回想九話 世を憎むには甘過ぎた地獄。
~草原~
サルタが五角天の一角を落としたことにより、戦況は大きく変動を始める。
その情報を、王政府軍側"は"手早く掴むことが出来た。
しかし対して革命軍は情報の取得手段が口伝のみ。
その為、もしも五角天を斃したなど戦況に大きく関わる情報を知ったならば即座に本陣に足労し伝えるという決まりがある。
そしてその掟の一人目の被害者はサルタとなった。
辺りは俄に暗くなっており、戦場にも関わらず夜の静寂しじまに包まれていた。
(夜が更けたのが不幸中の幸いか。戦乱の中を本陣に向けて進むのは余りにも苦行だと感じていたところだが...)
澄んだ空の星々は意外にも明るい。月の光と相まって街灯が並ぶ夜道程の視界の良さに相当する。今宵は晴天である。
(如何なる戦場においても休憩は必ず必要とされる訳だが、やはり皆夜戦は好まないようだな。しかし兵は居ないにしても戦場を闊歩するのはままならないものだ。)
足元はまるで地球の陸と海の比率のように屍と歩くことができる地面とで疎らとなっていた。時に血溜に足が埋もれ、また土の血による泥濘ぬかるみに足をとられ、土壌としては最悪である。
(とは言いつつも、この草原の周りに生い茂る木々の脇では敵兵が今も私を見つめているのだろう、これを持ってきておいて正解だった。)
サルタは草原の真ん中を刈り取ったザギの身ぐるみを高々と掲げ、悠々と歩を進める。
暫く歩いていると、荷車を引く何人かの人影が見えた。
装備から見ると、王軍の尖兵に見える。
サルタは尖兵達の前で歩みを止め、自分の顎を撫でる。
(この臭い...ここに来て死臭に対する嗅覚は麻痺したと思っていたが、これは強烈だ...)
尖兵達が話しかけてきた。
「あなたは...あぁ、敵ですか...その手に持っているものは...」
「見ての通りだ。貴方達が私を敵と認識するならばまだ剣は錆びていないので...」
サルタは剣に手をかける仕草をする。
「正直...私達は勝負にほとほと興味が無いものでして、ここでこうやって死体の処理をしているだけの能無しなんですよ。」
また数人の尖兵がサルタの周りに集まってくる。
「死体処理係?どういうことだ。」
「一言で言うならそういう職柄なんよ、俺たちは戦争や紛争の時に夜中赴いて死体の掃除をするんだよ。そして暁に戦争が再開される。」
集団のリーダーっぽい男が出てきた。
「...他に仕事は無かったのか...」
「私は本心のところ、側面では王軍なのですが、もうあの政府にはこりごりでして...」
「こんな仕事、早いところ辞めちまいてえよ。臭いはキツいわ奇襲戦に巻き込まれるわとにかく最悪なんだよ。」
「でも私達のような頭の出来が悪い人間はこうでもしないと生きていけないのです。」
「死体処理...仕事として成り立つのか?利益の出所がさっぱり思い当たらない。」
(これは王政府の実情を知る良い手掛かりになるかもしれないな。)
「あんたは知らねぇだろ、人は雑食で肉なんか食えたもんじゃねぇが...唯一"ホルモン分泌器官"なんてのは食えるんだぜ?」
「まさか...死体を食って生きているのか。」
「カニバリズムに走ることは私達も抵抗があるのですが、死が間近に迫ってくると、もう食べずにはいられなくなるのです。頭蓋は割ればヤシの実のように水にも困らないし...」
「いやいや、俺らがずっと人肉ばっか啜ってる訳じゃねえ、一応死体の臓器でも、物好きの科学者に売れば多少の金にはなるんだ。」
「成程、これで理解出来た。城下町から一歩脇に逸れればすぐそのような実態が蠢いているのだな...」
「お願いします...王を討って下さい。」
一同が頭を下げる。
「率直にいうと勝率は低い。高い確率で私達の首が路頭に並ぶことになる...が、もし勝てたならその時は約束する。」
「頑張れよ、革命の戦士、俺らだけじゃない、皆そう思ってる筈だ。」
「あれ?俺、ずっと革命軍が優勢とばかり思ってた...王政府軍の切り札の五角天の死体を一つ見かけたし...」
一人おもむろに口を開く。
「...何だと?詳しく聞かせてくれ。」
(もう一人既に五角天を落としていたのか!?)
「よく王軍のトップが街を練り歩いていたんだけど、その時に見た五角天のバッジを付けた人がさっき首なしの仏になっててさ...」
「情報提供ありがとう」
(これはもしかすると...勝機が見えて来たぞ。)
月鄰鄰と煌めく夜空の下、本陣へ向かう足が頗る軽くなった気がした。
✝️
「闇夜に赤く光る貴方の両目、恐ろしいですね。」
延々と続くアドラの血流操作による攻撃をアヴィドが飄々とかわす。
「...」
「心の声がだだ漏れの貴方でさえ無言。完全に無心状態ですか。」
攻撃と攻撃の僅かな合間を突いて今度はアヴィドの無数の斬撃がアドラに降り注ぐ。
しかし血が一瞬吹き出た後1秒たたぬ間に修復が完了する。
対するアドラはアヴィドに攻撃をするも次々とかわされる。
「攻撃が当たらん...しくじらない限り死ぬ心配はないが同様に奴を殺す決定打も打てない。」
アドラが口を開いた。
心の声に偽りはない。
「...なら、止めます?」
「あ?」
「体力的にはまだ動けるのですが、私の剣が貴方の血で悲鳴をあげ始めてましてね、これじゃあシーシャの味も落ちてしまいます...」
「願ってもないことだ!やっと終われる!」
アドラは咄嗟に口を塞ぐ。
「...しかし、貴方の技術は本当に脱帽しましたよ。何時間も何時間も一ミリも違うことなく血流を操作する、並々ならぬ努力がないと成し得ない芸当でしょう。」
「俺の攻撃も全く当たらなかった...今の俺では到底王軍のレベルに達していないということを痛感させられた。」
「それでは...私はこの戦いにおいてはお暇させて頂きます。
しかし革命軍にも勝率が傾いてきましたね、あとはあの鬼女、イェルミを越えれるか...ですね^」
「イェルミ?もっと詳し...」
アヴィドはアドラの言葉を聞く間もなく闇夜に消えた。
「おい...」
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