第5話 意思疎通を図る

 紺色マントの人はそれからグレーマントの人たちの指揮を執り、あの大きなテントを解体するところまで全部終わらせてから砦というところに戻った。

 その頃には朝日が昇っており、一晩中、いや張り込んでいたのならもっと長い間仕事をしていたのだろう。お疲れのところに私の世話まで焼いていただいて申し訳ないやら有り難いやら。

 只今、私と紺色マントの人は砦の食堂にきていた。

 砦はがっちりとした堅牢な造りで、見た目はごついが頑丈さは折り紙付きですみたいなところだった。ただ、全体的に窓が少なくて中はちょっと薄暗い。まぁ私、夜でも十分物が見える目をしてるから平気だけど。


「フェザースネークは花の蜜を食べると言われていますが……蜂蜜はあったかな……」


 あ、私食べ物不要です。なんかこう空気吸ってたらそれでお腹が膨れるので。

 ブンブン首を横に振ると、首を傾げられた。


「蜂蜜は食べない?」


 うんうんと頷く。


「となると……なんでしょう……花?」


 ブンブン首を横に振る。


「植物?」


 ブンブン首を横に振る。


「もしや肉ですか?」


 違う違うと首を横に振る。


「……とりあえず食べれそうなものがあったら食べていいですから」


 うーん。ここで首を横に振ったら困るだろうし……とりあえずで頷いておく。


「ヨルン隊長? それ、なんですか?」


 食堂の奥、朝ごはんを作っていたらしい髭もじゃのおっちゃんが顔を覗かせていた。私は紺色マントの人の袖から頭だけ出してぺこりとお辞儀をする。おっちゃんはびっくりした顔で持っていた芋を取り落とした。


「あぁ、今回の捕縛で保護したフェザースネークだ。こいつが食べれそうなものがあったらやってくれ」

「それは構いませんが……」


 珍しいですねという声は小さかったが、紺色マントの人が去る寸前に聞こえた。

 廊下に出ると、欠伸をしていた鎧の人と鉢合わせたが、鎧の人が紺色マントの人を見てビクッとして慌てて欠伸を隠していたのが印象的だ。

 どうやら紺色マントの人は、グレーマントの人達にはそうでもないが鎧の人達にはビビられているようだ。あれかな? 仕事モードの顔が怖いのかな? 綺麗な顔だしそれが余計に怖いとか。

 階段を上って奥まったところにある部屋の一つに入ると、紺色マントの人はマントを外して椅子に放った。部屋の中はベッドとテーブルと椅子と、あと棚があるだけでそんなに広くない。ワンルームの部屋といい勝負の広さだった。

 紺色マントの人……マントとっちゃったけど、棚に近づくと引き出しを一つ出して中のものを別の引き出しに突っ込むと、空いたそこに布のようなものを突っ込んでテーブルに置いた。

 

「こんなものしかないですけど、とりあえずでいいですか?」


 こんなもの、とは箱に詰めた布の事? それとも箱自体の事? と、ちょっと悩んであぁと理解。これ、私の寝床っていう事ですね。

 するすると箱の中に納まって見上げると、ほっとしたようだった。


「すみませんが、少し仮眠をとりますので。何かあれば起こしてください」


 言ってそのまま、本当にそのまま、ブーツも脱がずにベッドに横になる。シャワーも浴びないとかよっぽど疲れていたのかと思ったが、紺色マントの人が腕を振ったら一瞬白っぽい薄い光に包まれて、見るからに服についていた泥とか汚れが綺麗になった。なんと便利な。そういえば魔導部隊がとか言っていたから、この人魔法を使えるのだろう。

 あ、もしや姿を変えるアレもこの人なら知っていたりするんじゃないだろうか?

 母様みたいな説明下手でもなさそうだし、何とか意思疎通が出来たら教えてもらえたりしないだろうか? そうなったらあっさり出来そうな気もする。

 そんな事を考えながら、私は目を閉じた。

 母様心配してるかな? とかはあんまり思わなかった。前に一度散歩に行った時寝落ちして朝帰りしたが、全然心配されていなかったので。

 もうちょい心配してもいいんじゃないでしょうかと思わないでもないが、精霊の基準がわからないので判断のしようがない。ひょっとすると精霊はかなりの放任主義というか放置主義というか、そういうタイプの存在なのかもしれないし。

 ぐっすり眠って起きてみると、テーブルの上に水の入った器と、ナッツのようなものが皿に入れてあった。あの紺色マントの人はベッドに居ない。小さな窓から外を見ると、朝焼けなのか夕暮れなのか橙色の太陽の光が見えた。

 とりあえず寝床から頭を出して、水に近づく。

 私、精霊に生まれてから何も口にしたことがないのだ。食べるという行為そのものが出来るのだろうか?

 ちょっと興味があってチロリと舌を出してなめてみる。

 ……うん。味はしない。ただの水だ。

 ちらっと今度はナッツに目を向ける。

 さすがにこれは味があるよなと思って、くんくん匂いを嗅いでみると、軽く炒ってあるのか香ばしい匂いがした。小さく口を開けてカリッと齧ってみると、アーモンドのような味がした。人の口とは違うので、ちょっと勝手が違ったがむぐむぐと噛んで飲み込む。そういえば私、歯があるんだな。奥歯は無さそうな感じだけど……

 噛み砕こうとして出来なくて結局飲み込んだが、特に身体に異常はない。

 もう一口、と口を開けたところでガチャリとドアが開いた。


「おや、起きていましたか。それは食べられそうですね」


 あ、えーっと……興味本位だったが、確かに食べられそうではある。

 紺色マントの人は手に紙の束を持っていた。部屋に入ると、水とナッツの器をちょっとずらして、そこに紙を置いた。覗いてみると、何やら文字のようなものが見えた。

 文字!

 そうだ。文字だ。それならいけるのでは?

 私は思い立ったままふわりと浮かんで、つんつんと紙を鼻先でつついた。


「これが気になるんですか?」


 うんうんと頷くと、少し困った顔をされた。


「申し訳ありませんが、これで遊ぶのはちょっと」


 あ、いえ。そうではなく。うーんと悩んで、頭を後ろに引いて胴体を前に出し、両手が見えるように出して、わきわきと握って見せた。

 一瞬、紺色マントの人は「ふぐっ」と変な声を出したが、ゴホンと咳をして妙に真面目な顔でもう一度私を見た。


「……それは?」


 これじゃわからないか……わからないよなぁ……私でもペン握りたいって言われてると思わないわ。

 なんとか頑張って、今度は小さい手を使って紙に書く動作をやってみる。


「……もしかして、何か書きたいのですか?」


 おお! 伝わった!

 思わず高速で何度も頷いたら笑われた。少し待っていてくださいと言われ、部屋を出て行った紺色マントの人は小さな黒い棒と板を持って帰ってきた。

 差し出されたのでクンクン嗅いでみると炭の匂いがした。木炭だろうか? 手で握ろうとしたが、うまく握れなかったので仕方なく咥える。そしたらはいどうぞと板を差し出されたのだが、そこで固まった。私、この世界の文字を知らない。

 今更そこに気づくとは……と、ちょっと情けなくなったがすぐに切り替えて、絵を描く事にする。一つは今の私で、にょろにょろを。もう一つは棒人間を。にょろにょろから棒人間へ矢印を何とか描く。それが今の私の画力の限界だ。

 にょろにょろから、人の姿になりたいの、と棒でつんつんして見せると、紺色マントの人は考え込むようにじっと私の描いた絵とも言えない絵を見つめた。


「これは……あなた?」


 にょろにょろのところを指さされ、そうですと元気よく頷く。


「これは……誰でしょう。私?」


 違う違うと首を横に振る。


「ダルト?」


 ダルトって、確かあの鎧の隊長さんだっけ? それも違うと首を横に振る。


「……私の知らない人ですか?」


 知ってる人、っていうか目の前にいる私ですと首を横に振る。そして、矢印の部分をつんつんして強調して見せる。


「これは矢ですか?」


 矢だけど矢じゃないです。どうしよう。矢印が伝わらないとかって……あ、そうだ。

 思いついて、空いているところに、発芽、双葉、花を描いて矢印で繋げていく。

 これで矢印の意味が伝わるといいのだが……

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