金細工職人と首飾り【PW⑥】

久浩香

即位21周年記念式典コンペ

 遠い王都で国王陛下が戴冠式を行い、第一王后陛下と結婚なされた日に私が生まれた事を知ったのは3歳の時だった。


 それまでは、大きなに部屋で、自分と同じくらいの年齢の子達と、沢山のおばちゃん達に囲まれて、毎日、楽しく遊んでいたような気がする。

 ある日。同じ色のゼッケンに同じマークが描かれた子達だけが、『お出かけ』する事になった。それまで、お外に出るのは養護院パピーミルの敷地の中に限られていたので、いつもは閉まっている門扉の外に出て、門の向こう側に停まっている幌馬車に乗るのはワクワクした。しばらくは興奮して、みんなと一緒になって騒いでいたが、ずっと乗りっぱなしだったので、だんだんとしんどくなっていった気がする。何度も停車して休憩をとったけど、ご飯を食べるのも馬車の中だったので、どのくらいその中にいたのかは解らない。

 到着したのは修道院だった。もちろんその時は、そこが修道院だとは知らなかった。私達は、修道士トレーナーに抱えられて中に入っていった。その時は、養護院から一緒に来てくれたおばちゃん達も一緒に建物に入っているのだろう、と、思っていたが、それきりおばちゃん達に会う事は無かった。


 翌日、私達はメディカルセンターに連れて行かれ、そこでDNA検査や健康診断等を受けた。それまでは、誰が誰とかの区別もなかったのに、この検査を受けた後には、一人一人個別の仮認証番号の名札を付けられた。それから、修道院に戻って、遊びながら読み書きや計算等も教わったり、国王陛下がいかに偉大であるかの話を聞いたりした。

 そうして数日経った頃、祭壇に歴代国王陛下の肖像画が飾られた部屋で、大司教様から、認識票ドッグタグ・プレートペンダントを首にかけて貰った。

 認識番号の上6桁は生年月日になっていて、大司教様は私の番号を見て驚き、それから、はちきれんばかりの笑みを浮かべ、

「君はなんて幸運な子だ!」

 と興奮がちに叫んで、私を抱擁した。

 それから、修道院で初めて会った子達と同じ馬車に乗って養護院へ戻った。同じ養護院に戻るものだと思っていたが、それまで住んでいた養護院は3歳までの赤ちゃんしか住む事ができず、これからは自分の事は自分でしながら、養護院に併設する教会に通わなくてはいけない事を、院長先生から聞かされた。


 6歳を過ぎた後は、教会に行く事より、農作業の手伝いや牛馬の世話などに多くの時間を割いた。農閑期には剣の稽古や一回こっきりの経験も沢山した。その経験の中で、普通の子達は一回だけの実習であった金細工が、どうやら私に合っていたらしい。それから、養護院を卒院すると、私は養護院にいた頃から可愛がってくれていた金細工職人の老眼の親方の邸宅の横にある寮に住まわせてもらい、職人見習いとなった。

 

 見習いが取れた頃、好きな娘が出来た。

 彼女は、亜麻色の髪をポニーテールにした、二十歳過ぎとは思えない程可愛いセカンド・ベイカーパン職人助手兼売り子だった。彼女を狙っている恋敵は多い上、私は口下手だったので、とても叶わない高嶺の花だと思っていたが、収穫祭の始まりの日の夜、ボーンファイヤーを焚いた広場でペアを組んで踊り、私達は口づけを交わした。


 ◧◧◧


「お前、パン屋の娘とはもうヤったのか?」


親方に出来上がった指輪の出来を見て貰った後、不意に尋ねられた。あまりにあからさまに聞かれたので、顔から火が出るかと思った。だけど、まぁ、こんな事で嘘をついても仕方が無いと思って頷くと、親方は肩を落として、大きくため息をついた。それから、後頭部をボリボリと掻いて、眉間に皺をよせ、何かをどう言おうか迷っているように、目玉をぐるぐると回し、への字の口を動かしていた。あまりの百面相にこちらが心配になった。


「…あの…親方…」


私が声をかけると、親方は、私を見据え、しばらくじーっと私の顔を見たと思ったら、もう一度、深いため息をついた。


「あーーーっ。お前…。この国の法律って…知ってたか?」


法律と言われて、私は首を横に倒した。そんなもの知る筈が無かった。そもそも読む事が出来る文章なんて、教会で教わってた頃の絵本に書かれてるような簡単なものか、この仕事をするのに必要な専門用語とそれに付随する言葉ぐらいのもので、法律というか、この国での決まり事は、それこそ修道士から口伝えで聞いた事ぐらいだった。


「…すみません。法律…と言われると、解らないです」


「…まあ、そうだよな。普通は知らねえもんだ。いや、まあ、それはそれでいいんだ。…だが、なぁ。…お前、この指輪は、商品じゃあねえよな」


親方にそう指摘され、ギクリとした。

そうなのだ。この指輪は商品ではなかった。私はこれを彼女に渡してプロポーズしようと思っていた。それというのも、私より10歳上の兄弟子が、自分の恋人と結婚する事を領主様の代行である領家令ランド・スチュワード様から許可を貰ったと言っていたからだ。兄弟子は、彼の恋人に手作りの指輪を渡し、彼女がそれはそれは喜んでくれた事を、私達に自慢した。

 だから、会う度に「結婚したい」と口癖の様に言い、私のプロポーズを待っているであろう彼女の為、そうしようと思ったのだ、と、親方に告げると、親方はおでこを掻いた。


「あの野郎。肝心な事は言ってねーのかよ。…まあ、なあ。浮かれてるんだから、仕方ねーか」


そして、親方はこの国の結婚の法律について、重く口を開いた。


先ず、これは誰でも知っている事だが、結婚できるのは二十歳を過ぎた大人の男女が行う事だ。私は今、二十歳だし、彼女も二十歳を越えている。だから私は、私達は結婚できると思っていた。

だが、法律には更に続きがあった。二十歳を過ぎた男女が結婚するには、国王もしくは、それに準ずる者の許可が必要だという事だ。兄弟子は、領主様の代行の領家令から許可を頂いたので、これをクリアしたという事だ。

ただ、この許可を貰うのが大変だ、と親方は言った。

つまり、お金が必要なのだ。それもべらぼうな額らしい。


「俺達は養護院育ちだろ。それはつまり、少なくとも生まれてから16歳で卒院するまで国──国王陛下に育ててもらったってわけだ。陛下がいらっしゃらなければ、俺達はとっくに死んでいるんだから、その御恩をお返しするのは当然の事だ。解りやすく言えば、俺はお前に技術を教えた。だから、見習いが取れた後は、俺の仕事を手伝ってる。まあ、それと同じだ。だがよ。もし、お前が完全に俺から独り立ちするって事になったら、俺はお前から、お前を一人前にした謝礼を受け取らなきゃならねえ。…それと、同じで、結婚するって事は、一人前になるって事で、少なくとも、俺達が卒院するまでにかかった国費分、全て国庫にお返ししてから、ようやく大人と認められ、結婚できるって事さ。しかも、結婚は一人じゃできねえ。つまり、二人分必要って事だな」


「…そんな。えっ。じゃあ、兄弟子はそれだけのお金を領家令様にお渡ししたって事ですかっ? えっ。どうやってそんな大金を?」


「他所で言うんじゃねえぞ。あいつの女は、二人、子を産んでんだ」


「はっ?」


親方は、またもや、なんともいえぬ表情で、私に説明してくれた。

どうやら、この国では、未婚の女性が子供を産むというのは、お金に換算されるらしい。そして、三人の子供を産めば、自分が養護院を卒院するまでにかかった国費を全て返したとみなされるのだ。兄弟子の恋人は、兄弟子と会う前に二人の男性の子供を出産し、彼女が結婚する為に残った、国に返済するお金は三分の一になっていたらしい。

そして、その残りの三分の一と兄弟子のお金だが、こういっては何だが、扱っている商品の性質上、他の商品を扱う仕事よりも稼ぎはいい。まして、兄弟子は、私よりも十歳も年上なので、それまでに充分蓄えていたのだろう。


私は愕然とした。私とて、恐らく他の同年代の男よりは貯めている方だと思う。だが、それでは全然、足りない。それに、聞いた事は無いが、きっと彼女には出産経験など無いだろうし、パン屋の仕事で、そんなに貯めてるとは、到底、思えなかった。


私の落胆振りに、親方は難しい顔をしていた。

そして、

「お前の腕なら、もしかしたら…」

と、ボソリと言った。


半年後の私の誕生日には、国王陛下が即位されて21回目の記念式典が開催される。陛下が即位された翌年と11回目の式典では、第一王后陛下と対のネックレスを作らせたらしい。10年で作り変えるのであれば、今年はまさにその年だった。それを作る為の材料費などは職人が負担しなければならないが、もし、陛下の目に留まれば、褒美の賞金も出るだろうし、記念式典から先の10年を使って頂けるのであれば、その後の生活の保障にもなる。

私は、親方に頼んで宝石の算段をしてもらった。


ネックレスを造りながら、私はかつて修道士長に言われた言葉を思い出す。

『君はなんて幸運な子だ!』

そう。私は幸運な子なのだ。私は色々な人から目をかけられる。今回、結婚の事を親身になって教えてくれた親方も、私に特別目をかけてくれてるからだ。それもこれも全て、私が陛下の即位の日に生まれた事が原因だ。私は国王陛下への感謝を、ネックレスの細工に籠めた。


出来上がったネックレスを、私は親方に渡した。親方から領家令様に、領家令様から領主様へと移り、王都で行われるコンペに提出される筈だ。


私は4ヶ月ぶりにパン屋を訪れた。

(あれ?)

店にいる筈の彼女の姿が無かった。代わりに彼女とは別の若い娘がいた。私は店内に入り、その若い娘に彼女の事を聞いた。


「ああ。彼女ですか。彼女なら3ヶ月前に妊娠と診断されて退職しましたよ。…って、もしかして、貴方も彼女の恋人だったりします? もう、彼女ったら一体、何人、恋人がいたのかしら? 貴方で7人目ですよ」 



─ 完 ─

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