回想十話 未知との邂逅、そして知己との別離

目の毛細血管から血が引いていく......。

同時にアドラは辺りがすっかり闇に包まれていたことを知る。


───イェルミ...まだまだ革命軍の王権奪取への道程は長そうだな。他の皆は何をしているだろうか、助太刀に行きたいところだが...流石に疲れたな...夜明けまで休もう。


アドラはこのとき勘づきもしなかったろう。次に目覚めた時は既にこの王権奪取戦争は一段落しているのだよ。



───戦争とは戦略と戦略の狭間で鼙せめつづみが交錯する高尚なる遊戯。神の握る賽さいによりどちらにも機は傾き血は杵を漂すだろう。


だが、その実態は意外にも呆気ないものなのだよ───





───では、おやすみ...






✝️






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~王城一階エントランス~


「...もう諦めたらどうだ?」


城の内部壁はまるで月のクレーターのように打撲痕だらけである。

そしてアンジェラが壁に激突しまた一つクレーターが拵えられた。



「ハァ、ハァ...」

アンジェラは蹌踉きながらも剣を杖とし震える足で生後間もない小鹿のように力なく立ち上がる。



「私はここまで後味の悪い殺しはしたくなかったよ。でも仕方がない。降参する気がないなら今度こそ左胸左心室を外さない...」

イェルミが糸に繋がれた弾を銃口へ収納しアンジェラの左胸へ向ける。



「イェルミ、今の内に殺しておけば良かったものを...」



「ならお望み通り殺してやる...もう躊躇ためらいは無いぞ!」

銃を持つ中指に力が入り、一点の迷いなく弾丸は放たれた───


その後僅か弾指程の時が流れた後、バチッ!と静電気が走ったかのような音が鳴り、イェルミの前に居た筈のアンジェラがイェルミの視界から消えた。



(何...!?この距離で弾丸は確実に相手の胸を撃ち抜いた筈...

死体が消えるにしても昇天が早すぎないか...?)



イェルミは全ての意識を思考に使う為、その他一切の生理現象はその弾指の時の間停止した。


そして研ぎ澄まされた聴神経を通り脳に囁かれたのは、背後からのアンジェラの声。



「闘いはここからだ────」



「ふぅ~ん、まだ実力を韜晦していた訳か、でもそんなジャ○プ主人公みたいな台詞を吐いたところで...」



(な...)


イェルミは銃弾を銃口に戻しもう一度アンジェラを撃ち抜く体制を図った。

しかしそれはまたしてもイェルミをアンジェラの底知れぬポテンシャルへと気付かせる要因と成った。


(銃弾が真っ二つに斬られているだと...)



「糸が斬れないならそれよりも柔らかい弾の方を斬ればいい。

そして...

少年漫画の雑魚敵のようなことを抜かすお前に引導を渡すのが、この私...」


アンジェラの体に黒い稲妻が帯び始める。



「革命軍幹部戦闘部、アンジェラ・ゾルレンこの一人ッ...!」



「くそ...ならば見せてやる...この得物が"銃剣"たる所以をなァ!」


イェルミの眼は確実にアンジェラを捉えていた...

当のアンジェラは"黒雷(クロイカ)"と化しイェルミの横を過ぐ。



パサッ...



(私の髪を...斬った...?)

攻撃を躱すべく若干仰け反った姿勢のイェルミの前髪が整えられた。


如何にも、眼に捉えてはいたものの、オーダーが脳を介さない反射の速度でさえ、アンジェラの攻撃を満足に捌くに値しなかった。



「本当に...底知れないね...まさかこの戦争でここまでの愉悦が得られるとは。」

(能力を隠していたとはいえアンジェラは確かにグロッキー状態だった。それなのに迅さが飛躍的に伸びるとはどういう原理だ。


......ははーん、成程これが例の革命軍が用いる黒魔術、"襲名"か。)



「私もこの黒雷の初太刀を避けられたのは初めてだ、愉しませてくれる。」

またもやアンジェラの体を黒雷が包む。


そして気付いた頃にはイェルミの背後へ変位が終了。



「抜群の迅さが手に入っていい気になるな、今度はどこも斬れていないだろう...?」

銃剣の刃渡りを顔の前で構え、イェルミが嗤う。



「くっ......足の筋肉が...」

アンジェラは膝をつく。

今迄の戦いの中で、思ったよりも筋肉への負担は大きかったようだ。


(黒雷は体に帯電させた電気で無理やり筋肉をフル稼働させる"切り札"だ...多用は...)



「もう勢いが止まったのか?それでは詰まらないぞ?」

イェルミが銃剣を手に一歩一歩近づいてくる。



(まずい...本当に足が動かない...)

アンジェラの脹ら脛が悲鳴を上げている。



(なら...これで最後...斬れれば勝ち、外せば"死"...!)

アンジェラは剣を持っていない左手を地面へ着けた。



そして...目一杯の黒雷を左腕に帯電させ、筋肉の最大出力を以て地面を押し出す。

まるで四足歩行の獣の如くイェルミの懐へ走り込み剣を突き立てた...


が一滴の血も見ることなくアンジェラは突っ伏した。



「やはり速度だけ"バフ"がかかった状態だったか。攻撃力においては正に満身創痍の戦乙女そのもの。薄い服さえ貫けない。」

(ただ、革命の二文字を挈げ私にここまで抗った。本当に感服する。徒いたずらに生を与えこの後の人生敗北を背負って歩かせるのは失礼だ。責任を持って殺さねば。王国の脅威にも成り得るしな...)



介錯へのカウントダウンが始まった。


刻々と流れる時の中で、死に往く蝉は何を想う...

死の前、時など意味すら為さぬのかも知れない。そんなことを考え生命活動を停止し、"生"に満足して往く。



アンジェラは何を視る...


それは過ぎ去りし時の夢路。喝采、鬨の声、周りには見上げる程身長の高い大人の男、いつの日かアンジェラがアンジェラとして輝きを放った最後の終日。"襲名の禍"の実像。






✝️






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~革命軍本陣~



「そ、それは本当なのか...?」



「さっき言った通り、<五角天>を倒した報告はサルタ、君が初めてだ。幹部は皆戦場に出て<雲隠れ>だ。」

本陣に五角天の一角を落とした報告に来たサルタを応対したのは幹部のアレス。



「...不可解だ、リーダーのデーメーテールの命令に背く幹部はいないだろうし、"幹部が"五角天を倒したならば必ず報告に来ている筈なんだよ。」



「じゃあ<精鋭>部隊がご<丁寧>に<bye-bye>したのか?それとも<尖兵><限定>の仕業が<前提>?」

真面目な顔をしてアレスが応える。



「おいちょっと待て、普通に会話をするのに韻を踏むな。難解過ぎる。」

サルタが半ば呆れた表情で注文する。



「<押韻>が<多い>のは<癖>なんだ。無<くせ>ない。<踏まない>訳にはいかないんだ、<済まない>...」



「マジか...」

サルタは白目を剥いてみせた。



「あと、何でお前闘いもせず此処でゆっくりしてるんだよ。」



「私は幹部と言えど、監視員の<立場だし>、こんなところでお前と<立ち話>している暇は無い。デーメーテールの<身と操>の<愛しさを><じっと見守>るのが私の意<志と勲>だ。」



「テメェ...」


(あとリーダーの操ってどういうことだ。)

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