Q16 三日ぶりだったらどうする?

 翌朝、俺は微かに感じる頭痛に顔をしかめながら玄関口に立っていた。


 「りゅ、隆二さん、本当に大丈夫ですか?何もこんな早朝に行かなくても、もう少し休まれていけばいいのでは?もしそんな状態でシュクシャに襲われたら……」

 「いや、大丈夫だ。これでも外を移動するのは慣れてるからな」


 目の前に立つ一樹は心配そうな表情を浮かべている。俺のことを見送りに来ているのは彼だけだ。その理由は単純で、他の三人はまだ寝ているままだからである。昨日はかなり遅くまで酒を飲んでいたこともあり、萌香ちゃんと啓吾はしばらく起きることはなさそうだ。詩音も何だかんだで同じく遅くまで俺達に付き合って起きていたようで、彼も状態は同じだろう。なぜかこうして、俺の動く物音に気付いて平然と起きてきた一樹がおかしいのである。

 かく言う俺も、なにも昨日の飲酒が響いていないわけではない。むしろ、その後遺症として今も頭痛と倦怠感を感じている。これが二日酔いと言うやつなのだろう。こんな早朝に目が覚めてしまったのは、この頭痛と倦怠感のせいだ。

 もう少し寝ていても良かったのだが、すぐ近くで萌香ちゃんと啓吾が寝ていたことを気にし始めてしまったこともあり、それ以上寝ていられそうになかったのだ。自分の部屋に帰ってから、落ち着いた状態で改めて眠り直したいのである。


 「あー、それより一樹、俺、昨日は大丈夫だったか?正直、あんまり覚えてないんだが」

 「ええ。むしろ萌香さんや啓吾とは違って騒ごうとしたりしなかったので助かりましたよ。あの二人はこんな世界にも関わらず平気で大声を出そうとしていましたからね。止めるのに苦労しました」

 「そうか、まあ苦労をかけなかったっていうなら良かったが」

 「隆二さんは、酔うとむしろ声のトーンが下がるタイプなんですね」

 「そうだったのか。自分じゃよくわからないな」


 そもそも、酒を飲んだ経験すら碌になかったわけだから当然だろう。


 「……じゃあ、そろそろ行くことにするよ」

 「ええ。くれぐれもお気をつけて」


 玄関の扉に手を掛けたところで、俺はふと口を開く。


 「あー、一樹、もしよければ、また来てもいいかな?次も食料とか持ってくるから」


 俺はそんなことを口走っていた。

 結局のところ、俺は彼らといるのが案外楽しかったらしい。こんな世界でせっかく出会うことのできた生存者と酒を酌み交わしながら話すのが、つまらないわけもなかったのである。


 「勿論です!食料なんてなくたって、隆二さんならいつでも歓迎しますよ」


 一樹に背を向けたまま、自分の口角が上がっているのを感じる。こんな言葉をかけられて嬉しさを覚えるなど、我ながら単純なやつだ。


 「そうか、……他の三人にもよろしく伝えていてくれ」


 そんな言葉を残して、俺は彼らの家を後にした。

 軒先に停めてあったバイクに跨りながら、次も必ず彼らに食料や物資を届けてやろうと、俺はそんな決意を固めるのだった。







 翌日、俺は急いでとある場所へと向かっていた。

 昨日は結局部屋に戻ってから爆睡してしまい、起きてからもベッドの上でごろごろして過ごし、気づけば時刻は日付の変わった今日の深夜となっていたのだ。そこからようやく活動を始めた俺は、女性用の下着や服、身体を拭く為のシート、生理用品、漫画、その他諸々、普段であれば集めるようなことのない物資の調達を行う。

 そんなこんなで朝日が昇ってからしばらく経過した現在、俺は急いでバイクを走らせている。

 

 「ふぅ、ついたか」


 たどり着いたのはここ、隣町のショッピングモールだ。俺は今日、約三日ぶりに六郷に会いに行くのである。先程まで集めていた物資は、前回彼女にされたダメ出しの反省を踏まえて持ち寄ることにした物だ。


 「ここ、萌香ちゃん達の家から結構近かったんだな」


 正確な位置関係を理解した今なら分かるが、六郷のいるこのショッピングモールと萌香ちゃん達の拠点としている一軒家は、案外近い場所に位置していたのである。バイクで10分かからないくらいの距離だろうか。どちらかに立ち寄った後に、もう片方へと足を運ぶのも難しくなさそうだ。

 そんなことを考えながら、俺はモールの中へ足を踏み入れる。


 「怒ってなきゃいいけど」


 一日空いただけでも文句をつけてきた六郷のことだ。三日ぶりとなると下手したら本格的に腹を立てている可能性もある。そんな懸念を抱きながらも、モール内を進んでいった俺は例の部屋の前へとたどり着く。

 恐る恐るノックをして、扉に向かって声を掛けた。


 「俺だ、隆二だ。……六郷?」


 反応はない。まだ寝ているのだろうか?

 今度は先程よりも強めに扉を叩く。


 「六郷っ?おいっ、聞こえてないのか?ろくご」


 その瞬間、扉の中からドタドタと足音が聞こえたかと思うと、ガチャリと勢いよくとびらが開かれた。


 「隆二っ!?」


 そんな大声と共に飛び出してきた六郷は俺の顔を見上げると、今度は変わって“うぅ”と力ない声を漏らしながら顔を歪める。


 「今まで何してたのよ……私、あんたはもう死んじゃったのかと……」


 目尻に涙を浮かべ始める六郷。俺が約三日間彼女の下を訪れなかったことが、想像以上にこたえていたらしい。

 そんな泣き出しそうな六郷に対して俺が取った行動は、大声を出したことをとがめることでも、彼女に謝罪することでもなかった。

 俺はただ口をパクパクとさせながら、六郷の姿を見下ろすことしかできなかったのである。


 「ろっ、六郷、ちょ、おま、なんて恰好で出てきてんだよっ!?」

 「え?」


 彼女の身を包んでいるのは、制服用であろう白いYシャツと、下に履かれているピンク色の下着だけだったのだ。おまけにシャツの胸元はボタンが外れて大きく開かれており、下着を着けていないのであろう胸の谷間が顔を覗かせている。ほどかれた髪には所々寝癖がついており、たった今まで寝ていたのであろうことがうかがえた。


 「なっ、なっ、なっ」


 自分の姿を見下ろして現状を理解した六郷は、顔をトマトくらい真っ赤にさせてわなわなと震えだした。


 「ろ、六郷、とりあえずちゃんと服を」

 「このヘンタァァァイ!!」

 「へぶしっ!?」


 その時の六郷の繰り出した張り手は、今の俺の身体能力を以てしても避けることが不可能であった。







 「で、どうして三日間も来なかったわけ?」


 いつも通りに髪を二つに結び、制服を身に纏った六郷はソファでふんぞり返って腕と足を組んでいる。

 対する俺は、床の上で正座をさせられていた。間隔が空いてしまったのは事情があったからだし、先程の件だって向こうが勝手に自爆しただけだ。こちらに落ち度はないはずである。


 「納得いかねぇ……」

 「何か言った?」

 「い、いや、何でもないっす」


 六郷はさっきからずっとこの調子だ。

 前回の反省を踏まえて食料と共に持って来た物資を渡したときも、"あっそ"みたいな反応ををされて特に彼女の機嫌を良くする役割を果たすことはなかった。

 やるせないものである。


 「はぁ……あんたが来なかったせいで、ここんとこ安心して眠れなかったじゃない。食べ物がなくなっちゃったらどうしようって思ったんだから」

 「だったら俺のことをもう少しねぎらうべきじゃ」

 「うっさい!御託はいいのよ!さっさと質問に答えなさい」


 やはり彼女の中で俺は食べ物を運んでくる都合のいい奴隷か何かなのだろうか。

 悲しみから軽くため息をついた後、俺は六郷に事情を説明した。萌香ちゃん達にであってからの一連の流れについてだ。


 「……ふーん、私以外にも生存者がいたんだ」

 「ああ。あいつらは俺を正座させたりしないし、いい奴らだったぞ?」

 「うっ……、せ、正座はやめてもいいわよっ」


 意外なことに、ちょっと口撃すると六郷は正座を解くことを許可してくれた。ありがたく足を楽にして座りなおす。


 「言っとくけど、私まだ怒ってはいるんだからね!」

 「んなこと言われてもな……」

 「もうぷんぷんよっ!このままだと隆二とまともに口きいてあげないんだからっ」

 「ぷんぷんてお前……はぁ、分かったよ。どうしたら許してくれるんだ?できる限り応えてやるから、何でも言ってみろ」


 もうコイツの性格にも慣れたものだ。今は下手したてに出て機嫌をとってやるのがいいだろう。


 「そうね……」


 六郷は顎に手を当てて考える仕草を見せる。


 「……おうち。私のお家を見てきてくれない?」

 「六郷の家?別に構わないが……」

 「ここからはちょっと遠いけど、どうせあんたなら外を移動するのもへっちゃらなんでしょ?全く、心配して損したわ……とにかくっ、お家に行ってパパに私が無事なことを伝えてきて!」

 「まあ、それくらいなら」


 家、か。

 六郷はやはり未だに、父親と家が当然無事であるという前提を覆すつもりはないようだ。


 「ふふっ、きっとパパ、すっごい喜ぶわね!」


 もしも彼女の家が、父親が変わり果てた姿になっていたら俺は何て伝えればいいのだろうか。家の場所を説明し始める六郷の話を聞きながら、俺はそんな不安を覚えていたのだった。

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Q ゾンビの溢れる世界になったらどうする? A ハーレムつくる 加司門テツヤ @tetsu1206

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