第6話 意思疎通を図る②

「これは……順序を示している? もしくは変化?」


 そうです! そうそう!

 ブンブン首を縦に振る。


「という事は、これがあなたなら、こっちのこれは……もしや、あなたは人になる? もしくは、人に変化出来る?」


 大当たり!

 そうなんです! とブンブン首を縦に振る。


「どちらでしょう? 人になる?」


 あ、そっちはちょっとニュアンス違います。私、あくまで精霊なので。


「では、人に変化出来る?」


 そう、そっちです。はい。


「フェザースネークが人の姿を取れるというのは……聞いた事が無いですが……それでは、人の姿になってもらえますか?」


 あ、いえ、まだ出来ないんですよ。えーっと。どう表わしたらいいんだろ。

 迷って、にょろにょろと棒人間の間に、開いた本を書いてみる。勉強中なんですと伝わるだろうか? ちらっと見ると、難しい顔をしていた。


「魔導書が必要という事ですか?」


 魔導書? いや、そういうものはいらないんだけど……

 違うと首を振って、どうしようかと考える。だが案が浮かばない。ええい、一回見てもらったらいいか?

 私は木炭っぽいものをテーブルに置いてテーブルから離れ、いつもの練習のようにぐっと身体に力を入れるように丸めて、それからパッと力を抜いてみた。予想通り、何の変化もないわけなんだけど。その結果に残念というようにだらーんとして見せる。


「もしや、やりたくても出来ない?」


 そう! そうなんです! けど、ニュアンス伝わってるかな? 練習中って。


「あの闇市で何か封じられたのですか?」


 そんな格好いい理由じゃないです。首を横に振ると、首を傾げられた。

 うーん。やっぱり練習中って伝わらないか……

 そう思っていると、不意にクスクス笑われた。何だろうと思っていると、顔を指さされた。


「顔、汚れていますよ」


 あぁ……木炭みたいなの咥えたから。

 紺色マントの人は、すいっと指を動かした。すると私の周りを薄い白い光が取り巻いた。これはあれだ、寝る時自分にもしていたあれだ。

 あ、そうだ。

 私は机に戻って、板をソイヤッと両手でひっくり返して新しい面に黒い四角と中を塗ってない白い四角を書いて矢印で繋げた。

 それから小さい手を使って、すいっと動かして黒い四角を指さし、次に白い四角を指さす。


「クリーンの魔法ですか?」


 クリーンの魔法! やっぱり魔法だ!

 うんうんと頷いて、私はわざと木炭っぽいもので手を汚して、すいっと手を動かして綺麗にならないのを見てだらーんとし、またテーブルから離れてうーんと身体を丸めてパッと力を抜いて、姿が変わらない事にだらーんとして見せた。

 何も言わず様子を見守っていてくれていた紺色マントの人は、ぽんと手を打った。


「そもそも、姿を変える事は出来なかった?」


 はい。そうです。種族的には出来るみたいなんですけど、私、出来ないんです。


「でもじゃあ何で姿を変えようと?」


 えーっと、種族的に出来るというのは……あ。

 またテーブルに戻って、小さいにょろにょろと大きいにょろにょろを描く。そして大きいにょろにょろから棒人間への矢印にはマルを描いて、小さいにょろにょろから棒人間への矢印にはバツを描いた。

 これでどうでしょう?


「……これは、小さいのがあなたですか?」


 うんうん。


「となると、大きいのは、親? 親は姿を変えられる?」


 はい! そうなんです!

 大きく頷くと、また首を傾げられた。


「どうして今姿を変えようと? 出来ないのですよね? あ、意思疎通を図りたいという事ですか?」


 大正解!

 ブンブン頷いて、今度は黒い四角から白い四角を矢印で繋いでいるものと、大きいにょろにょろから棒人間へ矢印で繋いでいるものをイコールで結ぶ。


「……同じ? クリーンの魔法と? いや、魔法だという事を言いたいのかな?」


 そうです! たぶん、あれもこれも魔法の類だと思うのです!

 頷いて、紺色マントの人を指さして、それから自分を指さす。

 それを繰り返していると、紺色マントの人は困惑したように言った。


「まさかですが……魔法を教えてほしい、と?」


 ブラボー!!

 思わず踊り舞って風を起こしてしまいました。

 いかんいかん。私は母様のようになってはいかん。あんな暴風まき散らすようになっては人として、人じゃないけど、いかん。


「いや……まさかフェザースネークに魔法を教えて欲しいと言われるとは……」


 紙が飛ばされないよう抑えていた紺色マントの人はちょっと唖然とした様子で呟いていた。

 えー。ダメですか? じーっと見つめていると、困ったように微笑まれた。


「とりあえず、私に時間があるときに教えてみますが……」


 あーそっかぁ。普通ヘビに教えるとかないもんなぁ。

 なんか面倒な事をお願いしてすみませんと、ぺこりと頭を下げる。


「賢いから本当に覚えられそうなところが何とも……」


 それじゃあちょっと書類を片付けますからと言って紺色マントの人は、もう一度私の口と手を魔法で綺麗にしてくれると、テーブルに備え付けてある椅子に座り一枚ずつ紙に目を通していった。

 暇なので私はすいーっと後ろに回り込んで覗いてみた。

 こちらの文字はアルファベットに少し似ている。どちらかというとギリシア文字っぽい感じだ。じーっと眺めていると段々と眠くなってきた。

 駄目だ。寝てしまう。さっきまで寝ていたのに。かと言ってやる事もないので暇だ。すいーっと窓の方へと寄ってみて外を見ると中庭だろうか? 数人、そこを走っているのが見えた。訓練?

 朝日か夕日かわからなかったが、だんだんと橙色が薄く暗くなっていくので夕日だったのだなとわかった。こんな時間にも訓練するとか人間は大変だ。

 それにも見飽きてすいーっと部屋の中を泳いでいると、くすくすと忍び笑う気配がして見れば紺色マントの人が口に手を当てていた。


「すみません。あんまりにも暇そうで……」


 そんなにわかりやすかっただろうか? 私ヘビなんだけど。それでもわかる?

 紺色マントの人が立ち上がって棚から何かを取り出すと、ちょいちょいと手招きした。

 なんだろうと近づくと、ひょいっと頭に何かを通された。それは丁度手が生えているうえのところで狭まりピタリとひっついた。なんか首輪みたいな感じだ。少し緑っぽい銀色で、表面には細かな模様が彫られている。手の凝った細工物みたいでちょっとおしゃれだ。


「それであなたの居場所がわかります。私の関係者だとそれを見ればわかりますから、この砦の中なら見て回れますよ」


 え、いいの?


「いいですよ。私もずっと相手をしてあげられるわけではないので。ただし、危ない事はしないように。何かあれば戻ってきてください」


 はーい! と、嬉しさのあまりバンザイして私はドアに突撃した。が、開けられないので振り返る。


「はいはい。今開けます」


 開けてもらってよーいドンで飛び出した。


「急いだら危ないですよ。人にぶつかります。気を付けて」


 後ろ背に注意されてはーいと返事の代わりに「ぴぃ!」と鳴いて飛んでいく。

 さーて、どこに行ってみようかな~とウロウロしていると、また鎧の人たちに出くわした。


「あ? なんか変なのがいるぞ」


 三人組の一人が私に気づいて指をさしてきた。

 どうも、と日本人らしくぺこりと会釈をすると、びっくりされた。


「なんだこいつ……? あれ? これ」

「それ、魔導隊の指輪してないか?」


 もう二人も寄ってきて私を、というか私が首にしている銀色の輪をじろじろと見た。


「いや、これ、ミスリルだ……」

「え……って事はヨルン隊長の?」


 銀色の輪に向けられていた視線がギギギと私の顔の方へと移動してきた。


「なあ、さっき食堂でフェザースネークがどうのとか言ってたよな……?」

「あ、ああ……生き物全般に嫌われるヨルン隊長が連れて来たとかって……」


 ヨルン隊長っていうのは、あの紺色マントの人だ。もういい加減名前を憶えてきたぞ。

 うんうん、その人に連れてきてもらったよと頷くと、またギョッとされた。


「こいつ……俺たちの言う事理解してないか?」

「まさか……」

「だけどさっきから俺たちの事見てないか?」


 そりゃ見られたら見ますよ。観察しているのが自分達だけとでも思っているのだろうか?

 すいーっと泳いで鎧の人たちの周りを飛ぶと、ひぃぃ! と言われた。なんで?


「お、俺たちは何も言ってないからな!」

「そうだぞ!」

「生き物に嫌われるとか、そんな事言ってないからな!」

「あの人何気に気にしてるからな! 言うなよ!」


 いや、言えないし言わないけども。最後の一言は余計では?

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