第4話 保護された?

「こいつ、俺たちの話がわかってるだろ」

「フェザースネークの知能は高いですが、人の言葉まで理解しているという話は聞いた事がありませんよ」


 まさかと言う紺色マントの人に、でもほらと隊長さんは私を掴もうとするので、私はするりと逃れて紺色マントの人の影に入った。


「これはあなたが乱暴に扱ったからでしょう」

「だったらお前から逃げてもおかしくないだろ? 人間から逃げようとするならな。

 少なくともこいつは俺とお前を認識して区別してるってことだ」

「………」

「あ、逃げるなよ。逃げたら証拠紛失でこっちが始末書書かなきゃならないんだ」


 話の隙にそっと離れようとしたら止められた。

 えー、でも、私精霊だし人の世界とは違うところで生きている生き物だと思うし……


「すみません、少しの間付き合っていただけますか? 安全は保障しますから」


 今度は紺色マントの人にも止められて、うーんと考えて、まぁ安全ならと頷いた。


「ほれみろ、頷いた。こいつわかってるんだよ」


 あ。確認それが目的だったのか。まぁ別に言葉がわかるという事がバレても問題はないと思うからいいけど。母様に人と話すなとか言われてないし……説明してないだけ、ってありうるかも……母様ー、もうちょっとちゃんと説明して!


「そのようですね……それに」


 紺色マントの人にそっと壊れ物を扱うように身体を持ち上げられて、目の高さに掲げられる。

 紺色の目が私の目を覗き込むようにじっと見てくるので、何だろうかと首を傾げる。

 それにしてもこの人、じっくり見ると綺麗な顔立ちをしている。母様はザ男役という凛々しい顔立ちだが、この人は中性的な不思議な顔立ちだ。ちゃんと男の人に見えるのだが、男らしいというよりどこか人間離れしたような、神秘的という言葉が合うような気がする。


「この個体、レアかもしれません。目の色が通常のものと違います」

「目?」

「通常のフェザースネークの目は薄いピンク色なんですよ。でもこの個体は金色です」


 横から隊長さんも覗いてくるので、なんだか居心地悪くてキョロキョロしてしまう。


「あぁほんとだな。まぁ別に何色だろうと話がわかるなら手っ取り早くていいだろ」

「あなたはまたそんな……研究者にバレたら捕獲されかねないんですよ」


 研究者……なんか、それは嫌な響きがする。解剖とかされるんだろうか……

 私がびくついたのが分かったのか、紺色マントの人は大丈夫と頭を撫でてくれた。


「先ほども言いましたが、あなたの安全は保障しますよ。事が終わればきちんと解放しますから」


 うん。たぶん、この人なら信用出来るんじゃないかな? なんとなくだけど。

 とりあえず隊長さんの方はいろんな意味で信用出来なさそうなので、紺色マントの人の腕にするすると巻き付いておく。袖の中だったら隊長さんの鷲掴みからも守ってもらえそうだ。何気にこの人いい匂いがするし。

 はっ、今の私の行動は変態というやつでは? でも私精霊だし、人じゃないしセーフか。セーフにしとこう。


「じゃそいつはお前に任せるわ」

「はいはい。面倒な事はいつも通りですね。任されましたよ」


 隊長さんと別れ、紺色マントの人はテントを後にした。

 テントを出ると、あちこちに篝火のような、でも松明ではなく光の球がそこら中に浮かんでいた。数多くの照明らしきものに照らされた中、なんと鎧の人たちだけじゃなくてマントの人も結構な数が動いていた。ただこちらのマントの色は薄いグレーで、紺色の人とはちょっと作りも違った。袖の中で方向転換し袖口からちらちらと様子を窺っていると、気づいたのか、紺色マントの人が小声で解説してくれた。


「我々は国境警備隊の魔導部隊なんですよ。先ほどの男、ダルトは国境警備隊の隊長です。違法な売買取引があると情報を得ていたので摘発に乗り込んだんです」


 解説しながら、紺色マントの人は「わかるかな?」とちょっと確認するようにこちらを見た。魔導部隊がどういうものなのかとか、どの国の国境警備隊なのかとか、わからない事はあるが意味そのものは大体わかるので頷くと、小さく微笑まれた。


「本当に賢いですね」


 いやいや。そんな。母様のポンコツ説明に比べたら大抵の人の話は理解できると思いますし。


「ヨルン隊長」

「どうした」


 グレーマントの人が近づくと、紺色マントの人はすっと表情が変わった。仕事モードに入ったのかな? という感じで、近寄りがたいオーラすら感じる。がっつり巻き付いてますけど私。


「国境を抜けそうだと報告が」

「転移石の使用許可を出す。回り込んで結界を発動させろ」

「はっ」


 指示を出す紺色マントの人に、短く返答し足早に去っていくグレーマントの人。

 紺色マントの人はそれから回収されたらしい檻に入った魔物を、見て回った。


「様子はどうだ?」

「駄目です。やはり違法薬物のクレリナを使われているようで、元に戻すのは難しいかと……」


 檻の近くにいた紙に何か書きつけていたグレーマントの人が首を横に振った。


「やはりか」


 眉間に皺を寄せ、厄介だなと呟く紺色マントの人。


「全て希少な幻獣種ということは保護区から拐ってきたのだろう。せめて多少なり意識が戻ればいいが……」


 意識が戻らないと聞いてちょっと首を伸ばすと、最初に見た時と同じでぐったりしたように寝そべって動かない様子が見えた。私ももしかしたらああなっていたのだろうか。


「気になりますか?」


 そう言って紺色マントの人は私が巻き付いている腕を檻に近づけてくれた。その途端あの甘ったるい匂いがして、思わず顔を顰めて反射的に風を起こしてしまった。

 ぶわっと紺色マントの人の袖が膨らみ、一陣の風が私を中心に巻き起こった。

 突然の突風に咄嗟に顔を庇ったグレーマントの人の手から紙が吹き飛ばされて空高く舞い、私を巻き付けていた紺色マントの人も姿勢を崩してたたらを踏んだ。

 あ……すみません。なんか、反射的に。その、くしゃみみたいなものでして……

 紺色マントの人と視線が合って、思わずぺこぺこと頭を下げる。


「た、たいちょう? それ…なんで」

「フェザースネークだ。ダルト隊長がこれを持って逃走しようとしたオーナーから保護した」


 あの禿男、オーナーだったのか。保護されたっていうか捕獲されたっていう感じだったけどね。あの時。


「は、はぁ……えーと、その子は無事だったんですね。でもフェザースネークって風属性の魔法が得意でしたっけ?」

「どちらかというと幻覚系の魔法が得意な筈だが……」


 そうなの? 私、今のところ浮くのと風を生んだり起こしたり、そういう事しか出来ないのだが。

 首を傾げる二人と、一匹。

 と、そこにキャンと声がした。

 そちらに視線を向けると、三つ目と目があった。

 あの犬みたいな、三つ目がある子が立ち上がってこちらを見ていたのだ。尻尾フリフリしながら。三つある銀色の目は怖いが、尻尾は柴犬みたいで可愛い。


「起きてる…」


 思わず、といった様子で呟くグレーマントの人。

 気づけば、そこに並べられていた檻に入っている魔物?達がゆっくりと起き上がってきていた。


「え? え?」


 目を白黒とさせるグレーマントの人とは違い、紺色マントの人はすぐに檻から距離を取って何かを確認するように全体に目を走らせているようだった。


「呪具、遅延魔法……の類ではないですか。となると」


 視線を感じて顔を上げると、紺色の目とぶつかった。


「何をしました?」


 聞かれても答えられないのだが。首を傾げて見せると、ため息をつかれた。


「参りましたね……クレリナを解毒出来るとなるとレアどころでは済まないんですが……あ、大丈夫です。ちゃんと解放しますから」


 やばそうな気配を感じて巻き付いている腕から離れようとしたら、ぱしっと尻尾を握られた。う……尻尾はその、微妙にくすぐったいのだ。出来れば触らないでほしい。

 放してーと身体をぐねぐねさせると、焦ったのか紺色マントの人はますます握りこんでくるので思わず思い切り払ってしまった。

 バチン!

 予想以上の音がして、私の尾は紺色マントの人の手を打ち据えていた。

 驚いた顔をして紺色マントの人は打ち払われた手をもう片方の手で押さえた。押さえたところから、ポタリと血が垂れていた。

 一瞬何が起きたのか理解出来なかったが、理解してギョッとした。

 え!? うそ!?

 慌てて近づいてみようとすると、すっと距離を取られた。

 あ……いや、うん。それは……そうか。


「隊長、大丈夫ですか?」

「問題ない。持ち場に戻れ。あれらが正気に戻ったのなら暴れ出すものが出る。眠りの晶石を使用してでも大人しくさせておけ」

「はっ」


 檻の近くにいたグレーマントの人は何故かあんまり驚いてなくて、普通に近づいて来ようとする。それを紺色マントの人は止めて指示を出した。その間、私から目を離す事は無かった。

 どうしようと思い、とりあえず私は浮かぶのを止めて地面に降りた。

 本意では無かったと言いたいのだが、母様みたいに声を送る事も出来ないし姿を変える事も出来ない。

 とりあえず出来る事をした。


「……何をしているんです?」


 頭上から声を掛けられて、ちらっと頭を横にして目を向けると紺色マントの人は私の前にしゃがんでいた。

 いや、何をって……その、謝罪の気持ちをですね、土下座でもって表わしているのですが……ヘビなのでぐるぐる巻いた胴体から頭部を伸ばして蛇口のように放物線を描き地面に突き刺すという微妙なスタイルなのは見逃してほしい。これでも一生懸命です。


「もしかして……気にして?」


 これ、と手早く黒い布を巻まかれた手を見せる紺色マントの人に、おずおずと頷く。

 黒いから血が滲んでいるのかどうなのかわからないが、確かにポタポタ血が落ちていたから、結構な怪我をさせてしまった。


「大丈夫ですよ。大した傷ではありません」


 そっと手が伸ばされて、私の頭の上で躊躇するように止まった。

 私は思わずその手に頭突きするように擦り付けた。さっきは引かれて、ちょっと予想以上にショックだった。いや私がやらかしたせいだけど。でも、初めて人と話せて浮かれていたのだ。


「掴まれるのが嫌だったのですね?」


 うんうんと頷く。胴体はそうでもないが、尻尾は駄目なのだ。ぞわぞわしてしまうから。


「わかりました。私も無遠慮でしたから、お互い様という事にしましょう」


 いいの? と、見上げると微笑まれた。優し気なその顔にほっとした。

 さあどうぞというように腕を出されて、ちょっと私は迷ったがするすると巻き付いた。怒ってなくて良かったーと、思わずすりすりしてしまったら「くすぐったいですよと」笑われた。

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