回想五話 釁れの刀は粼月を紅く映し、相俟つ。

~草原~



「見ろ、もう前の方では戦闘が繰り広げられているようだ。」



「というか俺ら尖兵を統率する人間も無くして戦場に放り出すってどういうことだよ...」



「確かに、今考えると少しおかしいが所詮尖兵は寄せ集め。元囚人や放浪者が殆どだ。待遇が芳しくないのは予想出来た筈だ。」



「その分今から沢山の首を狩って功績を立てるんだよ考えろ。」



「チッ、後で殺してやる。」


尖兵は戦場を前に血が滾っている様子である。それに加え中には五角天の首を狙い一攫千金を求める者も。



「でも敵の歩兵は先の精鋭軍や幹部の人が殆どやっつけちゃったよね...」



「俺らが出された理由はどうみても戦場を混乱させるのと五角天の足止め。メガネはああ言っていたが内心は容易に想像がつく。」



「つまらねぇよな、何で毎回寄せ集めだからって俺ら尖兵が蔑ろにさらなきゃなんねぇんだよ。」



「与えられた得物は顔を隠せるくらいの木製の楯と簡素な槍か。防具はほぼ無いに等しい。」



「おいおい、戦う前から何マイナスなこと喋ってるんだよ冷静に考えろ、この数だぞ?この数がいるなら五角天の一人や二人、軽くいなせるだろ。」



「フハハ!それもそうだ!皆、五角天の身に付けている装備や王城のインテリアは高く売れる。戦争の途中でくすねるのもいいだろ?」



「俺...この戦争が終わったら結婚ry)」


相当数いる尖兵達は談笑しながら草原を王城に向け行軍する。





✝️





草原の中心部、革命軍精鋭と王政府軍尖兵が激しく剣戟を交わすここに、血に飢えた"マチェテ"を携えた男が一人。


「最ッ高の気分だ...ケヒャッ!」


既に何人か刻んだらしく刃先から真紅の雫が滴り、男の歩く跡に裁縫の如く点線を描いていた。

また、気のせいか刀身が生き生きと朱の絢爛たるその姿を示しているようにも見える。



「見える、見えるぞ!向こうから進軍してくる大量の獲物の姿が...!

もう我慢出来ねぇ...」


男の体躯からだがミチミチと音を立てながら引き締まり始め、血管に流れる血の朱色が肌に浮き出る。


...男は額の前に朱に輝く刀を構える。



「獲物への道を塞ぐ歩兵どもがァ!手前等ごと啖くらってやる...早く、迅く啖らわせろォォォォォォォ!!!!」

合戦場をつんざく雄叫びと共に本格的に男の体躯が赤いオーラを纏い始める。



「歩歩、『人修羅』ァ!」


大空を仰ぎ叫んだと思えば獲物を狙う猛獣の如く煙立つ体躯を前へ屈め...



「前へ、前へ前へ前へ前へッ、前へェェェッ!!!」


己と獲物の敵尖兵との間を結ぶ直線上に、最も多く混戦する人間が位置するよう見定め、紫電一閃走り出す。






✝️





「うむ?何だこの叫び声は...」


中心部よりも少し低い場所を行軍していた尖兵達からは草原の中心、つまり戦争の第一線で何が起きているかが分からなかった。



「あれ...静かになりやがった...」


尖兵達はあからさまに動揺し始めるが、中心部への歩みを止めず、

第一線へとその足を踏み入れた。



「紅葉...?いや、雑草が紅葉する訳がない、それに赤すぎるな...」



「グッ...!何だこの臭いは...」



「お前、臭い消しのマスク付け忘れたのか?」



「いや、この臭いはおかしい...それにこの一帯の草原が赤く染まっている。」



...



「何でだろうねぇ?拙にぶった斬られた仏の臭いじゃないかなァ?」



「誰だ?」



「誰か向こうから歩いてくるぞ...」

(一人で俺らに向かって来るということは...普通に考えると一人で俺らに匹敵する自負があるということか...?)



「ごっ、五角天だ...五角天が来るぞ!」

尖兵の内一人が言い放つ。



「いきなり本命か...首は早い者勝ちだ!俺が貰うぞ!」



「おい待て!糞がァ!」


五角天の首欲しさに尖兵達が漫に駆ける。




「咬ませ犬の身分も弁えず、拙の首を狙う痴がましい輩には跼蹟の鉄槌を下そうか。

天に頭がぶつからぬよう身を屈め、地が崩れぬよう丁重に歩みを進める...拙はなんと謙虚な...それに比べ手前等は。


歩歩、『蹂躙』。」


キュゥィィィィンと刀が金属音を鳴り響かせると同時、男、アマテュルクの暗赤色のオーラはピークに達した。そしてその刃は向かってくる尖兵に向け一直線に伸びる。そこに一片の躊躇もなく。


次々と尖兵達の心身は引き裂かれた。

宙を舞う首はその視点から戦場の様子をどう感じただろうか。


たった一人の男に束で敵わず、死体の山が築かれてゆく様子を悔いたのだろうか。


やがて、その戦さ場に立つ者は男以外に見当たらなくなった。

日が落ちてきた。



「久々の殺し...良い気分だ。」


アマテュルクは死体の山の頂で歌を歌った。

古来からこの地に伝わる童謡だ。



「♪こ~やぎさんがはしってた、

   ちへいせんめざしてはしってた


 ♪お~いぬくんがおいかけた

   おびえたかおでおいかけた 


 ♪おばかなさるがずっこけた

   にこにこしながらずっこけた


 ♪お~つきさまが~のぼってた 

   すべてをてらしにやってきた~♪」


低調、何の展開もない単純な旋律。

だが何故かそこにはえも言えぬ独創性がある。

それが童謡の特徴なのだろう。


アマテュルクの低い声は赤と銀色に染められた空間を独占した。



「ん?人か...?」


一通り歌い終えた後、ふと目を遣ると一人の観客が突っ立っている。

目を凝らすと、それは茶髪の女兵士だと判った。



「女......へへへ......」


山を下り、女の目の前に移動する。

女性特有の臓器はアマテュルクのコレクションの中でも珍しい代物だった。

故に、目の前の女は最早人間として認識はされず、ただ入れ物に過ぎなかった。



「痛くしねえからよ、観念しな。」


いつもなら何の言葉も掛けずすぐに殺している筈だった。


この時だけは、柄にもなく姫付きの騎士であった頃の記憶が蘇った。

アマテュルクは一瞬だけひどく怯えている様子の女兵士に無意識の内に怯んでしまったのだ。


女はゆっくりと目を閉じた。

まるで接吻を待つ乙女の如く、煤に汚れてはいたが確かに美しい顔だった。



「.......殺してやる。」


その時、後方に気配を感じた。

特別、この男が気配に敏感だったという訳ではない。


脳は無意識にこの存在を察知した、というよりは寧ろ"強引に認識させられた"。



「悪いな、主役の登場らしい。」





✝️





この後、アマテュルクは死体で発見されることとなる。


彼が振り向いた先に居たのは恐らくは......革命軍最強のアレス。

若しくは、未だ私が認識していない何者か───




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