裏エピローグ 出会ったのは自分自身。


襲名のシステムを知った人間はどうするだろうか。

果たして、男の想い描いたような、精神修行に励むだろうか。


無論、そんな筈は無かった。


襲名をほぼ自在に操れるようになった人類の進む先は言うまでもなく自己への利益だ。

襲名をした純粋な子供達(その殆どが孤児であった)を利用し、戦争に明け暮れた。

革命軍の幹部が襲名を済ませた者で構成されているのも、その名残なのだ。



男は焼ける街並みの中、ただ失望した。


嘗て定理の反証を隠蔽する為に自分を追放した人間達は、再び男を裏切ったのだ。


男が得た襲名の名は「ホルス」。

能力は自分の思考を他人に投影し、それとなく示唆するという下らないものだった。

自分の想いを人類に伝えることが出来なかった男にピッタリの能力だろう?


男は自分で編み出した襲名の数式を、「敬虔なる方程式」と呼んだ。

それは他でもない、神への純粋な信仰心の発露だった。


「G=LH」


凄まじい数の数式を組み合わせ、代入を繰り返し、手に入れた数式は途轍もなく単純だった。


Hはヴァクティヌ語で「人間」を表すhumerio。

Gはヴァクティヌ語で「神」を表すgodderio。


そしてLは「寿命定数」だ。


つまりこの数式が指し示す物、それは襲名をした人間は寿命がLの大小によって伸びるということだ。


Lを表す式は複雑であったが、要約すると「その人間の思考の深さ」を表す定数であった。


男は、この敬虔なる方程式によって人類の救済を図ったが、それは他でもない人類自身によって打ち砕かれた。



失望した男は次にどうするだろうか。

自殺か?

いや、男は神によって「人類の末期を看取る者」として半永久的な命を与えられてしまっていたから不可能だ。

それにその思考の深遠さ故に膨大な寿命定数が掛けられていたから。



もう最早、今世代の人類は滅ぼすしかなかったのだ。


男はもう今世代の人類に何も望まなくなった。

これからの世代の人類にもきっと自分のようなイレギュラーは発生するだろう。

そう信じて。


男は手に入れたホルスの名を一つ持って、社会から身を隠した。



研究に没頭する傍ら、時は物凄い速さで過ぎ去っていった。

そんな中で、男にとって一番とも言えよう大発見があった。


それは、襲名、ホルスの能力の逆を証明したということだ。

喩え神の力であってもこの世で発生する現象は数式で表すことが出来る。

もっとも、男の使う「数式」は最早人類の発明した下らない数のことではなかったのだが。


ホルスの能力の逆。

即ち他者の思考を盗聴する能力。


男は発狂した。

既に何百年も使われていない声帯から声が発せられることは無かったが。


男はその発見によって人類を滅ぼし、更には神さえも凌駕することが出来ると信じた。


そしてその数式を「滔天なる方程式」と名付けた。

滔天、つまり男は天を侮ったのだ。


男は計画へ向け行動を開始した。

世界が動き出したのは第五戦紀始め。


男は世界中に"虫"を放った。

そして、その虫により全人類の思考は男の元へ収束していく。


その時、男は歓喜したのだ。



───「これで小説が書ける」と。


同時に、男は「大海の鯱」となった。

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