第3話 手荒な扱い

 ん……?

 目が覚めると、小さな檻の中にいた。

 ガタガタと揺れる薄暗い中に、私が入っている檻以外にも大小いろいろな檻があった。目を凝らしてみると、何やら額から角が生えている兎のようなものや、尻尾が二つある狐のようなものや、目玉が三つある犬のようなものが見えた。他にも生き物の気配があるが、みな大人しいのか静かだ。


「ぴぃー」


 あのーと声を掛けてみるが、反応はない。

 みな寝そべっていてピクリとも動かない。何だろう、なんか変な感じがする。ひょっとして私が眠らされたあの甘ったるい匂いをみんな使われているのだろうか?

 でも寝ているわけでもなく目が開いている子もいるのだが……さてどうしよう。

 母様は魔物にあったら叫べと言っていたのだが、人間に捕まった場合も叫べば良いのだろうか? それとも今は大人しくしておくべき?

 ここで騒いだら手荒なことをされそうな気がして迷ってしまう。不安に思っていると、ガタリと揺れが止まった。どうも何かの乗り物に積み込まれていたようだ。

 檻の隅っこに身体を寄せて警戒していると、バサリと布が捲られる音がして辺りが明るくなった。


「問題ない、大人しくしてるぞ」

「そりゃそうだ。あれを使えばどんな魔物でも従順な獣になるからな」


 不吉な会話をしているのは男二人の様子。

 あれ、が何かわからないがここにいる魔物?達はみんな薬か何かを使われて大人しくなっているようだ。という事は、私も同じように大人しくしていないと怪しまれるのかな? 近くの檻にいる角が生えた兎と同じようにくったりと寝そべっておく。

 バレるのが怖いので目を閉じて、耳をそば立てる。


「それにしてもフェザースネークがいたのはラッキーだったな」

「あぁ、まさかこの目で見る日が来るとは思わなかった。あれは高く売れるぞ」


 ガタガタと檻をどこかへと運びながら話している。どうやらここに捕らえられている魔物達は売り物にされるようだ。残念ながら私は精霊なので種族違いも甚だしい。大変遺憾である。いや……精霊としての自覚はあんまりないんだけども。そこはそれだ。


「今回のオークションが終わったらこの国からは一旦離れるんだよな?」

「そう頭が言ってたな。最近検問が厳しくなってきたし、この国も潮時って事だろ」

「自分達が仕えてる奴らが買ってるってのに、取り締まりしたところでどうだって話だと思うけどな」

「建前って奴だろ。俺たちは商売出来ればなんでもいい」

「違いねぇ」


 うーん。なんか密売? している模様。なんだかここにいたら危ない気がどんどんしてきた。どのタイミングで叫ぼう? 少なくとも今は止めた方がいいと思うが……オークションと言っていたが、その時も人が多いだろうからまずいだろうし……やっぱり今? でも運んでいる男達にすぐに見つかって叩かれそうだし……

 やだなぁ怖いなぁと思っていたら、私が入れられている檻が動いた。


「気をつけろよ、こいつが一番高値になるはずなんだ」

「わかってる」


 悲報。私、一番高いらしい。

 えーそしたら監視されてそうじゃないか。高いって事はそれだけ気にかけてるって事だよね?

 そっと薄目を開けて見ると、運ばれていった先は何やらテントの中。いくつか部屋を仕切るように暗い色の重たそうな布が垂れさがっていて、奥まったところにあるやたら立派なソファの後ろにある棚の上に置かれた。

 ソファには一人禿げ上がった男が座っており、煙草らしきものを口にくわえてぷかぷかしていた。

 臭い。煙がなんだか嫌な匂いがする。タバコの臭さもあるけど、なんかもっとムカムカするような匂いだ。バレないようゆっくりと顔を渦を巻いた腹の下に突っ込んでそこで浮かぶのと同じ要領で新鮮な風を生み出し息をする。


「あいつらを運び終わったらさっさと会場の準備をしろ」


 禿男は酒灼けしたような掠れた声で、さっき私を運んできた男達に命令している。 

 男達は「へい」と返事をして出ていき、仕切られたその空間に禿男との二人となった。ソファから立ち上がるような音がして、足音がこちらへと近づいてくる。


「ふふふふ……まさかフェザースネークが手に入るとは……最後のオークションとしては上々ではないか」


 こういうのを悦に入るというのだろうか。一人でふぐふぐと笑う男の声は実に気持ち悪かった。

 それはともかく私の種族名はフェザースネークなのだろうか? 母様から精霊だとは聞いているが、何の精霊か聞いてないしどういう種族名なのかも聞いた事がない。あの母様はどうも説明するという事が苦手なようで、姿を変える術のやり方ぐらいしか説明してくれた事がなかった。本当、早く話せるようになりたい。

 とりあえずこの禿男どっか行ってくれないだろうか。近寄られたくない。

 私の願いを聞いてくれたわけではないだろうが、禿男はしばらくすると部屋から出ていき私は一人となった。

 それでも室内にたちこめている煙が嫌で顔を出せず、丸まったままいつしか眠っていた。

 次に目が覚めた時は舞台袖のようなところに置かれていた。傍から聞こえる歓声と舞台から漏れる光に、オークションとやらが始まっているのを悟り焦った。

 ど、どうしよう……

 思いのほか早く開催されたオークションにばくばくと心臓が跳ねる。

 迷っているとガタリと檻が持ち上げられた。いつの間にか周りに置かれていた檻がない。私の番まで回ってきてしまったようだった。

 舞台へと出されると眩しい光にちょっと目が眩む。でもすぐに慣れて、そこに集まった異様な人々が目に入った。全員煌びやかな装いで、何らかの仮面を装着していた。ドレスとかタキシードだとか、そういった類の服だと思うがなんだか古めかしくて昔の映画を見ているようだ。

 彼らは仮面越しでも私を値踏みしているのがわかる目で、私を食い入るように見ている。そこには生き物を見る目はどこを探してもなかった。ただ装飾品を見るような、無機物を見るような、そんな目しかない。

 あ、これはやばいと本能的に思った。


「お待たせいたしました!

 こちらが本日の目玉商品、フェザースネークになります!」


 おお! と、どよめきが巻き起こりその熱が私に降りかかる。

 母様……ちょっと天然気味の母様……これは、ちょっとやばいです……

 ばくばくとする心臓がまるで耳の後ろにあるかのように大きく聞こえる。はくはくと短くなってしまいそうになる息を押さえつけて、私は息を大きく吐いて、吸った。

 が、私が恐怖で叫ぼうとした瞬間「突入!!」という声が響き渡り、一斉に四方から鎧を着た人たちがなだれ込んで来た。

 キャーー! という女の叫び声や、話が違う! と言ったような男達の怒声、逃げようとする者と捕まえようとする者で場は乱れ混乱した。その中、私の入る檻はあの禿男によって運ばれていた。「くそっせめてこいつだけは」と言っているが、小さいとはいえ箱モノを抱えていてはそんなに早くは走れない。案の定目の前に鎧を着た男に塞がれた。


「どこに逃げようって?」


 短く刈り上げた黒髪の、いかにも屈強そうな男が剣を禿男に向けている。その剣が飾りでないのは鈍く反射する光からしても明らかだった。


「ええい狗の分際で!」


 禿男は叫ぶと、いきなり私の檻を投げつけ――え、ちょ!?

 鎧の男に直撃コースでどうしていいかわからず狼狽えていたら、スパンと傍を風が横切った。見れば、なんと檻が真っ二つ。ひゅっと喉の奥が狭くなる。そのまま檻ごと落ちるかと思ったら、がしっと胴体を鷲掴みにされた。


「ほー? フェザースネークか?

 よくもまあこんなものまで捕まえてきたもんだなぁ?」


 にやぁっと黒い目を細めて笑う鎧の男。

 いや、それより私切れてない? 耳とか切れてない? 毛とか切られたんじゃない? 痛くないけど、そもそも精霊だから痛いのかわかんないけど!

 ぐねぐねと身体を動かして怪我してないか見ようとしたら、ぐいっと引っ張られた。

 違った。鎧の男が滑るような動きで禿男に接近して鳩尾に持っていた剣の柄をめり込ませていた。振り回された形の私はちょっと目を回しかけた。

 何をするんだと身を捩ると、ぐっと握りこまれた。あぁ逃がす気はないのかと理解。なんだかそのまま握りつぶされそうな勢いがあったので大人しくする。一応? 助けてくれた形だと思うし。


「隊長! 制圧完了しました!」

「逃亡者は」

「下働きと思われる男二名を追っています」

「逃がすなよ」

「はっ」


 どうやら私を鷲掴みにしているのは、鎧の人たちの隊長さんらしい。駆け寄ってきた鎧の人たちに指示をしている。みんな揃いの鎧を着ているので、ひょっとしたらこの国の兵士とかそういう人たちだろうか。

 そろそろ握りこまれている胴体が苦しくなってきたのだが、でも動いたら余計握られそうで動けない……今こそ叫ぶとき?


「ダルト、そのままだとそのフェザースネーク、死にますよ」

「あ?」


 隊長さんに指摘したのは、紺色のマントを羽織った金髪の男の人だった。ぷらーんとしている私を持ち上げ、隊長さんの手から解放してくれる。

 助かったと、ふわりとその場に浮いて伸びを一つ。ずっと狭いところにいたので身体が凝ったような気がした。


「おやまぁ。この子は薬が効かなかったのでしょうか」


 驚いた顔をする紺色マントの人。マントと同じ紺色の目が私を珍しそうに見ていた。


「証拠に逃げられるのはまずい」


 にゅっと隊長さんの手が伸びてきたのを視界の端に捉え、咄嗟に紺色マントの人に隠れる。


「……ダルト。あなた手荒な事をしたでしょ」

「いや? 何も?」


 したよ! 助けてくれたとは思うけど! ギリギリを切ったでしょ!

 と、思わずマントから顔を覗かせて睨みつけると、面白がる黒い目とぶつかって慌てて頭を引っ込める。

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