回想終話 それは、つまり虚。


王城一階玄関部のエントランスは夜を徹して行われた激闘の傷痕をありありと刻んでいた。


囪から指す旭日がイェルミの持つ銃剣の刃に反射し、煌々と煌めく。



アンジェラは辛うじて息をしていた。


酸素を脳に送り込み、己の終末を噛み締め覚悟を決めるべく己の生に決着を着ける。

それと同時に先程脳裏に迸った走馬灯を吟味していた。



(妙に思考が働くな、それに今迄にないほど冷静だ。

体は疲弊し全く動かないというのに、頭はこの通りだ。)

しかしアンジェラは目をひたすらに閉じたままイェルミの歩み寄りを決して目に収めることはしなかった。



(もう一縷の望みも無さそうだ、皆は無事だろうか。犠牲は私だけで十分...)

自暴自棄の類だろうか、やけに仲間達のことが気掛かりになる。



イェルミの跫が、仰向けに寝ながら首を横に倒すアンジェラの顔の前で止まる。

そして足を曲げたのか、アンジェラの耳は布の擦れる音を捉えた。



「フゥ、フゥ、フゥ、フゥ、フッフッフッフッ」

意識はしなくとも呼吸が小刻みになる。


死ぬ前に旨い空気を肺に溜めておこうという抗いなのか、肺が膨らみ仰向けながらも背が浮き胸を張る形になる。



「死ぬのが怖いかアンジェラ、次はこんな世界に生まれないことを祈るぞ。」

閉じた瞼に一筋の影が落ち込む。



(イェルミ...合掌...しているのか...?)



否。イェルミは静かに拍手していた。

目の前で横になっている戦人への賞賛と餞別。



「では。御達者で。」


アンジェラは目を開けた。イェルミが剣を振り上げたのが見える。




───まだ、死ねない。


自己融解のフェーズへと移行し始めていた脳細胞の中、沸々と抗いの感情は沸き起こった。


それは、最後の足掻き。

桶に入れられた百足が体を弾ませる時、或いは羽を毟られた蝉が足で空を掴む時。

それは生への最後の執着。


アンジェラの体を構成する細胞は生命活動の停止を見据え、最後の抵抗を見せたのだ。


柄に掛けられていた手が再び強く握られた。

そして、黒い煙のような物が体にまとわりついてゆく。


一度死んだ筈の女戦士は立ち上がった。

そして首元まで到達していたイェルミの刃を凄まじい速さで弾き返した。






✝️






✝️





いや、これはおかしい。

アンジェラはここで死んでおかなければ辻褄が合わないのだ。


だが現に彼女はこの戦争を生存している。

真実は何処だ......?


freiburgよ。

私は第五次王権戦争の記憶のその殆どを解析した。

計画の為に確認しておくべき事項は最早この空虚な謎だけなのだよ。


お前による記述ならば既に解析は完了している筈だ。

つまりは─────freiburg、さてはお前、この謎を解けぬまま死んだな?





✝️





これは、王権戦争が始まる少し前の話。

とは言っても私にとっては時の流れる感覚なんて物はもう信用出来ない代物だが。



科学者であった私はそれはそれは気が狂う程に長い間、研究に没頭し続けていた。

"神"の存在を人類の身にして証明してしまったが故に、象牙の塔に縛り付けられていた......と言った方が良いかな。



異端。

男がそう呼ばれたのは遥か昔。


その男は生まれつき根本的に頭の良い人間の眼をしていた。

あらゆる光さえもその瞳に足を踏み入れることは出来ない、そう感じさせるような昏い眼だ。

同様、何人さえもその深い思考に踏み入ることは能わなかった。



男が社会から排斥され始めたのは何時からだろうか。

その時は既に襲名という儀式は行われていたし、王朝を中心とした律令的な国家は築かれていた。


それは、男がまだ幼い頃、万学の根本を担うような定理の反証に成功してしまった時からだったろうか。

それとも、男が青年であった頃、襲名という儀式を数式化してしまった時からだったろうか。


───前者......だろうな。


男が反例を見つけてしまった定理は正に運動方程式に並ぶ程の物理学に於ける基礎定理だった。

既に国家はその定理を基に様々な技術を生み出し、発展していた為に。

それ故にその定理が偽りであることを証明してしまった男は直ぐに国によって隠蔽された。


その時、男は社会から見放された───というよりは、人類を見捨てた。



例えば、徳のある人間として挙げられるのは「自分の役割を理解している人間」だ。

それに則って言うなれば、男は自分の役割を理解していただろう。


この世界を遍く"人為的ゲシュタルト崩壊"と神という存在への自覚を、男は終えていた。


人為的ゲシュタルト崩壊というのは、この悠久の時の流れの中で夥しい程の人類に似た知的生命体が文明を築いては滅亡させ、を繰り返しているという理論。


そしていつしか、神は産まれていた。


何もない闇の中から突然、光という粒子と波の両属性を具有する物質が出現したように、人の想念は時に具現化する。


故に、「神は産まれた」。



男の読みは大方正しかった。

神は幾千も見尽くしてきた人類の中で、この事実に初めて辿り着いたこの人間に驚きを持った。


そして男は"襲名"を果たすこととなる。



襲名とは、神の啓示によって一つだけランダムにその名を継ぐことにより神の御業とも言える力を頂くことだ。


男がその襲名のシステムを記述する以前は、儀式によって啓示が降りると信じられていた。

その為に、人類は襲名の条件を知ることはなかった。

言い換えれば、まだ人類は神の力までは自在に操ることが出来なかった。


そんな中、今世代の人類にはイレギュラーがいた訳だ。


男は証明した。

襲名は孤独でなければならないということ、そして、神という存在に何の疑いなく理解を示している人間でなければならないということを。



男は見捨てた筈の人類に手を差し伸べてしまった。


まだその時の男には、今世代の人類に対する希望があった。

だから、男は今一度人類を信じることにしたのだ。





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