尾で叩くと開かれた。

 するりと中へと入るとヨルンさんが開けてくれたのがわかる。

 ただいまーと、するすると腕に一度巻き付いてから離れ、テーブルの上に置かれたままの寝床に落ち着く。


「楽しかったですか?」


 うんうんと頷くと微笑まれた。

 本当、優しそうな人なんだけどな。魔力がどうとか言っていたから、動物とかは野性的な何かを感じ取っているのかもしれない。

 ふと見ると、テーブルの上に置かれていた紙の束が増量していた。五倍ぐらいに。

 頭を伸ばして覗き込むが、やっぱり文字は読めないので何が書かれているのかはわからなかったが、あちこちに線が引かれて書き直されているような跡があった。

 もしかしてと思ってヨルンさんの手元を見ていたら、あちこちヨルンさんが訂正しまくっているのがわかった。報告書を書いているというより、何かの書類をチェックしているという感じだ。

 と、観察していたらドアがノックされてヨルンさんが「入れ」というと、グレーマントの人がまた紙の束を持ってきて、ヨルンさんに言われてチェックが終わったと思われる紙の束を持っていった。そしてもくもくと同じ作業に戻るヨルンさん。

 じーっと私が見ていると、ヨルンさんは気づいて顔を上げた。


「どうしました?」


 特にどうという事はないのだが、なんだかものすごく大量の書類を一人で片付けているような気配がしたので、ちょっと気の毒に思っていただけだ。

 伝えようがないので、首を傾げて誤魔化す。


「文字が面白いのですか?」


 あ、うん。それはちょっと思う。読めたら便利だろうし。わからないままだと眠くなっちゃうけど。


「麓の町にあったかな……」


 何か思いついたのか呟く。なんだかわからなかったが、御苦労様ですという気持ちでナッツの入った器をヨルンさんの方へと押した。


「ん? もっと欲しいのですか?」


 違う違う。そんなに食べないし、なんなら必要ないです。

 私は寝床から浮いてナッツを一つ手に持ち、はい、とヨルンさんの目の前に差し出した。


「……くれるのですか?」


 うんうんと頷くと、何故かヨルンさんは口元を抑えて横を向いた。どうしたのだろうと顔を覗いて見るとちょっと目元が赤くなったヨルンさんと目が合った。

 うん? どうしたの?

 首を傾げると、ヨルンさんは顔を覆ってしまった。だがすぐに手を離すと、いつもの穏やかな顔でナッツを受け取ってくれた。


「ありがとうございます」


 手が伸びてきたので、思わず頭をすりすりしかけたがその手に白い包帯が巻かれているのが目に入り、動きを止める。


「あぁ、大丈夫ですよ。形だけです。ほとんど傷は癒えていますよ」


 私の動きの意味に気づいたのか、なんとヨルンさんは包帯を外して手のひらを見せてくれた。見れば、確かに人差し指の付け根から斜めに薄っすらと赤い跡があったが、切れている様子はなかった。


「魔導士はそもそも治癒能力が高いですからね。この程度の傷ならあと数刻で消えてしまいますよ」


 そうなんだ……良かった。

 ほっとしていたら、よしよしと頭を撫でられた。

 

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