21回目の結婚式

サイトウ純蒼

21回目の結婚式

「無事生まれました! 可愛い女の子ですよ!!」


タケオは初めて見る我が子に思わず頬が緩んだ。


「よく頑張ったな、ミキ!!」


「ええ、ありがとう。あなた……」



何も事情を知らない人が見ればなんと幸せな家族であろう。

若い奥さんに旦那さん。そして初めての子ども。


でも……



ミキはガンに侵されていた。



しかもステージ4。

余命宣告されて1年が過ぎ、その時まであと1年9カ月となった。


そう、あと21カ月の命である。




「本当に可愛い。俺にそっくりだ」


「あらやだ。まだ全然分からないわよ」


初めて子供が我が家にやって来た日、タケオとミキはこれまでにない幸せに包まれていた。



「名前はもう考えてある」


「何?」


ミキがタケオの顔を見る。


「リカだ」


「ふふっ、いい名前ね」


「リカーーー!! お父さんだぞ!!!」


タケオはリカを思い切り抱き上げた。


子どもができたことは、二人にとって辛い日々の中のそれは嬉しい出来事であった。最初は妊娠に戸惑ったミキだが、喜ぶタケオを見て生む決心をした。

病魔に侵された中での出産は想像を絶する辛さであったが、力づけてくれるタケオがいてくれたお蔭でミキも頑張ることができた。


そして幸い子供に異常は見当たらなかった。




タケオとミキはリカが生まれてくれたことで、これまでとは違った幸せを感じている。子育てがこんなに大変だとは思わなかったが、可愛いリカの寝顔を見るとそんな疲れもすぐに吹き飛んでしまうようだ。


ある日、夕食を終えたタケオがミキに言った。


「なあ、ミキ」


「何?」


「余命まで残り1年と9カ月なんだけど……」


「うん」


「毎月、結婚式を挙げないか?」


「え!?」


タケオの突然の提案に驚くミキ。


「だって俺達、病気のせいで結婚式挙げてないだろ? 一緒にいられる間、いっぱい思い出を、家族で幸せな時間を過ごしたい」


ミキが答える。


「私は十分に幸せよ」


「いや、もう決めたんだ。付き合ってもらうよ、ミキ」


「いいわよ、好きにして」


ミキはタケオにほほ笑んで応えた。



翌週タケオとミキは早速ウェディングドレスを買いに出かけた。


「お似合いです」


初めて着るウェディングドレス。

口では嫌がっていたミキもまんざらではないようだ。


「どう? 綺麗?」


「ああ、綺麗だよ。ミキ」


タケオはリカを抱き、美しく着飾ったミキを見た。


「これにするわ。いい?」


「ああ、もちろん」


喜ぶミキを見てタケオもとても嬉しくなった。



更に翌週、初めての結婚式は近くの小さなホテルのホールを借りて行われた。

ミキの体力を考えて式は短めに、そして招待客も親族と一部友人だけとした。


ミキの両親は初めて見る娘の晴れ姿に最初からずっと涙を流していた。



翌月、2度目の結婚式はタケオとミキの家で行った。

金銭的なこともあるので親しい友人だけを呼び、ささやかなホームパーティのような形式とした。

先月に続く結婚式に少し戸惑っていたミキも、やはりウェディングドレスを着てタケオの隣にいることが何より幸せだった。



そして3度目、4度目となると集まってくる友人の数も減り、本当に小さなホームパーティのようになった。

ただ違うのは、美しい花嫁とその横に嬉しそうに並ぶ新郎がいること。二人は心から式を楽しんだ。


そしてタケオとリカは約束通り毎月結婚式を挙げた。



「いい写真ね」


タケオとミキは毎月行う結婚式の写真を壁に並べて飾った。

花嫁に新郎、そしてリカが写った写真。どの写真も幸せそうである。


ただ、写真の数が増えるにつれ大きくなる娘に比例して、リカの顔は痩せていった。



「あと何回できるかしら、結婚式」


「何言ってるんだ、ずっとやるんだぞ!」


タケオはリカを抱きながらミキに言った。


「ええ、そうね」




しかしそんなミキの不安は現実のものとなった。

余命の日が近づくにつれミキの体力は目に見えて落ちてゆき、やがて入院を余儀なくされた。


「結婚おめでとう」


病院に集まってくれた友人たちが20回目の結婚式を祝ってくれた。


ミキの体重は既に子供のそれよりも軽く、ずっと寝たきりで話すことも苦痛の様であった。

病院からはミキの体調を考えて結婚式など出来ないと言われたのだが、院長の判断で無理のない範囲で行う許可が下りた。患者の最後の望みを叶えてくれる配慮をして貰ったようだ。


「ミキ、愛してる」


タケオはミキの手を握り締めそっと囁いた。


――手がこんなに細くなって……


その手を握ることで実感するあまり遠くはないミキの最後。ミキもタケオに必死に応える。


「あい……してる……、タケ…オ……、リカ………」


ミキの目からはうっすらと涙が流れた。タケオもリカの手を握って涙を流した。



「がんばれミキ! また結婚式を挙げよう! 俺と結婚しよう!!!」


タケオの20回目のプロポーズにミキは僅かに頷いて応えた。




――翌日、ミキは亡くなった。


タケオは一緒に家に戻ったミキを見てひとり大泣きをした。


部屋に飾られたたくさんの結婚式の写真。

そのどれもがタケオにとっては大切な思い出であった。


「ミキ、ミキ………」


写真の中で思い切り笑うミキ。

タケオは底知れぬ寂しさを感じた。


「うわーーん!!!」


急にリカが泣き始めた。

タケオは我に返りリカをあやした。


――リカ。そうだよな、リカがいるんだ。


タケオはリカを思いきり抱きしめた。





「困りますよ、そんな……」


「お願いします! そこを何とか!!!」


「仕方ないですね……、はあ……」



ミキの葬儀は家族と友人だけで行われた。

最後の故人との別れ。

焼香をあげる参列者全員が棺桶に眠るミキの姿を見て驚いた。


タケオが式に集まってくれた人達に挨拶を始める。



「今日はミキの為にお集まり頂きありがとうございます」


タケオは一度会釈をして続けた。


「ミキの姿を見て驚いたと思います。僕たち二人はある時期から毎月結婚式を挙げる約束をしました」


静まり返る会場。


「1年9か月前から始め、来月21回の結婚式を挙げようと二人で頑張ってきました。でも……」


タケオはミキを見てさらに続けた。


「ミキは20回目の結婚式を病院で挙げて、先に逝ってしまいました」


タケオの目が赤くなり声が震える。


「だから……」


タケオは流れ出る涙を拭いて言った。


「ミキにはウェディングドレスを着て先に向こうで待っていて貰おうと思います。そしていつか僕があちらに行った時、21回目の結婚式を挙げたいと思います」


タケオは涙を流しながらウェディングドレスを着て棺桶に眠るミキを優しく見つめた。



タケオは胸に抱いたリカの頭を撫でると話を続けた。


「でも僕にはリカがいます。彼女を立派に育て上げるまでは、結婚式はお預けです」



「きゃっ、きゃっ!!」


リカがタケオの顔を見て笑った。


「こんな時までのろける僕らをどうかお許しください」


タケオは皆に大きく頭を下げると、胸に抱いたリカを思いきり抱きしめた。

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21回目の結婚式 サイトウ純蒼 @junso32

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