第3話
わたしの罪は、表沙汰にはならなかった。市岡弁護士はわたしを警察に突き出さず、
「映画向いてないからもうやめた方がいいですよ」
と言って事務所から徒歩15分の駅まで送ってくれた。わたしはマスクをしている人としていない人が半々の電車に揺られて、都内の自宅に帰った。
半月後、芹井煌失踪の報が流れた。わたしは驚きもせずにワイドショーを眺めていた。これから夜勤のバイトに行かなくてはならない。
『10年間一定のペースで死体食わされたら吐くでしょ、山も』
顔を洗い、着替えて、申し訳程度の化粧をしながら市岡ヒサシの言葉を思い出す。市岡兄弟の言葉は真実であり、嘘だ。
杉山家の山は死体を食う。死体を食って吐く。吐き出される基準はそれこそ想像でしかないが、恐らく怨み。どの程度理不尽に殺害されて埋められたかが吐き出される基準になる。わたしたちが埋めた男性はたった25000円の報酬で芹井に殺され、黒辺に撮影され、杉山の仕切りで埋められ、わたしはその映像を使って作品を仕上げることで一定の評価を得、野々瀬は(これも想像でしかないが)北島に結婚を迫るための話題として利用した。もしわたしが彼の立場だったら、絶対にわたしたちのことを許せないだろう。
杉山、というか杉山家はたぶん、山が吐く死体が行う報復行為を回避する何らかの手段を持っていた。だが今回はその手段さえ効かないほどの怨みを抱えた死体……魂……或いは霊が吐き出された。だからまず杉山が消えた。杉山がいなければ残りの4人は丸裸みたいなものだから。
マスクをし、ジャケットを羽織って家を出る。自転車に乗って勤務先である道路工事の現場に向かう。わたしの仕事は夜勤の警備員だ。
すれ違う人間が皆杉山に見える。黒辺に、芹井に、野々瀬に見える。市岡兄弟はわたしに死ぬほど煙草の煙を吹きかけた。たぶんアレが防波堤になって、わたしはまだ連れて行かれてない。わたしは自分で警察に行かなくてはいけない。わたしたちは人を殺しましたと言わなくてはいけない。死体を探さなくてはいけない。山が吐き出す死体がどういう形状なのか、杉山の家族に尋ねて確かめなくてはいけない。息子を失って殺気立っている杉山の母親は突拍子もないことを尋ねるわたしに怒りをぶつけるだろう。だがわたしはやらなくてはならない。生き延びたいわたしはやらなくてはならない。市岡兄弟はわたしのようなものには関わり合いになりたくなかったろう。わたしが殺人に手を貸したから? 違う、そうではない。わたしが名前も知らない路上生活者の命よりも自分の映画に価値があると言い切る人間だからだ。それでも彼らはわたしに猶予をくれた。だからわたしは……わたしは自分で……。
「ああ、探したよ、監督」
それでもわたしは、わたしの映画には価値があり、そのために名もなき男の命を奪ったという事実を正視することができないのだ。
煙の効果がふいっと、切れた気配がした。
価値 大塚 @bnnnnnz
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